(「Days Japan」2010年3月号掲載記事原文)
2010年2月22日
ジャーナリストとしてパレスチナ・イスラエルの現場取材を始めて25年になる。その私が昨年8月、イスラエル政府のプレス・オフィスから初めて取材に必要なプレカードの発行を拒否された。理由は「提出されたアサイメント・レター(推薦・委任状)はドキュメンタリー制作会社からのもので、報道機関からではないから」ということだった。しかし同じレターで、過去2回、発行されていたのだ。ただ以前と違うのは、その制作会社から元イスラエル軍将兵の加害証言を扱った映画『沈黙を破る』を公開し、またガザ攻撃による被害の実態を映像や活字で広く報道した後だったことだ。
それから2ヵ月後、ガザ攻撃から1年後のガザを取材するため、再びプレスカードを申請した。今度は、ある報道機関からのレターで、「ドキュメンタリー制作会社のレターだから出せない」という理由はクリアできたはずだった。しかし再び拒否された。今度は理由は告げられなかった。
しかしその直後、プレス・オフィスのダニー・シモン代表は地元紙のインタビューにこう語っていた。「イスラエルは、事実を伝えない反ユダヤ主義のジャーナリストは認めないと語った。シモン氏は、意図的に虚偽を伝え、ハマスの犯罪を隠蔽するための“イチジクの葉”の役割を果たしているジャーナリストたちがいると強調した」
つまり私がプレス・オフィスから「事実を伝えない反ユダヤ主義のジャーナリスト」の1人とみなされたことが、プレスカードの発行拒否の大きな要因の1つだと考えられる。
しかし私はジャーナリストとして、自分で現場を取材して確認した事実をできうる限り正確に伝えてきたし、断じて「意図的に虚偽を伝え」たことはない。また「パレスチナ側のプロパガンダ」のための報道ではなく、「パレスチナ問題の真の解決のために伝えなければならない事実」を、私は真摯に報道してきた。それは、イスラエルのこのような武力攻撃や“占領”は単にパレスチナ人を苦しめるだけではなく、イスラエル国民の“倫理・道徳観”を崩壊させ、長期的にはイスラエル国民が求める真の安全と平和の可能性を自ら破壊することになると考えるからだ。そういう私が「事実を伝えない反ユダヤ主義のジャーナリスト」という烙印を押されることを決して受け入れることはできない。
ジャーナリストとしてパレスチナ・イスラエルの取材を開始した1985年以来、私は数えきれないほどガザ地区に通い、取材を続けてきた。第1次インティファーダ(民衆蜂起)以前、インティファーダの真っただ中、湾岸戦争下、オスロ合意の直後、自治政府の登場、アラファト政権下の腐敗、第2次インティファーダ、ユダヤ人入植地の撤退、第2次レバノン戦争下、ハマスの強権統治の実態、封鎖の惨状、そしてガザ攻撃……。私は、激しく揺れ動くそのガザの情勢の中に身を置き、占領の下で生きる人びとの生活と声を記録し、伝え続けてきた。ある意味では、私はジャーナリストとして、また人間として、“ガザ”に育てられたといえる。
そのガザの“現場”と20数年間に築き上げてきた“現地の人びととの絆”を、私は今、イスラエル政府のプレスカード発行拒否によってガザに入れないことで、奪われようとしている。
しかし、これは私だけの問題ではない。今後、私のようにパレスチナ側に起こった被害やイスラエル側の実態を報道するジャーナリストは、「事実を伝えない反ユダヤ主義のジャーナリスト」という烙印を押されてプレスカードの発行を拒否され、報道規制を受けることになる。実際、1月下旬には、パレスチナの通信社「マアン・ニューズ」英語版編集長のジャレド・マルシン氏(ユダヤ系米人)がイスラエルへの再入国を拒否された。また1月下旬、エルサレムの外国特派員協会からの情報によれば、イスラエル政府広報局は「すべてのフリーランスのジャーナリストを取り締まる」、つまりフリージャーナリスト全員へのプレスカード発行を拒否する方針を打ち出したという。
公に抗議をすれば、さらなる圧力を受けるかもしれない。しかし座視すれば、この事実は日本で知られることはなく、何よりもこの報道規制の現実を私自身が甘受することになる。“現場”を失ったジャーナリストは、もう“ジャーナリスト”ではないと私は考えている。つまり私にとってこの抗議は、“私自身がジャーナリストであり続けるための闘い”なのである。
ガザ攻撃1周年に当たる昨年12月27日、私は「イスラエル政府の報道規制に対する抗議文」を公開した。それに対する賛同のメールは2月1日現在、日本内外からすでに300通を超えた。欧米でも私の抗議文は転送され広まりつつある。
2月25日には、女優の渡辺えりさん、根岸季衣さんら「非戦を選ぶ演劇人の会」や有志の俳優さんたちの協力を得て、「ガザ攻撃1周年追悼・報道規制を訴える集会」(会場:文京シビックホール)を開催する。
(「Days Japan」2010年3月号掲載記事原文)
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