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日々の雑感 226:
朗読劇『核・ヒバク・人間』が問いかけるもの(後篇)

朗読劇「核・ヒバク・人間」が問いかけるもの(前編)

2011年9月7日(水)


(撮影:安藤博美)

 「劣化ウランとプルトニウム」の章ではまず、天然ウランから核兵器や原発の核燃料につかわれるウラン235を取りだした後の残りが劣化ウランで、それを用いてアメリカが軍事用に開発したのが劣化ウラン弾であるという、基本的な知識を紹介する。その劣化ウラン弾は最初に1991年の湾岸戦争でもちいられ、そのためイラクでは白血病など癌が、とりわけ子どもたちの間で急増した。
 それはまた従軍したアメリカの兵士たちにも影響を及ぼしていた。朗読劇では、その事実を「中国新聞」編集委員・田代明氏の取材として語っていく。元米兵マイク・ステイシーさんは、湾岸戦争での被ばくが原因で健康を害し、除隊後に勤めていた郵便局をやめざるをえなくなった。2度の尿検査で劣化ウランが検出され、血液検査でも重金属汚染と診断されたが、米政府はそれを認めず、疾病・傷害年金も、戦争によるPTSD(心的外傷後ストレス障害)が理由とされ、月約1000ドルしか支給されず、職を失ったマイクさん一家は貧困に苦しんでいる。
 田代氏はさらに、劣化ウラン弾の最大の被害地・イラクへ向かう。彼はバスラ市内の病院で、帝王切開で母胎から、脳がなく、手足の指が6本の赤ちゃんが取り上げられた現場を目撃する。この夫妻は前回の出産で同じ経験をしたというのだ。その夫も湾岸戦争中のイラクの退役兵だった。
 朗読劇は、日本が発電用濃縮ウランをアメリカから輸入し、その過程で劣化ウランが生み出され、劣化ウラン弾が増え続けている、つまり日本はアメリカと手を携えて、被ばく者を世界中に増やしている、と訴える。

 日本はまた2008年現在でプルトニウムをすでに32トン、つまり長崎原爆を5333発も作れる量を保有していることが劇中で語られる。そのプルトニウムは毒性が強く、原子力に詳しい作家・広瀬隆氏によれば、「耳かきいっぱいで数万人を殺戮できる」という。その貯蔵施設が攻撃されれば、核戦争クラスの深刻な放射能汚染をもたらし、潜在的な核汚染の危機をはらんでいると朗読劇は指摘する。そして市民科学者・高木仁三郎氏がこう語るのだ。

 最終的に核兵器が廃絶されたとしても、我々は既に「核のない社会」に戻ることが困難であることを知っておかなくてはなりません。いったん生産されたプルトニウムは、消え去ることはなく、処分することもできないのです。いかなる形にせよ、永遠に管理し続けるしかありません。しかし何十万年もの管理の間、貯蔵施設が天災や人為的破壊から守られ続けるという保障はないのです。

 確実におとずれることがはっきりしているものがあります。それは管理社会という事です。核物資、プルトニウムが大量に出回る社会が、厳しい管理を必要とするだろう事については、おそらくほとんどどんな立場の人も意見を一致させることでしょう。それは遠い将来の想像上のことではありません。

 そして朗読劇は、オバマのプラハ演説についてこう語る。

 核廃絶を目指すと受け取られたこの演説も、その実、核を持つ者が、持たざる者のプルトニウムを管理するという、アメリカによる核の中央集権支配、その第2章の始まりだった。

 「目から鱗が落ちる」思いがしたのが「核管理社会」の章だった。なぜ原発は過疎地に建設されるのかが明確に説明されているからだ。
 社会学者・宮台真司氏の言葉。

 原発における「損害賠償法」と、莫大な交付金を与える「電源三法」、そして原発を過疎地に立地する「原子炉立地審査指針」の組み合わせから、分かることが2つあります。
 1つは、過疎地は、過疎地だからこそ「交付金」が必要で原発を誘致するということ。もう1つは、原発誘致で交付金をもらっても、「賠償法」と「立地条件」とによって、「過疎地が過疎化から脱することはあり得ない」ということです。
 このことが意味しているのは、原発を立地した過疎地に、「金はつぎ込むけど、絶対に過疎地のポジションから離脱させない」ということなのです。

 さらに福島第一原発の誘致に掲げられたスローガン「福島を仙台にする」、つまり交付金で豊かになって、福島も仙台のようになれるという推進派の夢に対して宮台氏はこう言い切る。

 しかし残念なことに、福島が仙台になることはありえません。そもそも国が、絶対にそれを許さないんです。

 さらに朗読劇中の解説者がこう畳みかける。

 都会で使う電力のために、都会に憧れる過疎地に夢を持たせ、その実、過疎地を過疎地のまま固定化してしまう。それが原発のシステムだというのなら、こんなあからさまな中央集権支配はない。

