2007年5月1日(火)
「母子手帳」「海水淡水化」をめぐる批判とJICA成瀬氏の回答
4月24日、25日に連載した成瀬JICA所長へのインタビュー記事に対して、さっそく意見が寄せられてきた。30代後半の女性(学校教員)からの便りである。
「私は、「母子保健手帳の導入」の部分で、「この人、ホントに母子保健のこと、わかっているんだろうか・・・」とかなり不安になりました。
成瀬さんは「あれこそは、大きなインフラではない」というが、インフラも絡んでくることでは? 加えて、見えないところで莫大な予算が必要なことですよ。そこが全く見えてないのでは?
「お母さんたちが、『これは、私たちのパスポートなのね』と喜んでいる」(成瀬氏発言)という部分は意味がよくわからない。
「パレスチナ人の中に、新たなアイデンティティーを持たせる大きな刺激になった」
母子手帳の狙いはそこではない! もっと、大切な部分をなぜ、アピールしないの? やってないから? できてないから?
母子手帳を導入して、成果の目玉を紹介するのに、「パレスチナ人の新たなアイデンティティー」はおかしい。母子手帳のねらいは、そこにはないはずです。
母子保健手帳とは、
- 母体と胎児の保護(出産までの検診、母親・父親教室や胎児の異常を早期発見)
- 乳幼児の予防接種
- 乳幼児健診などの円滑な受診
などなどが円滑に行われるために配布するもので、地域の保健所や保健所のスタッフ(保健婦さんたち)のシステムが充実していてこそ、生きるものなのです。
「手帳」自体はそんなに重要ではなく、手帳だけを配ったところで、その受け皿の施設や仕組がなければほとんど意味がありません。
成瀬氏の言う「母子手帳導入」とは、そこまでを含んだ「母子保健」をさしているのでしょうか?
そのあたりを言わずに、「パレスチナ人の中に新たなアイデンティティーを持たせる大きな刺激」などと、全く意味不明なことを成瀬さんは語っておられるのに疑問を感じてしまいます。
また、水問題の部分で、塩水の淡水化について言っていましたが、あれは、UAEなどザックザックとオイルマネーで金が有り余るような国だからできる技で、塩水の淡水化は恐ろしくコストのかかるプロジェクトです。
周囲の国や地域に多少売ったからと言って、採算が取れるようなものではないと思うのです。
国家予算の大部分をアメリカに頼っているイスラエルのような国が、どのようにそれを実際的なレベルで可能にするかは、全く見通しがないのでは・・・。
そしてこの女性は、インタビューした私に対してもこう厳しい意見を述べている。
「事業報告書などを元に、具体的な事柄と数字を見て話し合うべきですよ。NGOには、極めて詳細な事業報告書を求めてくる外務省です。JICAだって、何か報告書を書いているはず。いつ、どこで、何に、いくら使ったのか。それとつき合わせて、インタビューに行かなきゃ、矛盾は突けない」
確かにその通りだし、将来、この点をもう一度、成瀬氏にきちんと質問しなければならないと考えている。
その批判のメールを成瀬氏に転送したところ、さっそく、以下のような回答が返ってきた。
「母子健康手帳の効用は、言うまでも無く母子の健康の改善です。この部分の追加的な説明は、先月、同プロジェクトを取材された元毎日新聞副編集長の尾崎さんがJICAのHPにコラムを掲載されていますのでご覧下さい。
(ジャーナリストが見たJICAの現場: 壁を貫いて広がる「母と子の健康パスポート」)
『インフラも絡んでくる・・・』、『膨大な予算が必要・・・』の部分は言いたい点が今ひとつ良く分かりませんが、インフラは当然必要ですし、パレスチナの自立に必要なインフラ整備にはある程度の予算投入は考えられる今後のシナリオです。『そこが全く見えていない・・・』? 私も援助業界の人間ですから『全く見えてない・・・』筈が無いです!
開発調査そのものにお金を掛け過ぎと言うのなら、他国のケースで、億単位の調査費を掛けながら、実施に結び付かなかったケースが指摘された事がありましたが、今回のケースは全く違います。
海水淡水化の話は電話でお話ししましたが、時代は変わりました。イスラエルの逆浸透膜方式の技術は、かける水圧の部分でコスト削減に成功し、1立方メートルの水を作るのに50セントを切るまでになりました。水道料金として十分ペイするレベルです。
紅海─死海運河のメリットは、淡水化のコスト部分に影響する電力を、落差エネルギーを利用する事で更に節減できる点です。もっとも、紅海の海水を死海に注ぎ込む事で、死海の保全が出来るかは、科学的に調査されなければなりません。
なお、聞きかじりの知識ではありますが、UAEの海水淡水化は、UAEの主流産業であるアルミニウムの精錬過程で発生する余熱を利用しての淡水化だと思います」
今後、成瀬氏のインタビューに対して、このような疑問や意見が多く寄せられてくることだろう。しかし私は、その全部を紹介し、その全てに回答を成瀬氏にお願いするつもりはない。成瀬氏はJICAプロジェクトの現地責任者として本業に多忙であること、また私自身、“不毛な議論”は避けたいからだ。成瀬氏は私にこうメールで書き送ってきた。
「批判には建設的なものと、破壊的なものがありますが、建設的な疑問に対してはお答えするし、助言に関しては耳を傾けます。何故なら、立場は違っても思いの部分は共通点が多いからです。土井さんは前者ですから、今後も土井さんを通じての質問、助言等には出来るだけの対応をさせて頂く積りです」
今後、寄せられるであろう質問や批判のうち、このコラムに掲載し成瀬氏にそれをぶつけるメールを選ぶ基準として、私は「パレスチナ人住民にとって何が望ましいのか」という“共通の思い”がその質問と批判の背景にあるかどうか、そしてこの問題の本質に関わる事柄なのか、を目安にしたいと考えている。
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