2012年12月4日(火)
写真:ネタニヤフ首相が入植地建設を発表した「E1地区」
遠くに見えるのがマアレアドミム入植地
11月29日、国連総会でパレスチナが「オブザーバー国家」に格上げされたことに、西岸の住民がお祝いムードに沸いた。私は、ちょうどその日の昼前、ジャイユース村に近いカルキリヤ市からエルサレムに戻ったが、その途上、ラマラを経由した。私がカルキリヤ発の乗り合いタクシーからエルサレム行きのバスに乗り換え、ラマラを去った2、3時間後に自治政府のお膝元ラマラでも大きな祝賀デモが行われた。私はそのことを翌日の新聞で知った。せっかくラマラを通ったのに「歴史的なイベント」を取材できなかったが、そのことに私はたいして後悔はなかった。というのは、「オブザーバー国家」への格上げ問題は、地元紙が一面で大きく取り上げるほど重要な意味があるとは思わなかったからだ。「ガザ攻撃」の西岸への影響を各地を回って取材していると、アッバスが率いるパレスチナ自治政府がほとんど支持を失っていることを思い知らされる。西岸の民衆の支持を失ったアッバスにとって起死回生の唯一の手段が国連総会でのパレスチナの「国家」への格上げだった。私にはアッバスの「生き残りのための打ち上げ花火」ように見えた。長い間、「国」を持てず占領下で生きることを強いられてきた住民にとって、初めて「パレスチナ国家」が国連総会に承認された、その喜びは私にも理解できる。しかしそのお祝いムードから冷めて、「国」として認められても“占領”の状況は何一つ変わらないことを思い知るとき、住民の失望と怒りが以前にもまして大きくなることを私は懸念している。現地を取材すれば、“占領”の状況は悪化こそすれ、解消される兆しなどまったくないことがわかるからだ。
一方、国連総会での決議の直後、イスラエルのネタニヤフ政権は、東エルサレムと西岸地区最大の入植地「マアレアドミム」の間にある「E1地区」に3000戸の入植者住宅を建てる計画の実施を許可したことを発表した。パレスチナの「オブザーバー国家」格上げへの「報復処置」とネタニヤフ首相は公言し、世界のメディアもそう報じた。
それに対し、国連安全保障理事国であるイギリスとフランスが強く反発し、イスラエルからの大使召還の可能性を示唆した。国連総会の決議では「棄権」し、間接的にイスラエルを支持した両国が、「大使召還」という前代未聞を厳しい外交手段を示唆したことに、イスラエルはもちろん国際社会も驚いたことだろう。国連決議ではいつもイスラエル支持を表明するアメリカも、今回の「報復処置」を厳しく批判した。
なぜ親イスラエルの欧米の国々が、今回に限ってこれほど強く反発するのか。『ハアレツ』紙は、「E1地区」への入植地建設が、イスラエルの隣にパレスチナ国家を作り、和平を実現するという「2国家解決案」を葬る“棺”に「最後の釘を打つことに等しい」と書いている。なぜか。「2国家解決案」のパレスチナ国家は、ヨルダン川西岸とガザ、そして東エルサレムの“地理的に連続した土地”に建設されることになっている。しかし「E1地区」への入植地が建設されると、東エルサレムと西岸地区が地理的に切断されてしまうというのだ。
一方、長年、東エルサレムのパレスチナ人の家屋破壊を阻止する活動を続けてきたエルサレム市議会議員のメール・マーガリットは、「E1地区」の入植地は、それだけではなく、ヨルダン川西岸の北部と南部を切断する役割も果たすことになり、“地理的に連続した土地”という「2国家解決案」が前提から崩れてしまう、つまりこの地区での入植地建設は、「2国家解決案」にとって越えてはならない「レッド・ライン」だというのである。
マーガリットはまた、ネタニヤフ首相の「E1地区」での入植地建設案は、「オブザーバー国家」格上げへの「報復処置」という国際問題が理由ではなく、1月の総選挙で国内の右派勢力の票を取り込むための「選挙キャンペーン」つまり国内問題が理由の政策だと指摘する。
いずれにしろ、ネタニヤフ首相の計画発表とそれに対する欧米諸国の反応は、ヨルダン川西岸の“占領”の実態を目の当たりにした者の目には“茶番”に見える。カランディア・ベツレヘムの検問所などでは、西岸から東エルサレムにつながる道路のすべてでイスラエル側の厳しい検問が行われ、西岸在住のID(身分証明書)を持つ者は一切通行が禁止されている。実質的に東エルサレムと西岸はすでに切断されているのだ。東エルサレムからマアレアドミム入植地につながる道路も、エルサレムIDを持つパレスチナ人でなければ往来できない。
さらにパレスチナ人住民が西岸南部地区のベツレヘムから北部地区のラマラへ向かおうとすれば、イスラエル側がいつでも封鎖できる検問所を通過せざるをえず、そこが封鎖されれば、南部と北部の交通手段は断たれる。つまりすでに実質的に西岸は、北部地区と南部地区に分断されているのも同然である。
そして何よりも西岸の60%を占める「C地区」は、完全にイスラエルの支配下にあり、ユダヤ人入植地の拡張によって実質的にイスラエル領土となりつつある。このような状況下では、「2国家解決案」となるべき「パレスチナ国家」の基盤はすでにイスラエルによって“侵蝕”されてしまっていると言っても過言ではない。
このような状態になるまで西岸の侵蝕とユダヤ化に見て見ぬふりをしてきた欧米諸国が、「E1地区」での入植地建設が「2国家解決案」の死活問題だと大騒ぎするのは笑止千万である。「もうすでに『2国家解決案』は死んだ」。西岸の現実を改めて目の当たりにした私の実感である。その“幽霊”にしがみついて、それが唯一の「和平への道」であるかのように世界の為政者たちやメディアが喧伝するのは欺瞞であり、現地のパレスチナ人を騙し愚弄することのような気がしてならないのだ。もし本気で、まだ生きていると信じるなら、私は彼らに問いたい。「虫食い状態のように多くの土地を奪われ、ズタズタに分断され、水資源も奪われた今の西岸のどこに“国家”を創れというのだ。かつての南アフリカの黒人居住地区“バンツースタン”のような西岸を“国家”と呼べというのか」と。国際社会が「2国家解決案」を本気で蘇生させようと思うなら、がん細胞のように広がり増殖するユダヤ人入植地を排除し、実質的にイスラエルが支配する「B地区」「C地区」を、その“占領状態”から解放すべきだ。それには目をつぶりながら、「2国家解決案」の“空念仏”を唱え、「正義の味方」ぶる欧米の偽善が、かえってパレスチナ占領地の実態をいっそう見えなくしているように私には思えてならない。
[注]バンツースタン
南アフリカで少数派の白人が多数派の黒人を支配するために、アパルトヘイト(人種隔離政策)を実施。黒人を部族ごとに作ったホームランドに所属させ、それぞれのホームランドを南アから独立させて「外国」 にしてしまうというもの。こうすれば黒人は「外国人」になるから政治的権利 を与えなくてもよく、南アで働く黒人は外国人の「出稼ぎ労働者」になるから、労働者としての権利を制限しても、社会福祉を保障しなくても構わないことになる。
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