Webコラム

日々の雑感 232:
山形国際ドキュメンタリー映画祭/報告(3)

山形国際ドキュメンタリー映画祭/報告(2)

2011年10月10(月)

  1. 『監獄と楽園』
  2. 『アルマジロ』
  3. 『飛行機雲(クラーク空軍基地)』
  4. 『殊勲十字章』

山形国際ドキュメンタリー映画祭

『監獄と楽園』

インドネシア/2010/93分
監督:ダニエル・ルディ・ハリヤント

 2002年10月、インドネシアのバリ島で起こった爆弾テロ事件の首謀者たちとその家族を追ったドキュメンタリー。この映画の圧巻は、刑務所内での首謀者たちへのインタビューである。鉄格子越しにカメラに向かい、首謀者たちは、自分たちの行動の動機、その背景となる信念・思想を切々と語る。それによって私たちは、メディア報道によって、そして私たち自身の偏見によって、「テロリスト」「非情な極悪人」として切り捨ててしまった彼らの内面を初めて垣間見ることになる。このような映像は、えてして「テロの正当化に加担する」という批判を浴びがちである。私にも体験がある。パレスチナでイスラム抵抗運動「ハマス」の武装勢力や「自爆犯」の遺族や友人たちに取材し、その行動の動機・背景を報じると、とりわけイスラエル側から「テロの正当化」という批判を浴びることになる。しかし、イスラエル側はその動機、背景を知り、それにきちんと向かい合い対処しなければ、その「テロ」は根絶できないはずだ。
 この映画はまた、首謀者たちの妻や幼い娘たちの日常生活も丹念に追い、「非情な極悪人」である首謀者たちが、実はどこにでもいる普通の「夫」であり「父親」だったことを私たちは知らされる。つまり「テロリスト」「極悪人」と切り捨てられた首謀者たちの“人間の顔”を描き出して見せるのである。それによって観る私たちに、「普通の夫や父親が、なぜあのようなテロを起こしてしまうのか」という問いを改めて喚起していく。
 一方、この映画は、テロ犠牲者の遺族たちの姿も描いている。それはまた、なぜ残された妻や息子はこのような不幸な生活に追い込まれなければならなかったのか、遺族たちを追い込んだテロはなぜ起きたのか、という疑問へと観る者に立ち帰らせていく。
 この映画の監督ダニエル・ルディ・ハリヤント氏はインドネシア国民の大半を占めるイスラム教徒ではなく、クリスチャンである。首謀者たちは監督が異教徒であることを知っていたのか。もしそうならば、なぜ異教徒の監督に犯行の動機となる背景となったイスラムの思想をあれほど熱く語ったのか。上映後のトークで、監督はクリスチャンである自分がこのような映画を制作したことにイスラム教徒側から激しい批判や脅迫があったことを告白した。しかし一方、監督が首謀者たちと同じイスラム教徒だったら、このような冷静な視点を守り通した映画が作れただろうか。
 この『監獄と楽園』は、数本見た「アジア千波万波」の中で最も衝撃を受けたドキュメンタリーだった。

(追記)
『監獄と楽園』は、日本映画監督協会賞を受賞した。その受賞理由として、加害者側にも被害者側からも一定の心情的な距離を置き、主観に陥らず冷静に伝える作品の“ストイシズム”(禁欲主義)が挙げられた。核心を突いた評価である。

『監獄と楽園』予告編

YouTubeで再生

『アルマジロ』

デンマーク/2010/101分
監督:ヤヌス・メッツ

 デンマーク軍兵士のアフガニスタンでのPKO活動を追ったドキュメンタリーである。数人の兵士たちに肉迫したこの映画は実によくできている。出来過ぎていると思えるほどだ。とりわけ戦闘シーンで兵士たちの表情をアップで捉えるカメラワークはいったいどうやって撮影したのだろう。劇映画でも観ているような錯覚を起こしてしまうほどだ。戦場で「『敵』にいつ攻撃され殺されるかもしれない」という恐怖心が、「敵」と現地の住民たちを同じ“人間”だという感覚を奪っていく、その過程はたしかに映し出されてはいる。その激しい戦闘シーンには圧倒される。しかし深い感動は残らない映画だった。なぜか。おそらく作者は、この映画で何を見せたかったのか、何を伝えたかったのかが、見えてこないからだろう。ドキュメンタリー映画から、作り手の伝えずにはおられない主張や思想が、直截にではなく透けて見えてこない映画に、私は惹かれない。

『飛行機雲(クラーク空軍基地)』

アメリカ、フィリピン/2010/264分
監督:ジョン・ジャンヴィト

 フィリピンの元米軍基地の跡地での化学物質による土壌汚染と、住民の健康被害を描いた作品で4時間半近い長編。描かれている問題の深刻さ、それを伝える重要性はわかる。しかし伝え方があまりに稚拙である。証言を延々と並べればドキュメンタリーになるわけではあるまい。観客に観てもらわなければ、伝えたいことも伝わらない。観てもらうための工夫、努力は不可欠であるはずだ。それをこの作品から読みとることができない。2度チャレンジしたが、やはり最後まで見続けることができなかった。ある意味では、この映画の欠点は、私自身の作品の欠点であり、それをこの映画を鏡にして見せられているようで辛かった。

『殊勲十字章』

アメリカ/2011/62分
監督:トラヴィス・ウィルカーソン

 ベトナム戦争にヘリコプター部隊のパイロットとして従軍した初老の男性が2人の息子(1人は監督自身)に語って聞かせる戦争体験談である。私は、その語り口とその内容のあまりの“軽さ”に耐えられず、十数分で劇場を出た。同じ劇場にいたテレビ局の友人は、「『最後には何か深い語りが出てくるだろう』と我慢して最後までみたが、結局、軽い語りのまま終わった」と失望していた。
 ベトナム戦争に関するドキュメンタリー映画はこれまで数多く制作され、深く優れた映画も少なくない。元米兵が戦争体験を語るドキュメンタリーとしてはまず思いつくのは、藤本幸久監督の長編ドキュメンタリー『アメリカ』の6部『ベトナムの記憶』だ。アレン・ネルソンが深い内省から自らの戦争体験を語るその表情と内容の深さを観て知っている者にとって、この映画に登場する男性の語りはその表情も内容も、あまりにも薄っぺらだ。
 選者たちは、どういう理由でこの映画をインターナショナル・コンペティションの候補作として選んだのか、私には理解できない。ぜひその説明を聞きたい。

(追記)
この映画に「特別賞」が授与された。

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