Webコラム

日々の雑感 154:
パレスチナ日記 6

2009年9月3日(木)元イスラエル軍将校、ノアムとの再会

 東エルサレムにある宿舎を出て、西エルサレムへ向かって坂道を登る。GPOのオフィスへ向かうために、もう何度この坂道を上っただろう(GPO: The Government Press Office/ジャーナリストにプレスカードを発行する行政機関。イスラエルによって封鎖中のガザに入るためにはイスラエル当局が発行するプレスカードが必要)。猛暑の中、坂道を登る肉体的な辛さに加え、GPOに向かうとき、刑場へ向かうかのような重苦しい憂鬱感に襲われる。イスラエル人の横柄さと無神経さは、空港や国境検問所の係官や、ヨルダン川西岸の検問所での兵士は言うまでもなく、商店の店員の態度からも、嫌というほど体験し身にしみて知っているが、GPOのスタッフたちの対応にも辟易させられる。
 電話で返事すると言ったきり連絡がないので、週末を迎える前にと、昨日、もう1度、オフィスへ向かった。対応した女性の係官が、また「今、審査中なので待て」とこれまでの回答を繰り返す。「もう1週間も待っている。時間と滞在費をまったく無駄に浪費しなければならない。あとどのくらい待てばいいのか教えてほしい」と私が食い下がると、「わからない。(ビザ期限の)90日以内には出るだろう」と平然という。この無神経さと傲慢さに腸が煮えかえるほどの怒りがこみ上げてくる。
 いつまで待てばいいのかわからず、このままずるずると時間と滞在費を浪費するわけにはいかない。もう精神的に限界にきている。こういう連中を相手に神経をすり減らしても、非生産的だ。仕切り直しするしかない。来週、帰国しよう。
 プレスカード取得が難しくなっているのは私だけではないようだ。ある若いフリーランスのジャーナリストも、6月に申請したときは問題なく取得でき、2ヵ月ほどガザ取材していたが、プレスカードの期限が切れそうだったので、8月末に延長しようと再申請したら、私と同様に「審査するから待て」と告げられたという。1度問題なく取得し(つまりアサイメント・レターに問題はなかったということだ)、延長しようとしたジャーナリストでもこうである。何かプレスカード取得に大きな変化が起こっているようだ。

 9月1日、ハイファへ向かった。5月末から1週間、日本へ招聘した「沈黙を破る」のメンバー、ノアム・ハユット(30歳)を訪ねるためである。ノアムは昨年春に結婚し、テルアビブにある大学の農学部博士課程で勉強を続けていて、週に4日ほど列車でテルアビブに通っている。奥さんのディナ(27歳)はハイファの医学校の2年生である。ノアムがベルシェバ大学で生物学を学んでいた当時の同級生で、その後、研究のためにイスラエル南部エイラートで共に暮らし、その後半年ほど2人でインドを旅した。私の映画『沈黙を破る』の中でも、オリーブ畑でボランティア活動するノアムのシーンにディナも登場する。ノアムが博士課程を修了し、ディナが医者になれば、アフリカかアジアで一緒に人道支援の仕事をすることが2人の夢である。
 ノアムが車でハイファの街を案内してくれた。カメル山の高台に上ると、港と街が一望できる。美しい街だ。かつてアラブ人とユダヤ人が混合して暮らす街だったが、1948年の「ナクバ」(イスラエル建国時にユダヤ人によってパレスチナ人が故郷を追われた惨事)によって多くのアラブ人が追われ、現在はわずかな人口だという。街を車で走っていても、かつてのアラブ人の家で、現在はユダヤ人が住み着いている住居も少なくない。
 車で街を走りながら、私は運転するノアムに訊いた。「青年期の長年の兵役で、人生を無駄にしたという後悔はない?」。ノアムは少し考えた後、こう答えた。

 たしかに大学に入る時期も遅れた。ディナだって、兵役がなかったらもっと早く医学校に入れただろう。でも軍隊生活で学んだことも大きいと思うよ。例えば、「沈黙を破る」のグループは、莫大な予算を使いこなしながら、きちんと運営されている。メンバーは経理や組織運営の専門学校へ行ったわけでもないけど、それができる。このスキルは、やはり軍隊生活で培ったものだ。僕だって、軍隊でいろいろなことを学び、身につけてきた。自然の中で自在に生活するスキルも、自然の中で暮らすのが好きなのも軍隊生活の中で身につけたものさ。
 それにあなたの映画『沈黙を破る』の中で僕らがあのような言葉を表現できたのも、やはり軍隊の体験があったからだと思うよ。

 2,3日前にエルサレムで会った「沈黙を破る」共同代表のミハエルによれば、現在、組織は急速に大きくなっているという。スタッフを増やし、映像ドキュメンタリーの編集・制作の専門スタッフもいる。外務省などがその資金源を断とうとしているが、欧州の大使館はまったく動じていないという。ガザ攻撃における加害者の現役兵士と予備役兵の証言を公にしたことで、イスラエル政府や軍は激怒し、「沈黙を破る」をいっそう危険視するようになった。それは、ノアムに言わせれば、「いい仕事をしている証拠」ということになる。政府や首相が「沈黙を破る」を非難すればするほど、「沈黙を破る」の名は、イスラエル国内だけではなく世界に広がっていくことになる。
 ノアムもこの秋から、大学院での研究の傍ら「沈黙を破る」の有給スタッフとして活動することが決まっている。

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