2008年2月23日(土)
2月14日(水)と21日、都庁の教育庁に対する根津さんと支援者の方々の抗議行動を取材した。いくつか気づいたことがある。
1つは、支援者たちの大半が50代か60代の、とりわけ女性たちであること。20代、30代の人たちがほとんどいない。もちろん平日の午前中に都庁まで支援活動に来ることができる時間的な余裕のある若い人たちは少ないということもあろう。しかし、それだけではなさそうだ。根津さんの話では、若い教員の方に集会への参加や支援を呼びかけてもほとんど反応がないという。日教組の組合員も例外ではない。日教組そのものが「日の丸・君が代強制」に反対する根津さんの活動を支援していない。かつては「強制に反対」どころか、「日の丸・君が代」自体に反対していた日教組が、である。
若い教員たちがこの問題で動かない背景の1つに、教育委員会や学校長など上からの締め付けが厳しくなったことがあるといわれる。教育委員会から目をつけられると教員生活に様々な支障が出てくるだろうし、校長、副校長による査定は、給与や賞与に大きな影響が出てくる。また研修や課題で自宅に帰っても仕事は続き、休日もゆっくり休めないほど多忙な日々を強いられる。それによって時間のゆとりを奪われるだけではなく、精神的に追い込まれていく。東京では、長年夢だった仕事についたばかりの若い教員が自死してしまう例が複数ある。若い教員たちの中にはうつ病など精神障害を抱える者も少なくないという。そういう状況にある若い教員たちに、根津さんの活動を支援する余裕はないのかもしれない。しかし一方で、「『日の丸・君が代の強制』のどこが悪いの?」と考える若い教員が増えていると聞く。自民党政権や東京都の石原体制の狙いとその政策は徐々にその「成果」をあげつつあるということだろうか。
もう1つ実感したことは、都教委の根津さんとその支援者たちへの警戒態勢のすさまじさである。教育委員会定例会の傍聴の抽選に当たった私たち20人は、その会場に入るのに、「小学校1、2年生の生徒たち」のように2列に並ばされ、警備員に囲まれ移動させられた。「勝手に教育庁の部署に入られて抗議活動でもやられたら」と警戒したのだろうか。傍聴の後、根津さんが、自分が出した質問状に教育長や幹部に直接答えてほしいと、教育庁の部署がある27階と30階に支援者たちと向かうと、その入り口はすでに職員や警備員たちの“人間の壁”によって塞がれていた。「正当な理由もなくクビにされようとしている私は必死なのよ! そこを開けて幹部に会わせなさい!」と根津さんが激しい口調で詰め寄っても、幹部は「あなたの質問には既に答えました。『質問には答えない』というのが答えです」と突っぱねる。都教委の体質を象徴するような言葉である。
都庁の建物前で待機する支援者たちの輪から10メートルほど離れたところに、マスクをした男たち数人がその様子をうかがっている。中にはビデオカメラを回している男もいる。公安である。「日の丸・君が代の強制」に反対する一般市民を公安が見張る──急速に戦前の日本に後戻りしていく日本の現状を象徴するようなその光景に、背筋が寒くなった。
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