Webコラム

日々の雑感 294:
『異国に生きる』の東京上映を終えて

2013年5月1日(水)

 3月30日から4週間にわたってポレポレ東中野で、1日3回上映を続けてきた『異国に生きる』が終了した。長い1ヵ月だった。期待していた通りに客数が伸びなかったことが、実際よりずっと長く感じさせてしまうのかもしれない。
 『異国に生きる』の劇場公開をこの時期を選んだのは、アウンサンスーチー氏の27年ぶりの来日に合わせてことだった。長年ビルマの軍事政権に自宅軟禁を強いられたノーベル平和賞受賞者、スーチーさんの来日は、スーチー人気の「旋風」を引き起こし、ビルマ人を扱ったこの映画もその波及効果で、たくさんの観客が劇場に押し寄せるに違いないと期待したのだが、結局、「スーチー旋風」は吹かなかった。メディアも期待したほどスーチーさん来日を大きくは報じなかった。北朝鮮問題のニュースに隠れてしまった感もある。
 そもそも、ビルマ問題自体が日本人になじみがない。たとえ「日本の中のビルマ人」のことであってもである。
 ゲストトーカーを招いた週末はそこそこの入りだったが、平日の昼間は惨憺たる結果だった。1日3回、1ヵ月間というこの種の地味な映画には破格の機会を与えてもらったにもかかわらず、1回の上映に数人の観客(定数110席)しかいないときは、愕然とした。何よりも、この映画に賭けてくれた劇場側に申しわけなく、そのことでさらに落ち込んだ。
 興業の失敗の最大の原因は、広報不足である。観客から「この映画をやっていることをほとんど知る機会がなく、たまたまネット検索しているうちに偶然見つけた」と言われる始末である。やはり宣伝に多くの資金をかけられなかった経済的な事情が響いた。宣伝・配給を担当してくれた浦安ドキュメンタリーオフィスの中山和郎さんが、限られた予算の中で孤軍奮闘してくれたが、やはり大手のマスコミを動かすにはもっと予算と人手が必要だった。
 監督の私は、知人、友人に郵便やBCCメールで協力を呼びかけたが、期待するほど観客動員に結びつかなった。日ごろの自分の人脈の狭さ、知人、友人たちへの不義理の結果なのだと思い知らされた。
 私にできることは連日、劇場へ出かけ、上映後に舞台あいさつをし、アンケートの反応をツイッターやフェイスブックで報告することだった。
 時には上映後、閑散とした劇場内で数人の観客との対話となった。

 救いだったのは、映画を観た観客の反応が、予想以上によかったことだ。アンケートの一部を拾ってみる。

 2~300枚あるアンケートの中で中にいちばん多かった言葉は「感動」と「涙」だった。

とても感動しました。特に「自分のためだけに生きるのはつまらない」という言葉、その通りです! チョウさんほどのことはできてませんが、私も私なりに、あちこちぶつかり打たれながら、頑張ってきましたが、これからも頑張ろう! とつくづく思いました。(60代・女性)

うまく書けませんが、何か生きる希望と力をもらった感じです。(60代・女性)

久しぶりに涙が止まらない作品に出逢えました。でもそれは悲しみからこぼれるものではなく、“今を生きる”ことへの大きな後押しをいただいたから来るもののような気がします。生きているってすごい事だと改めて思いました。(30代・女性)

とても感動しました。私もミャンマー人で、外国に生きているときのさびしさと、親に今すぐ会いたくて、なみだもこぼれました。自分のためではなく、これからみんなのためにもっと頑張りたい気持になりました。(30代・女性)

よい意味で、裏切られた映画でした。愛ということについて感じ、考えさせられた映画でした。(30代・女性)

3・11のボランティアに行き、インタビューに答えるチョウさんの笑顔に涙があふれました。あんなに穏やかで優しい、いい表情をされるなんて! 日本社会は決して温かく迎えたわけでもないのに。でもそんな日本人のために、自分にできることをしてくれる温かさ。チョウさんの「自分の社会を広げる」という言葉を忘れずに生きていきます。(40代・女性)

