2008年11月19日(水)
【親イスラエルの合衆国大統領を誕生させる】
歴代の合衆国大統領はイスラエルや〈イスラエル・ロビー〉が反対する立場をとる場合も度々あった。だが、それも年々少なくなってきている。(p.296)
『ワシントン・ポスト』紙は民主党の大統領選挙候補者たちについて次のように推定している。「民主党の大統領選挙候補者は個人献金の60%程度をユダヤ系米国人からの献金に頼っている」と。他の推計ではその数字は低くなっているが、それでも民主党の党組織と大統領選挙候補者の受け取る献金の20%から50%をユダヤ系米国人が寄付していると言われている。もちろんイスラエル問題への関心だけで、ユダヤ人が政治献金を進んで行うわけではない。しかしイスラエルに対して敵意を抱いている、もしくは無関心であると認識された候補者には、ユダヤ系米国人からの政治献金が渡ることはなく、彼らの政敵に多額の献金が渡ることになる。(p.297)
ユダヤ人有権者は高い投票率を誇り、米国でも重要な州に集中している。重要な州とはカリフォルニア州、フロリダ州、イリノイ州、ニュージャージー州、ニューヨーク州、そしてペンシルヴェニア州である。これらの州の勝敗の行方が大統領選挙の行方を左右するので、選挙におけるこれらの州の比重が高まっている。(p.297)
「エルサレム公共問題センター」のジェフリー・ヘルムレイクは次のように書いている。
「米国のユダヤ人有権者は連邦選挙の結果を決定する要素となる可能性を常に秘めている。ユダヤ系米国人は重要な州に住むこと、そして米国内政治で他の人種グループよりも高い投票率を誇り、浮動票を握ることで力を持つ。こうしたことがユダヤ人グループと他のすべての人種グループを分けている違いなのである」(p.298)
大統領選挙の候補者たちはグループとしてのユダヤ人有権者に対してではなく、AIPACや〈イスラエル・ロビー〉に属する有名な諸団体のお墨付きを得ることができれば、ユダヤ人有権者からの政治献金と票が集まることを知っている。(p.298)
〈イスラエル・ロビー〉の支持を獲得しそれを維持するということは、イスラエルを徹底的に支持することを意味する。(p.298)
04年の選挙戦でハワード・ディーンは「米国はアラブ・イスラエル紛争について、もっと中立的な役割を果すべきだ」と発言するという間違いを犯してしまった。ディーンに対する反応は大変なものだった。ディーンと民主党の公認を争っていたジェゼフ・リーバーマンは、ディーンの発言はイスラエルを裏切るものだと激しく非難した。加えてリーバーマンは、ディーンの発言は「無責任」だと決め付けた。さらに米下院の民主党有力議員のほとんどすべてが署名した、ディーンの発言を厳しく非難する書簡がディーンに送りつけられてきた。
ディーンは熱心なイスラエル支持者だった。ディーンの妻はユダヤ系で彼の子どもたちはユダヤ人として育っている。ディーンは米国のイスラエル支援について疑問を持っていたわけではなかった。ディーンはイスラエルとアラブ両方を交渉のテーブルにつかせるためには、米国政府が正直な仲介者にならなければならない、と提案しただけなのだ。これは何も急進的な考えではない。しかし〈イスラエル・ロビー〉に属する主要な諸団体は、「アラブ・イスラエル紛争に関し米国政府は中立であるべきだ」というディーンの考えを歓迎しなかった。ディーンは民主党の公認を得ることに失敗した。(p.299)
【政権を〈イスラエル・ロビー〉側に引き止める】
〈イスラエル・ロビー〉に属する重要な諸団体は、米国の権力を握る政権をも直接ターゲットにしている。“全米主要ユダヤ人団体代表者会議”(CPMAJO)の最重要使命は、ホワイトハウスがCPMAJOの意向に逆らって何かを実行する際、それを止めるように圧力をかけることだ。実際の例を見てみよう。ジェラルド・フォードが米国のイスラエルへの支援を見直そうとした時。92年、ジョージ・H・W・ブッシュ(父)大統領がイスラエルへのローン保証を許可しなかった時。そしてブッシュが9・11同時多発テロ後、パレスチナ国家建設を支持した時である。(p.300)
92年、ニューヨークの実業家ハイム・カッツが、当時のAIPAC会長デイヴィッド・スタイナーからの電話の会話を録音した。
「私はジェイムズ・ベイカー国務長官と個人的に会って政治的な取引を行った。その内容は米国からイスラエルへの援助30億ドル(3600億円)を確保した上で、さらに10億ドル(1200億円)を秘密裡に上乗せするというものだ。この内容を知っているのは私たち以外にない。もっと秘密を明かすと、クリントン候補の選挙対策本部や民主党本部には、私たちAIPACの息のかかった人間が24人以上いるのだ。そのクリントンが大統領に当選すれば彼らは重要な地位に就くだろう」(p.301)
クリントン政権の中東政策は、イスラエルや親イスラエル派の諸団体と深い関係にある高官たちが方向づけしたものだ。そうした政府高官の中で2人をとくに取り上げたい。1人はマーティン・アインダイクで、もう1人はデニス・ロスである。
ロスはクリントン大統領の中東への外交特使を勤めた。アインダイクとロスは、2000年7月に開催されたキャンプ・デービッド首脳会談では、クリントン大統領に最も近い相談役を務めた。
アインダイクとロスはオスロ和平プロセスの実行を支持し、パレスチナ国家建設に好意的だった。そのため、親イスラエル勢力強硬派からはイスラエルを裏切っていると激しく非難された。しかし2人がそのようにしたのは、イスラエルの指導者たちが受け入れられる線が「オスロ和平合意の実行」と「パレスチナ国家建設」であることをよく知っていたからだ。
キャンプ・デービッドの首脳会談での米国代表はイスラエルのエフード・バラク首相からばかり話を聞き、イスラエル側と事前に協議し、イスラエル側が交渉でとる立場を調整し、米国独自の紛争解決のための計画を提示しなかった。(p.302)
パレスチナ側の代表団は次のような不平を述べた。イスラエル側が何か特別な計画を出す。すると米国側もイスラエル側と同じような計画を持ち出す。米国側はその計画を「パレスチナ側とイスラエル側との間の溝を埋める計画」と呼ぶ。米国側代表団の一員は後に次のように述懐した。「イスラエル側の考えは、たいてい米国側の考えとしてパレスチナ側に伝えられた」と。しかし、このようなペテンではパレスチナ側を欺くことができず、かえってパレスチナ側は猜疑心を強くしていった。パレスチナ代表団は次のように抗議した。
「私たちは2つのイスラエルのチームと交渉しているようなものだ。1つのチームはイスラエルの国旗を揚げているが、もう1つのチームは星条旗を掲げている」(pp.302−303)
問題は彼らがイスラエルに好意的になり過ぎたためにキャンプ・デービッド首脳会談で米国は身動きがとれず、イスラエル政府に圧力をかけることも困難になり、その結果、和平合意を達成するチャンスがなくなっていったのかどうかということだ。私たちは、彼らイスラエルに好意的すぎる政府高官の存在のせいで、キャンプ・デービッド首脳会談を含めたオスロ和平プロセス全体が徒労に終ったと確信している。(p.303)
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