Webコラム

映画『”私”を生きる』トークショー
ゲスト:根岸季衣さん(前半)

2012年1月21日 東京:オーディトリウム渋谷
ゲスト:根岸季衣(ねぎし としえ)さん(女優)

土井敏邦(以下「土井」):根岸季衣さんには「非戦を選ぶ演劇人の会」を通して出会い、それ以来ずっとお付き合いさせていただき、随分お世話になっています。『“私”を生きる』を観ていただいたのは、おそらく2回目ですよね。どうでしたか?

根岸季衣さん(以下「根岸」):はい。1年半前、この映画がDVD発売されたときに拝見して、今回このトークをすることになったので改めて観なおして、自分の感じ方がものすごく変わったので、自分自身でもびっくりしたんです。

今回ほんとうに1つひとつ突き刺さるように思いました。それは2つあると思うんです。一つは3.11以降、直接関係はないですけどもすごく情勢が変わりました。原発のことだけではなくて、教育の問題でも大阪で橋下市長がとんでもない条例を突然ぶち上げて、それがまるで、「他の公務員をカットするのと同じようにサバサバやってくれていいじゃないか」というような世論が何となく出てきて、「えっ、こんなことが通っちゃうかもしれないの?」と、すごく危機感を持っていました。そしたら今年になって最高裁でちょっと救われるような判決が出ました。正直、一回目に見たとき、根津先生がずっと毎日通い続けて、校門に立ち続けるという意思の強さ、そこまで強いということに、ふっと引いてしまう部分もあったんですよね。でも今回、ものすごく危機感を身近に自分が感じられて、この映画で改めてインタビューにお答えになっている言葉を聞くと、その一つひとつがものすごく納得できるし、尊敬もできるんです。3人の先生方すべての生き方に『“私”を生きる』という言葉がまさにぴったりなみなさんが、訥々と語られている中にすべてがあるなあと思って、今この映画が上映されるということは、ほんとうに素晴らしいことだなあと思いました。

もう一つ胸に届いた原因というのが、今度3月に新国立劇場で、『パーマ屋スミレ』というお芝居をやるんですけれども、1960年代の三池炭鉱の話で、やはりCO中毒の裁判があったりとかしますが、そんな大仰に問題意識をぶつけるという作品ではなくて、本当にその60年代の中でたくましく生きてきた在日コリアンたちの家族の話なんです。その芝居をやるにあたって、三池炭鉱の歴史とかを読んでいると、ひょっとしたらアウシュビッツよりひどいような偏見と差別の時代が連綿とずっとつながってきて、何か事故があればいつも「それを収束した」と言って、「それは想定外であった」というような御用学者が捻じ曲げたりとか、いつも同じようなこと、まったく今と相通じるような歴史がいっぱいなかに出てきます。胸が痛むようなそういう事実を見ながら、泣きながら、毎日、脚本読み、台詞覚えをしていたところにこの映画を観たので、抑えられたことに対して抗う力というんですか、やはりそれはとても大変なことだし、それをやってらっしゃるということが1年半前よりもものすごく私の胸に届いたんだろうなと思います。だから今土井さんが上映してくださったことはとてもいいことだな、こうやってたくさんの方がご覧くださるのはとてもタイムリーだなとほんとうに思います。

土井:先ほど言いました「非戦を選ぶ演劇人の会」は去年の夏に原発のことをテーマに朗読劇(『核・ヒバク・人間』)を上演されました。私は不勉強で何も知らなかったんだということをあの朗読劇を観ながら痛感し、劇にほんとうに感動しました。それにそうそうたる出演者たちでしたね。渡辺えりさん、市原悦子さん、高橋長英さん、もちろん根岸さんもいらっしゃいました、びっくりするほど有名な演劇人の方、俳優の方が、ボランティアで出演されていましたね。。

根岸:そうです。手弁当です。

土井:私は正直言って、この演劇や芸能の世界にいる方にとっては、こういう微妙な社会問題に触れるようなことは、ある意味ではとても危険と言ったら変でしょうけども、危ういことだろうなあという気がするんです。というのはこういう社会問題に触れる、発言すると、いわゆる「色がつく」ことになり、そういうことで仕事がなくなっていく、そういうことは十分考えられると思うんですね。例えば今、頑張ってらっしゃる山本太郎さん、それからおしどりまこさんですか、ああいう方が芸能界にいらっしゃって、はっきりと反原発を口にし訴えていくことはある意味では仕事を失いかねないことだと思うんですよね。だから「非戦を選ぶ演劇人の会」の方があそこまで堂々と反原発・原発の危険性を訴えていくというのは相当の覚悟がいったんだろうなあと思うんですが、どうなんでしょう?

