2008年3月21日(金)
パレスチナ・イスラエル問題に長く関わってきた私が、この問題に関わる書物の中で最近、最も衝撃を受けたのが、『イスラエル・ロビーとアメリカの外交政策』(ジョン・J・ミアシャイマー、スティーヴン・M・ウォルト共著/副島隆彦訳/講談社)である。打ちのめされたと言っていいほどの衝撃だった。
「イスラエル・ロビー」については、私自身、1988年ごろからアメリカで取材を開始し、1991年4月に出版した『アメリカのユダヤ人』(岩波新書)の中で「イスラエル・ロビーの実像」として全体の4分の1の紙面を使って記述し解説した。この本の根幹のテーマと言ってもいい。『アメリカのユダヤ人』は私の著書の中で唯一、ベストセラーの1つになった本である。それは湾岸戦争直後で中東問題が注目を浴びていたという出版のタイミングもあったが、この「イスラエル・ロビー」の内容が、当時の日本では新鮮で衝撃的だったためだと思う。
「ロビー」とは「立法に影響を与える目的で、アメリカ議会内外で議員たちに働きかける圧力活動の組織」のことである。だから「イスラエル・ロビー」とは、「イスラエルに対するアメリカの経済的、政治的、また軍事的な支援を促進するための圧力活動の組織」ということになる。
日本人の中には、「ユダヤ・ロビー」という呼び方をする人もいるが、私は2つの理由でこれに異を唱えている。1つは、このロビーは決して「ユダヤ系アメリカ人」だけの組織ではないからだ。例えばブッシュ政権誕生の原動力となったキリスト教福音派など「キリスト教原理主義者」たちは、ユダヤ人ではないが、イスラエル・ロビーの重要な一翼を担っている。もう1つは、「ユダヤ・ロビー」という呼び方に「ユダヤの陰謀」の言葉のように、反ユダヤ主義のニュアンスが含まれてしまうからである。
私は「イスラエル・ロビーの実像」という章を書くためにアメリカ各地を旅し、イスラエル・ロビーのために議会を追われたチャールズ・パーシー元上院議員、ポール・マクロスキー元下院議員、ポール・フィンドリー元下院議員に直接会ってインタビューした。また在米ユダヤ人組織や在米アラブ組織の幹部たちにも直接話を聞いて回っている。改めて『アメリカのユダヤ人』の本のページをめくりながら、まだ30代後半だった当時の私のどこにこういうエネルギーと度胸があったのか、あれから20年近く経った今、自分自身でも驚くばかりである。
このように「イスラエル・ロビー」についてある程度、予備知識を持っていた私が、この『イスラエル・ロビーとアメリカの外交政策』という著書に、これほどまでの衝撃を受けたのはなぜか。1つは、私たち外国人には絶対に手の届かない膨大な資料を元に、「現在の米国を代表する超一流の政治学者」によって詳細に分析・解説された、あらゆる非難中傷に耐えられる“説得力”のある名著だからだ。本書を読めばわかるように、このような著書は、イスラエル・ロビーから徹底的にマークされ、あらゆる非難攻撃にさらされる。ある種、アメリカでは“タブー”の本と言っていい。その“タブー”を打ち破って出版されるだけの“力”を持った著書なのである。
そしてここで論証される事実が、私たちがこれまでメディアの情報で伝え聞いていた「『中東和平』に向けたアメリカ外交の努力」といった“アメリカの中東政策”の実像、その欺瞞性とその論拠を私たち読者の前に突き出して見せているからだ。
私はこのコラムでこれからしばらく断続的に、この名著の引用と解説をしていきたいと思う。それは、この著書を全部じっくりと読む時間の余裕のない「日々雑感」の読者に、この本の内容をかいつまんで伝えることだけが目的ではない。私自身が、自分の受けた衝撃の記述をもう一度反芻し、その内容を吸収し、自分の血肉の一部とするためである。
→ 次の記事 『イスラエル・ロビーとアメリカの外交政策』要約(1)
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