Webコラム

日々の雑感:今こそ必要な真の知識人の声

2007年1月27日(土)

 現場を行き、そこで起こっていることを映像や写真、文章で伝えることを職業とする私たちジャーナリストは、えてして自分が見た小さな世界しか見えていないことがよくある。いわゆる“木を見て、森を見ず”になってしまいがちだ。そんな私たちに、自分が見た現実が大きな世界の潮流の中でどういう位置づけなのかを指し示してくれるのが研究者の方々である。中東、世界という大きな横の枠組みと、歴史の大きな潮流という縦の枠組みの中で、私たちが見てきたものをきちんと位置づけできる、日本を代表する研究者は板垣雄三氏(東京大学名誉教授)だろう。
 1月27日、World Peace Nowが主催する「イラク・パレスチナ・中東問題を考えるシンポジウム」で、その板垣氏の講演を聞いた。タイトルは「世界戦争がはじまろうとしている」。
 板垣氏は、現在、アメリカとイスラエルがイラン攻撃を着々と準備し、それは近い将来現実のものとなる可能性がある、もしそれが起これば、北朝鮮など東アジアを巻き込んだ“世界戦争”に発展しかねないと言う。
 昨夏の第2次レバノン戦争もその“助走”であり、イラクへの米軍の増派もまた、狙いはイランであり、ベトナム空爆のきっかけを作った「トンキン湾事件」のような“偽の武力衝突”をアメリカ側が捏造してイラン攻撃に踏み切る可能性があると板垣氏は指摘する。今月1月12日のブッシュ大統領の新イラク政策に関する演説の中でも、「イラクにおける我われの敵に対する高度な武器や訓練を供与しているネットワークを探し出し破壊する」という表現でイランに対し宣戦布告をしているというのだ。
 一方、イスラエルの核兵器保有の“事実”についも、これまで明言されることはなかったが、昨年12月にアメリカのゲーツ新国防長官がイスラエルの核保有の事実をほのめかしたのに続いて、イスラエルのオルメルト首相自らがドイツで核兵器保有を認めるような発言をした。これらはイスラエルによるイランへの核攻撃の状況作りの一環だと板垣氏は見ている。
 一方、イランをはじめ、ロシア、中国、中央アジア諸国、インドらが加盟する上海協力機構の加盟国は、多様に組み合わさる臨戦態勢の合同軍事演習を続けている。さらに東地中海、ペルシャ湾、アラビア海には、NATO諸国やイスラエルの海軍最新鋭の艦船が戦闘体制でひしめきあっている。
 このような状況で、アメリカとイスラエルによるイラン攻撃で戦争が突発すれば、中東の戦争に終わらず、世界戦争なる。現在、そのような一触即発の状況にある。もちろん日本もまた対岸の火事では済まされない。湾岸のホルムズ海峡は通行不能となり、日本への原油の輸送は止まる。
 北朝鮮もまた、このような危機を見極めながら、ミサイル発射実験、核実験の実施に踏み切った。だから北朝鮮の問題は、世界全体のこの危機的な状況の中において位置づけられるべきなのに、日本はあくまでも東アジアの問題、また「拉致問題」という国内問題としてばかり捉えている。板垣氏はそう主張するのである。
 パレスチナ問題についても、現場の事象だけで判断しがちな私たちジャーナリストに見えていない盲点を板垣氏は鋭く指摘した。
 国際政治における「中東和平」問題は1967年の第3次中東戦争の「後始末」問題であり、それは1948年問題を不問し、「イスラエル国家は存在する」という既成事実を守る仕掛けだと板垣氏は言う。そしてアメリカやEU、さらに日本などが民主的な選挙で選ばれたハマスを潰しにかかったのは、ハマスがその「中東和平」の仕掛けを暴きだすからだというのである。

 日本の新聞もテレビも、中東の動きを世界の潮流の中で俯瞰できる板垣氏のような研究者を「パレスチナ側に偏りすぎる」という理由で、無視し続ける。しかし今、日本人が、混迷する中東や世界の現状を認識し、今後の動きを予想していくために必要なのは、広汎な知識、深い見識と歴史認識を持った板垣雄三氏のような本物の知識人の声なのである。

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