 そのからくりを高木仁三郎氏は、30年前に見抜き、こう語っている。

 原子力のような「中央集権型の巨大テクノロジー」を、国家や大企業が保有すると、それ自体が「エネルギー市場」や「エネルギー供給管理」のうえで「大きな支配力」を保障します。それに対し、風力、バイオマス、太陽電池などは「地域分散型」のテクノロジーです。これらを軽視し、ほとんどの政府がまず「原子力」にとびついたのは、この「中央集権性」と「支配力」にあったと思います。

 一方、原発と沖縄の関連に言及するのは哲学者・高橋哲哉氏である。

 この問題は構造的には沖縄の米軍基地問題に非常に似ています。「自分の裏庭には置きたくない」ものを「貧しい地域にお金で押しつける」、という点が似ているわけです。もちろん原発と違いはあります。沖縄の人々は米軍基地を誘致していませんから。しかし「中心部が周辺部を犠牲にしてお金で片付けようとする差別的構造」は、基地問題にも原発問題にも共通しているように思うのです。

 この朗読劇は、核をめぐる日本人の「みずからの加害性」にも言及し、ウラン鉱山の被害者たち──ネイティブ・アメリカンのナオバ族や、ポビ族、カナダのデイネ、クリー族、オーストラリアのアボリジニの人々、インドの先住民、さらに日本が原発を輸出しようとしている──ベトナム、ヨルダン、トルコ、リトアニア、日米が国際的な使用済み核燃料の貯蔵・処分施設を建設しようとしているモンゴルなどの国名を挙げている。日本の核が国内に留まらず、世界的なスケールで影響を及ぼしている現状に、私たちの目を向けさせるのである。

 『核・ヒバク・人間』は、単に、観る私たちが知らなかった核・原発に関する情報や知識を伝え喚起するだけの作品ではない。この朗読劇には、この脚本を創り上げ、演じる「非戦を選ぶ演劇人の会」の毅然とした“立ち位置”“主張”が明確に示されている。それは次の高木仁三郎氏の言葉に集約されるのかもしれない。

 核は人間の生命と、その精神に対して支配性をもたざるをえません。核そのものの支配性、その支配性を利用する支配者・権力者たちの存在に反対すると言うことは、核の人間に対する支配と核を利用した権力支配に対して、人間の側の復権を主張することにほかならないのです。

 演劇人がこのような主張を、社会に向かって公に発言することは、私たちが想像する以上にリスクを伴う、勇気のいる行動に違いない。芸能界や演劇界も「権力支配」の影響から自由ではありえず、それに敢えて異を唱えることは、自らの立場、もっと言えば演劇人としての活動、生活の基盤を奪われかねないだろうからである。
 私がこの朗読劇を観ながら、心を揺さぶられる感動を覚えたのは、まさにその危険を覚悟で、しかし今の日本社会のなかで演劇人としてやるべき責務を果たそうとする「非戦を選ぶ演劇人の会」の方々の、その凛として姿勢だった。そして私は自分が問われていると思った。「あなたはジャーナリストとして、いま日本社会で果たすべきことを、立場や生活の危険を冒してでもやっていますか」と。

 1つ残念に思うことがある。今回のピースリーディングも2日間の上演を観ることができたのは1000人ほど、しかも大半は東京など首都圏に住む方々だったろう。しかしこの朗読劇は、もっと多くの人たちに、福島をはじめ地方の方々にも観てもらいたい、観てもらうべきだと思う。もちろん40人を超える演劇人の方々が地方を上演して回ることは不可能だろう。ならば、映像化して、それを全国で上映する方法はどうだろうか。もちろん演劇人の方々にとっては、劇場で生の演技を観客に直接観てもらい、その反応を肌で感じることができるのが最高の大醐味であるにちがいない。しかしこの朗読劇に関しては、より多くの日本人に伝えることを優先させてもいいのではないだろうか。この朗読劇は、いまの日本人に伝えなければならない要素が凝縮されているからだ。ならば台本を出版すればいいという声もあるだろう。しかし、脚本家の方々が身を削る思いで仕上げた台本の言葉に、“命”を吹き込めるのは俳優の方々だ。私がそう実感したのは、1年半前、「非戦を選ぶ演劇人の会」の方々が演じてくださった朗読劇「ガザで起こった“本当のこと”」の上演のときだった。私が現地で集めた証言を劇作家の篠原久美子さんが脚本化し、「非戦を選ぶ演劇人の会」の俳優さんたちが演じてくださったこの朗読劇を客席で観ながら、私は現地で辛い思いを堪えながら、言葉を絞り出すようにして証言してくれた住民たちの1人ひとりの顔を思い浮かべていた。そして彼らに私は語りかけていた。
 「ほら、あなたが語ってくれた言葉に、この俳優さんたちが、いま“命”が吹き込んでくれていますよ」と。

 朗読『「核・ヒバク・人間』が、映像化のために、もう一度再演される機会はないだろうか。そのためなら、ぜひ協力したいと思うプロのカメラマンや編集者は少なからずいるはずだから。

参考サイト:非戦を選ぶ演劇人の会

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