2007年4月10日(火)
JICAの農業プロジェクトの評価
公立の診療所も封鎖されたこの村で、保健・医療の拠点となっているのは、前回の大統領選挙に立候補したムスタファ・バルグーティ(現・情報大臣)が創設した医療NGO「パレスチナ医療救援委員会」の診療所である。村の中にあるこの診療所は小規模ながら、診察室の他に検査室、カルテ保管室、薬局、女性診察室などを備えている。モスクワの大学で学んだユセフ医師はこの診療所でもう10年も勤務している。ここでは患者の治療費はほんのわずか、薬代もほとんど無料である。ユセフ医師によれば、幼児には貧血、栄養不良、皮膚病などが多く、老人や妊婦なども貧血、糖尿病、高血圧などの患者が多いという。ここには手術などの施設はなく、重病患者はジェリコ市内へ搬送しなければならない。
アブ・アハマドの家族、家に集まってくる村人たちに、手当たり次第、「いま日本など海外から何をいちばん援助してほしいか」と問いかけてみた。回答者の多くが真っ先に挙げたのは、電気と水、そして舗装道路と病院、そして幼稚園、さらに青年たちや子供たちが集い活動できる施設も挙がった。
3月東京でJICAパレスチナ事務所長の成瀬猛氏にインタビューしたとき、成瀬氏は、ヨルダン渓谷での農業プロジェクトについて私にこう語った。
「今、パレスチナ人の農民はバナナなどを作っているけど、それはもはや商品価値はない。おまけに水をたくさん食う。戦略的なことを考えたら、ヨルダンや湾岸諸国では野菜の商品価値はとても高い。市場価値の高い、例えばチェリートマト、スイートペパー〔ピーマン〕などを生産し販売する余地はあるが、地元の農民はそういうオリエンテーションをされていない。だから我われが入っていって、節水農業、また壊れた井戸のリハビリ、地域でマーケット・リサーチをきちんとやって換金作物を作るように指導していけば、ヨルダン渓谷というのは経済的にやっていける可能性はある。
今はヨルダン渓谷の中にユダヤ人入植者がコロニーを造っている。現在のようなイスラエルの占領下で、現在のような農作物を生産しても、外へ持ち出せないから、入植者に安く買い叩かれてしまっている。それを打破するためにある程度、イスラエルを巻き込んだ話をしなければいけない。イスラエルから観れば、セキュリティーの理由で、ヨルダン渓谷をそう簡単には手放せない。
だけど、この地域でパレスチナ・イスラエルの共通の利害を見出せれば、パレスチナ人のほうは水を有効に使って換金作物を作れるようになる。イスラエルをこのプロジェクトの枠組みの中に組み入れることによって、今は不自由なパレスチナ人の移動の自由を確保できるだろう。そして工業団地です。といっても大それた団地ではない。例えば野菜から漬物を製造したり、乳製品を作るような工場です。その製品をヨルダン経由で湾岸諸国へ販売していくという計画です。そうすれば、短期的には今の疲弊したパレスチナの経済が助かる。就労の機会もできる。中期的にはヨルダンがそのファシリテーターになることで、ヨルダンの経済の繁栄にも繋がる」
私は成瀬氏のこの計画をジフトゥリック村の住民たちにぶつけてみた。すると、全員が賛同した。「それは素晴らしい計画だ。そうすれば、村の青年たちは入植地で働かなくても生活していけるようになる。ぜひ実現してほしい」というのだ。
現地を取材してみて、私もこの計画は、今のヨルダン渓谷の住民、とりわけ農民たちにとって、最も現実的で、有効な援助の1つのように思える。「そんなのは“対処療法”に過ぎない。何よりも、占領を終結させなければ。そのためにこそ日本政府は動くべきで、そんな小手先の援助でごまかすべきではない」という声があるかもしれない。たしかに占領を終結させなければ、最終解決にはならない。正論だ。しかし占領がすぐに終結させることが難しい現状の中で、何が今いちばん住民に必要なのかを考えると、まずは、現地のパレスチナ人住民がユダヤ人入植地に依存せずに生活できる環境を作ることだ。そのためには、農業とそれに付随する工業がもっとも現実的だ。
もし成瀬氏が語るように、パレスチナ人住民の収益増加にほんとうに寄与できる計画が実現すれば、何よりも住民がいちばん恩恵を受けることになる。もちろん同時に、日本政府は欧米諸国に比べはるかに影響力は弱いながらも、“占領終結”のためにイスラエルに圧力を加え続けなければならない。しかし“占領終結”まで何もしないというのでは、住民の入植地依存はどんどん強まり、もう引き返すことのできないところまで状況は悪化する危険がある。
「日本政府の政策、JICAのプロジェクトを批判せんがための『批判』」であってはいけない。何よりも現地の住民にとって何がいちばん現実的で有益な援助なのか、それこそが最優先の判断基準にならなければならない。そして私たちジャーナリストやパレスチナ人を支援する日本人たちの役割は、最も弱い立場に置かれている占領下のパレスチナ人住民にとって、その日本の支援プロジェクトが、ほんとうに有益であるのかどうかを“監視し続ける”ことである。
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