根岸:実際に勉強させてもらっているんですよね。今、ネットがずいぶん普及して、いろいろな情報が入るとはいえ、あまりに膨大な情報の中でそれを整理しきれない部分というのはいっぱいあるし、テレビだけ観ているととんでもなく一方的なものしか入ってこない。そんな中で実は、私なんかは毎年、ほんとうに勉強させてもらっています。自分自身が刺激を受けるのにとてもありがたい場所だなあと思っています。観に来た方たちと一緒に啓発されるというんですかね。

「非戦を選ぶ演劇人の会」って基本的には作家(脚本家)がまず立ち上げたものなので、作家の方々がまずすごく勉強をし、ほんとうにたくさんの本を読んで真摯に取り組んで、演劇的にもクオリティの高いものをきっちり書いてくだっています。もしご興味があったら「非戦を選ぶ演劇人の会」で検索するとサイトがありますのでそこで台本は公開してて、「どうぞ、公演される方はどなたでも興味があったらやってください」というふうに無料でどなたでも読んで、また公演もしていただけるようになっていますので、ご覧いただけたらうれしいなと思います。

土井:ああいう社会問題、パレスチナのこと(『遠くの戦争 〜日本のお母さんへ』)もやっておられましたけれど、ああいう問題に触れることで、仕事が減っていくとか「色がついているから」といってテレビなどマスコミから「使いたくない」と言われるかもしれないと私は思うんですけど、根岸さんご自身、そういう危険を感じて躊躇するというか、自分はやりたいんだけども、仕事のことを考えるとやはりちょっと躊躇してしまうということはないですか?

根岸:実際に大きな企業のCMをしている方で、戦争反対ということでまず「非戦を選ぶ演劇人の会」のリーディングに参加しようとしていたんです。ちょうどその時、上演されたテーマが、それこそまさに永井愛さんが書いた「日の丸」の問題だったんですよ。そしたらやはり本番前に躊躇されましたね。その方はとてもメジャーなCMをやっていらしたので、やはりまずスポンサー・サイドとの関係をものすごく危惧したことを、友達だったので直に電話がかかってきてわかりました。私は幸いなことにメジャーなCMをやっていないので(笑)。このあいだJTやりましたけど、どうなんでしょうね。ブラックリストにはどこかに載ってると思うんですけど(笑)。自分にもきっとそういう弊害がどこかに起きてるかもしれませんけど、幸いなことに気が付いてないという部分なのかもしれないし。それに私はいま舞台が多いので、舞台ってのはあまり関係なく、むしろどちらかというと舞台だからこそできることがいっぱいあって、そういう発言の場としてはすごく大らかなんです。そっちが中心に今まわってるので、無自覚のまま過ごせているのかもしれないです。

土井:そうは言っても、根岸さんも有名な方ですから、テレビに出られたり映画に出られたりするわけですよね。その時に「社会問題に関わっている」「色が付いているな」と思われたらやはり仕事が減っていくということはないですか?

根岸:気がついてないのかもしれないです。実際今テレビとかのドラマってこの年齢の女優の出る需要がすごく少ないんです。やはり若い人たちのドラマが多くなっているんですね。そういう意味では活動の場が私なんかにすると舞台でも映画でも、色んな映画にちょこちょこ出ていますけど、そういうことだったり、ドラマも月9もやりましたし、今度……あ、話がぽろぽろ飛びますけど1月28日と2月4日にNHKの土曜ドラマで山田太一さんが書かれた『キルトの家』というのがあるんですけども、年寄りがいっぱい出てくるめずらしいドラマなんです(笑)。今時こんなに年寄りを出せるのはNHKしかないっていう、なおかつ主演は山崎努さんだし、松坂慶子さんとか、余貴美子さんとか、年配の俳優さんで言うと織本順吉さん佐々木すみ江さんも本当に輝ける今の黄金年寄り大会みたいな。本読みの時も嬉しくって。みなさん、一行を語るだけで素敵なんですよ。年をとるのって悪くないなあ、としみじみ思わせてくれる素晴らしい方々が出ているので、もしよかったらご覧ください。

【関連サイト】
根岸季衣さん オフィシャルサイト
非戦を選ぶ演劇人の会

映画『私を生きる』公式サイト
『“私”を生きる』公式サイト

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