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日々の雑感 93:
『ルポ 貧困大国アメリカ』に映し出される日本社会(2)

 →『ルポ 貧困大国アメリカ』に映し出される日本社会(1)

2008年5月26日(月)

 第3章「一度の病気で貧困層に転落する人々」では、国民の「いのち」に対する国の責任範囲を縮小し、「民間」に運営させることで取り返しのつかない「医療格差」を生み出していったアメリカの医療問題を描いている。大企業が負担する保険料を減らすために、公的医療費が縮小された結果、保健外診療範囲が拡大したことで製薬会社や医療機器の儲かり始めた。それは「医療改革」が、大企業を潤わせ経済を活性化するという政府の目的にそっていたかのように見えるというのである。
 医療費が世界一高いアメリカでは、あまりにその高額な費用のために個人破産する国民が少なくないという。日本では盲腸の手術で4、5日入院しても30万円を超えることはないが、ニューヨークでは手術後、1日だけ入院しただけで243万円もかかってしまう。
 また出産で入院すると、その費用の相場は1万5000ドル(約160万円)。出産育児一時金制度のある日本の一律35万円と比べれば、その法外さがよくわかる。出産で入院すると、1日4000ドルから8000ドルもかかってしまうため、日帰り出産する妊婦が年々増え続けているという。
 一方、国民皆保険制度のないアメリカでは、民間の医療保険のために借金漬けになる例も日常だという。その原因は、医療保険業界での「自由競争」と、巨大資本による独占。さらに、保険会社があれこれ理由をつけて支払いを拒否してくるためだとされる。
 さらに、病院が競争市場に放り込まれ、それまでの非営利型から株式会社型の運営に切り替えざるをえなくなる現状、つまり「株式会社化する病院」で医療サービスの質が目に見えて低下している。「無駄なものを次々とそぎ落とすという市場原理が、他企業買収の資金調達のために高い利益率の追求を積極的に掲げる経営方針に医療現場を巻き込んで」いるというのだ。その一例が、人員削減で真っ先にターゲットにされてきた看護師。ただでさえ激務なのに、人員削減による業務増加が圧迫し、現場での医療ミスが多発している。
 アメリカ医療制度の最大の問題点は無保険者の増加だと本書は指摘している。その理由は「市場原理導入の結果、医療保険が低リスク者用低額保険と病人用高額保険に2分されたことだという。保険会社は、医療損失(つまり加入者への保険の支払い)が高くなると投資家たちから見放されてしまうため、医療損失を減らそうと必死になる。その結果、病人に保険に加入されないようにする。その結果、国民は健康なときは、保険会社と契約した会社を通して安い医療保険に加入できるが、一度病気になり会社で働けなくなった途端、高額な自己加入保険か無保険者になるしか選択肢がなくなってしまうという。
 本書で紹介されるアメリカの医療制度の現状と、そのために苦しめられる国民の実態は、マイケル・ムーアのドキュメンタリー映画『シッコ』の中で描かれている状況そのものである。「アメリカのどこが『豊か』なのか。敵視し蔑視するキューバの国民の方が、こと医療に関していえば、ずっと“豊か”ではないか」とあの映画を見終わって湧き起こってきた感情が、本書を読み進めるうちに再び蘇り、私の中で確信に近い見方になっていく。
 しかし、私たち日本人は、このアメリカの医療現場の実態を「他人事」と看過し、「日本はこれに比べれば、ずっと恵まれている」と胸をなでおろしてばかりはいられない。
 「市場原理とは弱者を切り捨てていくシステムです。(中略)民主主義の国において、市場原理を絶対に入れていけない場所、国が国民を守らなければならない場所は確かに存在するのです」という、平等な医療ケアのためにたたかう「全米医学生協会」会長の言葉は、医療に限らず社会福祉などの分野でも、その方向へ進み始る兆候が見えてきた日本の政府と国民に対する警告のようにも聞こえるのだ。

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