Webコラム

日々の雑感:故郷で闘う友人

2007年1月2日(月)

 故郷、佐賀へ帰るのはほぼ2年ぶりである。今回、帰省を思い立った動機の一つは、佐賀の友人たちに会うためだった。その1人、Aさん(56歳)は、私が20年ほど前、一時身を寄せていた東京の学生寮の先輩である。1年半のパレスチナ取材から帰国したとき、金もなく住処もない私は、学生でもないのに、ある学生寮に住み込んだ。Aさんは、その10年以上も前に寮を卒業し、すでに故郷の佐賀で教員生活を送っていた。だから当時、私はまだ彼のことを知らなかった。
 きっかけは、当時、朝日新聞社が発行していた『朝日ジャーナル』に掲載された私の記事だった。それは故郷の佐賀で天皇を招いて行われた「植樹祭」に関する記事だった。私はその中で、天皇の警備と景観作りのために、会場予定の地域周辺の森林の一部が伐採されるという「植樹祭」の目的とはまったく矛盾する行為を告発した。
 その記事を読んで私に連絡をしてくれたのが、当時、佐賀で「天皇制反対」の運動を続けていたAさんだった。そのとき、彼が寮の先輩であることを初めて知った。
 Aさんが「天皇制」に疑問を抱き始めたのは、小学校6年生のときだった。新聞作りである記事に、「天皇陛下」の「陛下」の漢字が難しくて書けず、「平下」と当て字で書いた。それを見た担任の教師は烈火の如く怒り、教室の皆の前でA少年を激しく叱責した。「なぜ漢字一字の違いでこれほど叱られなければいけないのか」という疑問が、やがて、「天皇制」そのものへの疑問へとつながっていった。
 その後、佐賀県の名門受験校に進学。当時の最大の国際問題はベトナム戦争だった。校内でその反戦運動を行っていたAさんは、校内の弁論大会で、戦争当事国のアメリカとそれに協力する日本のあり方を告発する発表をするため原稿を書いた。しかし教師は、「この文章はだめ」と原稿にたくさんの赤字を入れて“検閲”した。「こんな教師と違った教師になってやる」と教職への道に進むことを決意した。その後、早稲田大学の社会科学部に進学、向学心旺盛なAさんは、自分の大学の講義には飽き足らず、中央大学へ出かけて著名な丸山圭三郎教授の言語学の講義を聞いたり、慶応大学でサルトル哲学の講義に出たりと、他大学で尊敬する学者の講義を受けて回った。卒業後、好きだったフランス語を磨くためにパリに留学した。
 帰国後、佐賀の私立高校で世界史の教師となったが、転勤もない学校での教師生活に飽き足らず、予備校の教師に転職した。
 「授業が楽しくてしようがない」と言うAさんのその世界史の授業はユニークだ。得意なフランス語の知識、「反天皇制」運動などさまざまな社会、政治運動の経験、春の長期休暇のたびに世界史に登場する世界各地の場所を訪ね歩いてきた体験などすべてがその授業に投影される。
 例えば、彼は少年時代、大好きだった世界地図を見ながら、ヨーロッパの地名に「〜ブルグ」という名で終わる地名が多いことに気づいた体験から話を起こす。やがてフランス語を学び始めると、その「ブルグ」はフランス語の「城壁」であることを知る。中世のヨーロッパでは、周囲を取り巻く深い森林、そこに潜む狼は人びとの脅威だった。それから守るために作られた「城壁」の中で商工業が栄えていく。フランス語の「ブルジョア」という言葉は、「『ブルグ』の中で商工業を営む人びと」を意味するのだというAさんの話に学生たちは聞き入る。
 また現在の日本の政治状況も授業の中に溶かし込んで伝えていく。古代中国の「周」は封建制度、「秦」は郡県制度をとり、いわゆる中央集権国家の形を整える。Aさんは、その中央集権国家の説明に現在の教育制度を例に挙げて、学生たちに説明する。
 かつて学校では、卒業式のやり方も各学校が自由に決める裁量の幅があった。だから式場の正面に生徒たちが合同で描いた「ナウシカ」(宮崎駿のアニメ映画の主人公)の絵が飾ることもできた。しかし、今では政府・文部科学省の“通達”が、各自治体の教育委員会を通して末端の各学校に厳格に下される。式場の正面に日の丸を掲げることが強制され、その大きさや位置、式場の来賓、教師たちの配置に至るまで細かい指示が出される。それに違反すれば“処罰”される。「中央集権国家とはこういう国家体制のことです」というAさんの言葉に、学生たちは「中央集権」という言葉の意味を実感として体得する。現在の教育現場の実態と共に。
 Aさんの大好きな映画も重要な“教材”だ。ミュージカル映画「サウンド・オブ・ミュージック」の中で主人公の一人、オーストリアの軍人は、自国がヒトラーのナチス・ドイツに併合され、自宅に当時のドイツの国旗、鉤十字の旗が掲げられているのに激怒し、それを引き破るシーンをAさんは学生たちに語って聞かせる。その後に、世界史の教科書に掲載されている日独伊三国同盟の調印式の写真を見せて、Aさんはこう言うのだ。
 「みなさん、この会場に掲げられている3国の国旗をよく観てください。ドイツは鉤十字、イタリアは現在の国旗の真ん中に、当時ムッソリーニの独裁国家誕生を陰で支援したサルディニア王家の紋章が入った国旗、そして日の丸です。ドイツとイタリアは、第二次大戦後、ヒトラー政権時代やムッソリーニ政権時代への深い反省から、その当時の国旗を排除し、新たな国旗を造りました。しかし日の丸だけは変わっていません」
 Aさんは、「三国同盟」の歴史を語りながら、戦前も戦後も変わらない日本の体質を若い学生たちに示していくのである。

