2008年7月18日(金)
ドキュメンタリー映像を創る者として、観たい、観なければ、とずっと思っていた2本のドキュメンタリー映画を立て続けに観ることができた。同じく“水俣病”を主題に置きながら、その作風はまったく異なる。しかし双方とも、観終わったあと、強烈な衝撃と深い感動の余韻が残った。「これがドキュメンタリー映画というものなのだ……」と思った。
水俣を撮り続けたドキュメンタリー映画作家、土本典昭(つちもとのりあき) 氏の存在はもちろん知っていた。しかし、これまでその作品をきちんと観たことがなかった。それを目にする機会がなかなか得られなかったからだ。
1965年、日本テレビのドキュメンタリー番組制作のために初めて水俣入りした土本氏は、患者たちの強い不審と反発の目に晒される、苦い“洗礼”を受けた。土本氏はあるインタビューの中でこう語っている。
10人くらいの人たちが輪になっているところに向けて撮り始めたら、たまたまその中に胎児性の患者さんがいて、僕は気がついていなかったから、その人に焦点を合わせたつもりはまったくなかったのですが、お母さんに激しくつるし上げられました。いっぺんに自信喪失というか、自分にはもう水俣病は撮れないと思ったほど落ち込みました。
その後、石牟礼道子の名著『苦海浄土』で再び注目を浴びた水俣をドキュメンタリー映画に撮る機運が高まった。当初、「怖くてやりたくなかった」「随分逃げもした」(上記インタビューより)土本氏だったが、「最初に手掛けたという実績は消えないし、失敗したことを含めて水俣病に関わったという体験をしたのは僕しかいないわけだし、失敗した理由もはっきり分かっていることだし、ということで、自分の気持ちを切り替え」、土本氏は、再び“水俣”に挑んだ。それがドキュメンタリー映画監督・土本典昭氏の代表作ともいわれる『水俣─患者さんとその世界─』である。
前回の失敗から学んだ土本氏は、まず患者さんたちやその家族との人間関係を作ることから始めた。ドキュメンタリー映画の撮影班は、水俣滞在5ヵ月のうち、最初の2ヵ月間はまったくカメラを回さなかった。
もっぱら患者さんの家へ行って、カメラなしで話をしたり、たまたま泊めていただいたところが間取りの境を取ったような広い家だったのですが、そこは近所の患者さんたちが集まる場になっていて、夜の集会などの時に足がありませんので、ピストン輸送をしたりして、もっぱら運転手の役割を務めました(笑い)。そうして馴染みあって、最後は患者さんの方から「早く撮りにこんかい」と言われるようになりました。(同上)
そのようにきちんと信頼関係を作った監督と撮影班のカメラの前で語る患者さんたち、そしてその家族たちの表情と語る内容には、構えも衒(てら)いもない。これまで他人に語らずにはいられなかったが、口にもできず、また真剣に聞き受け止めてくれる人もなかった、病気や貧困、差別の、想像を絶する苦悩を患者たちやその家族が吐露していく。ある人は淡々と、ある人は涙声になって、またある人は泣き笑いしながら。カメラはその語り手の表情の一瞬をも見逃すまいと、どアップで撮り続ける。語り手の飾り気も衒いもない、その素朴で真摯な表情、そしてその口から発せられる熊本訛りの言葉が、聞く者、観る者の心に染み入る。語らずにはいられない話者と、「これを記録し伝えずにはおくものか」と向かい合う撮り手、その両者の“思い”が共鳴しシンクロし合う瞬間、その映像と音声は神々しいまでの美しさと、迫力をもって私たちに迫ってくる。ドキュメンタリー映像が最も光り輝く一瞬である。
この一瞬を捉えるために、徒労とも思える長い時間と労力と金をかけ、ドキュメンタリストたちは現場を這いずり回るのかもしれない。
土本氏にとって、“水俣”とは何だったのか。他のインタビューの中でこう語っている。
僕の水俣への入り口は、こんなことがあっていいのかというチッソへの怒り、まして漁民をみすみす見殺しにした政府への憎悪、体制べったりの医学、社会的な差別への憎しみでしたよ。
本物の記録映画を生み出すときに、何が最も重要なのかを凝縮して示唆する言葉である。
この映画の中で、日本の「繁栄」と“水俣”の関係を見事に言い表す言葉が記録されている。それは、水俣病患者支援の募金活動のため全国行脚する白装束の中年男性が、嗚咽しながら聴衆に向けて語りかける大阪弁の、叫びに似た言葉だった。
立ちなはれ! もし、「人がいまでも万物の霊長や」というのやったら、こんなむごたらしい毒だらけの世の中、ひっくりかえさなけりゃなりません。何が文明や? 蝶やとんぼ、ホタルやシジミ、タニシや雁やツバメやドジョウ、メダカやゲンゴロウやイモリや数知れん、ぎょうさんの生き物を殺しておいて……
水俣病の患者はん、知ってまっか? 中でも胎児性の患者はん、私はこう言うだけでも、もう腸が煮えくり返るようであります……(嗚咽)
首も据わらん、目は見えん、耳は聞こえん、口もきけん、味もわからん、足でも歩けん。そんなやや子を生ませておいて、大腸菌も住めない海にしやがって、何が高度成長や! 何が百年一度の万博や!
貧乏がなんどす? 思い出しなはれ! お芋の葉を食べてかて生きてきたやおへんか! 思い出さんかい!
もしあんたが人やったら、立ちはなれ! 闘いなはれ! 公害戦争や! 水俣戦争やで! 戦争が嫌いなわしらがやる戦争や! 人間最後の戦争や!
心の底から湧き上がる、人の心を射抜く本物の心からの叫びの声を、映画に記録し刻むことで、40年近く経た今も観る者の心を揺さぶり、一人ひとりに問いかける。「この現実を前にして、あなたはどう生きるんですか?」と。
本物のドキュメンタリー映画の“力”に圧倒されて、私は映画を観終わってしばらく呆然となって立ち上がれなかった。
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