Webコラム

2006年夏・パレスチナ取材日記 12

電力不足がもたらす医療への影響

8月1日(火)

 電力不足、停電のもっとも深刻な影響を受けている場所の1つが病院だ。ガザ地区で最大、そして最新の設備を備えたガザ市のシェファ病院を訪ねた。
 真っ先に案内されたのは、人工透析の病棟だった。その1室に入ると、数台の器械が並び、患者たちがその横のベッドに横たわっている。老女や若い女性、少女など年齢もさまざまだが、大半が女性だ。案内する医者が器械のチュウブを示した。稼動中にはその中を患者の血液が流れる。しかし今はその流れが止まったままだ。医者が言った。「今、すべての器械が停電で止まっています。透析を始めて30分が経ったところで停電しました。だから器械にすでに取り入れた患者の血液を再び体内に戻さなければなりません。透析し終えるのに4時間かかりますが、電気が戻ったら、また最初からやりなおしです」。
 この病院は160人の人工透析が必要な患者をかかえている。彼らは週に3回、各4時間ずつ人工透析を受けなければ生命を維持できなくなる。もちろんこの病院はこういう緊急時のための発電機を備えてはいる。しかしそれは問題の解決になっていないという。「発電機では、しばしば電気が途中で切れてしまうために壊れてしまうんです。だから海外の支援によって10台の器械をそろえても、停電の繰り返しで1ヵ月もすれば壊れてしまいます」
 医者が別の部屋へ私を案内した。そこには使用できなくなった人工透析の器械6台が保管されていた。「ひんぱんな停電のために、使用不能になった器械です」と医者は説明した。
 次に案内されたのは、病院本館にある緊急治療室だった。銃爆撃で重傷を負い、生命維持装置なしでは生き続けることができない患者たちばかりだ。そのうちの1人、昏睡状態の青年のベッドに案内された。この青年の口には人工心肺のチュウブが入れられ、半裸の胸部にはいくつもモニターの線が取り付けられている。医者が下方のシーツをめくると、両脚が太腿あたりから切断させている。ベッドの上には人工心肺などを制御している器械、上には心拍数や血圧数、体内の酸素の量などを示すカラー画面のモニターが取り付けられている。「この患者も自分では呼吸できず、これらの器械がないと生きていけません」と医者が説明した。「しかし絶え間ない停電が器械に影響し、患者に直接影響してきます。この器械は日本政府やヨーロッパ諸国から寄贈されたものです。あまりに高くで自分たちでは買えませんから。しかし高度な器械で、壊れてしまうとここでは修理ができません」
 停電による器械への悪影響を防ぐためにはUBCと呼ばれる充電器が必要だが、その備えはこの病院にはない。発電機も恒常的な電力供給には程遠い状態で、しかも燃料はイスラエルからの供給に頼っているため、検問所が封鎖され、燃料が途絶えれば、発電機も機能しなくなる。文字通り、ガザ住民の生殺与奪の権をイスラエルが握っているのだ。

 ラファで行ったように、ガザ市内でも、10人ほどの住民たちに手当たり次第、街頭インタビューしてみた。質問のテーマはラファと同様、「ガザ地区の現在の貧困、惨状をもたらした責任は、ハマス政権やロケット砲攻撃やイスラエル軍陣地を攻撃しイスラエル兵を捕虜にしたハマスの武装勢力にあると思うか」という点である。
 状況がガザ地区の南部のラファほどひどくないガザ市の住民からは、ラファとは違った反応が返ってくるかもしれないと予想した。しかし結果はまったく同じだった。ハマス政権や武装勢力を責める住民は1人もなく、イスラエルの“占領”こそが問題の根源だと訴える。みなが口をそろえたようにそう答えるのだ。ハマス政府の支持とセットのようについてくるのが、前政権の腐敗への言及だ。「しかし、今の政府はそんなことはない。それなのにアメリカもイスラエルも、そして世界中がハマス政府にチャンスさえ与えようともしない」と怒りをこめて訴える。

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