 Aさんの「反天皇制」運動も続いている。昨年11月、佐賀で天皇が参加する「海づくり大会」が開かれた。天皇が有明海と唐津湾に稚魚を放流するのである。このとき、Aさんたちは佐賀市内の中心街で仲間数十人と「海づくり大会」への天皇の参加に反対するシュプレヒコールを挙げて市内を行進した。

 このようなAさんの言動に当局は警戒の目を光らせている。「反天皇制」の論客、菅孝行氏を佐賀の集会に招いたとき、Aさん夫妻は、菅氏を佐賀から福岡の空港まで車で送った。その途上、夫妻の何人かの友人たちの家に立ち寄ったが、そのたびに1台の車が執拗に尾行してきた。公安警察の車だった。常人なら、公安に尾行されるだけで脅威を抱き、萎縮してしまうものだが、Aさん夫妻は腹が据わっている。
 「友だちの家を出て、出発しようとしたとき、これまでずっと私たちを付けてきた車が、出発に気づかないらしく、止まったままなのよ。だからクラクションを鳴らし、『ほら、行くわよ』って知らせてやったわ。ハハハ・・・」と奥さんが笑う。
 「天皇制」に疑問を抱き、反対の運動をする――憲法で保障された思想・言論の自由を行使しているだけなのに、当局は「監視しているぞ」と言わんばかりに、公安警察の尾行や尋問で威圧し、その思想・言論を封じようとする。

 この佐賀で生まれ育った私は、この土地がいかに保守的で、このような「過激な」運動がいかに難しい風土であるかを身に沁みて知っている。だからこそ、このような保守的な地方で、わずかな仲間たちと孤軍奮闘しているAさんの闘いの“凄さ”に圧倒される。そしてそんなAさんの姿に、私はこう問いかけられるような気がするのだ。
 「首都圏という、もっと発言しやすい環境にいながら、しかもジャーナリストという“伝える立場”にいるお前は、何をしているのだ」と。

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