2008年3月29日(土)
以下は、臼杵陽・日本女子大教授へのインタビューの第2弾である。
(臼杵陽インタビュー(1) からの続き)
臼杵:あの神学校は、報道によれば、いわゆる「宗教シオニスト」たちのグループが運営しているメルカズ・ハラヴ学校だとのことです。この事件がパレスチナ社会に与える影響は相当大きいと思います。というのは、宗教シオニストと呼ばれる人たちのグループはユダヤ人入植地の建設の最先端にいる人たちです。そういう人たちを狙ったということは、“西岸の問題”に繋がっていく。つまりガザ地区のハマスの問題だけではなく、今度は西岸のユダヤ人入植地に対する攻撃と繋がっていく。つまりイスラエル社会にとっては、いわば飛び地であるユダヤ人入植地の安全保障にも影響が出てくる。神学校の襲撃事件はイスラエルで起こったけれど、ヨルダン川西岸の中で暮すユダヤ人──いわゆる宗教シオニストと呼ばれる過激な考え方の人たち対するパレスチナ人の攻撃が今後増えるのではないか。イスラエルでは“西岸のハマス化”の危険性として語られているようだが、そのような状況に対して西岸で治安の措置がさらに強化されていくという動きが出てくる可能性はあります。
(注:2008年3月6日、西エルサレムのユダヤ教神学校に侵入した男が銃を乱射し8人が死亡した)
臼杵:どういう政党であろうと政権の座につく、つまり権力を握ると権力維持のために必ず治安組織というものを持つようになります。そうなると自分たちに反対する勢力を弾圧することは、ごく一般的な支配構造としてあると思います。ハマス自身がそれをどこまで自覚しているかという問題が一番大きいと思います。つまり、かつてのファタハがやっていたことをハマスがやっているということになる。すると、ハマスとは一体何だったのかということになる。これはかなり深刻な問題になってきています。つまり政権を担当する政党あるいは政治組織として的確かどうかということが試されているということになってくる。それは早晩、“民衆離れ”というものが起こってくるというのは、必然だと思います。
またこれも一般的な“法則”と言ってもいいほど、「内側の不満や怒りを外側に向ける」というやり方は常套手段です。だからハマスのロケット弾攻撃でもそういう側面も否定できないと思います。危機に陥れば、まず足元を固めるより、むしろ注意を外側に向けさせることによって、とりあえず自分たちのやっていることの間違いを取り繕うというのは、1つのパターンとしてあると思います。ハマスも、もし例外でないとするならば、それはハマスが今までやってきたことが、批判の対象として捉えられなければならないということになります。それは草の根運動として支持を得てきたハマスそのものの権威の失墜になっていくことになります。
国際的な構造としてはハマスとガザ地区は完全に孤立しています。そのような孤立無援の状況を前提とした場合に、やはり批判されるべきはイスラエルだと思います。だが一方で、イスラエルがやっていることは、国際的な秩序規範、つまりは「対テロ戦争」という文脈のなかで、「正当化」されているわけです。その中でハマスがやれる事というのは、おそらくイスラエルへのロケット弾といったかたちで外側に向けるしかない。これはどうしようもないことだと思うのです。しかしだからと言って、ハマスのやっていることは、対イスラエルの関係のなかで、正当化はできないと思います。
今、多くの人がハマスを批判するときに言うことが、一発のカッサム・ロケット弾によって、イスラエル側からその10倍、100倍の報復を引き起こす。これは何度も言われていることです。その当否は別にして、イスラエルがずっと「シグナル」として出していることです。それをハマスがあえて引き受けるというのなら、その「報復」の盾になっているのは誰なのか。それはやはりパレスチナの民衆です。その現実をどのように考えるのか。つまり、パレスチナ人の民衆がどこまで自分たちの犠牲をハマスのために払う用意があるのかということです。まさにハマスと民衆を“天秤”かけることだと思うのです。だから(ハマスのこのようなやり方は)このままでは長くは続かないと思います。ハマスにとっては、本当に最悪の状態、つまりイスラエル側にとってもかなり絶望的なやり方で攻撃をしているけれど、同時にハマスにとっても同じように絶望的だと言えるのではないか。これはもう、かなり“危機的な信号”のような気がします。
土井:それはパレスチナの内側からの反発ということですか?
臼杵:内側からの反発が出てくるような、これは兆候といってもいいかもしれません──長期的にはわからないけれども。ただこういう形でやっている──つまり外側に向ける──イスラエルに向ける事によってイスラエルの報復を招くということ。これはもう今の国際世論の中では支持されない動きですから──もちろん一部の人たちは支持するかもしれませんけど。ただハマスのもっと中・長期的な展望からすればこれはかえってマイナスのような気がします。もう少し、イスラエルとガザとの間の攻撃が、あるいは報復というのが続いたらハマス政権は危うくなるという……。
土井:内側からですか?
臼杵:ええ、内側から危うくなってくる可能性がありますね。だからこそ逆に、今度はハマスが強権的体制になっていき、力でかろうじて政権を維持するというようなことになる。まさにファタハの末期を見るような感じも無きにしもあらず、です。ただ、それがどうように、いつまで続くか、ということはよくわからないのです。
→ 臼杵陽インタビュー(3)につづく
ご意見、ご感想は以下のアドレスまでお願いします。