何度も涙がこぼれてしまうのは、映像の中のチョウさんやヌエさんの表情に気持ちがストレートに出ていたからだと思っています。そうした映像を撮れる信頼関係を築けるということはすごいことだと思います。(40代・女性)

 “作り手”の私がこの映画にこめた思いが観る人に確かに伝わった、という手ごたえを実感できる感想である。
 もう1つの目立つのが、「自分や日本人の生き方、在り方を問われた」という感想だった。

今、70歳となり、背骨の入った生き方をしたいと思っています。なにを今さらと言われそうですが、この2年間と経済成長の終わりのときと……。残り少ないときを充実させるために生き方を教えられました。ちっぽけな事しかできないけど、貫く生き方をしていきます。(70代・女性)

まっすぐに生きるチョウさんの姿をよく記録して下さいました。名を知らない〈ビルマ人〉ではなく、こうして具体的な一人一人を知ることこそ、人と人とのつながりの第1歩と思います。「助けて!」といって道に立ったビルマ人たちに、そしらぬ顔ですぎてカンパもしなかった日本人に、3・11以後、人として素直な気持で援助の手を差し延べてくださった彼らの姿に、私たち日本人は自分の姿をはっきり示されたと思います。(60代・女性)

募金の呼びかけをうるさそうによけて通る人の姿……。あれは私なのだとつらい気持ちになりました。(60代・女性)

自分のためだけに生きるのが幸せなんだろうか? という深い問いが胸に迫るドキュメンタリーでした。大勢の方に見ていただきたいと思いました。見るに値する作品です。(60代・男性)

監督が言われたとおり、まさに“映し鏡”ですね。自分がつらい状況にあっても、「自分より困っている人がいたら、助けるのは当たり前。自分一人のために生きているのでは世界が狭くなる」ということを、澄んだ瞳でまっすぐに語るチョウさんやヌエさんに共感しました。自分自身の生き方を問われる作品に出会えたことに感謝します。今こそ多くの日本人に観てほしいです。(50代・女性)

 さらに“作り手”として素直にうれしく励まされるのは、“作り手”に対する謝意の言葉だった。

チョウさんが黒髪から白髪になり、奥様も日本語が堪能になるくらい長い年月をかけて、この作品を撮り続けてくださったことに感謝します。本当に素晴らしい作品でした。(30代・女性)

ブレない生き方にただただ感動!! こういう映画をつくって下さったことに感謝、多謝、多謝。(60代・女性)

すばらしかったです。涙が出ました。被災地におもむく姿、とても日本人として恥ずかしかったです。こういう作品をぜひぜひ作り続けてください。心から応援します!!(60代・女性)

皆さま、素晴らしい映画をありがとうございました!! 何度も涙がこぼれてしまうのは、映像の中のチョウさんやヌエさんの表情に気持ちがストレートに出ていたからだと思っています。そうした映像を撮れる信頼関係を築けるということはすごいことだと思います。(40代・女性)

この映像と記録は、世界の宝物だと思います。公開して下さり、ありがとうございました!!(30代・男性)

意義ある仕事、生き方を全力でなさっていると思いました。とても感動しました。素晴らしい映画です。ありがとうございました。(30代・女性)

 この映画が観る人の心を動かしたとすれば、それは私たち“作り手”の力ではない。映画に登場するチョウさんとヌエさんたちの“力”なのだ。それは謙遜でもなんでもなく、事実だ。私たち“伝え手”は、描く対象(人物)の持つ魅力を、できる限りかたちを壊さないように、丁寧に描き出し、観客の前にそっと差し出せばいいのである。観客は“作り手”やその手法に感動するのではなく、描かれている人の姿に心を動かされるのだから。

 私たちの宣伝力が不十分で、興業的には失敗だったかもしれない。しかし私は毎日、劇場に通い、上映後、観客から直接、反応を聞くことができた。中には語りながら涙で言葉を詰まらせる人もいた。そこがDVDにして不特定多数の人に販売するだけのやり方と、劇場で公開することとの決定的な違いだということを、今回改めて実感した。俳優の人たちにとっては、テレビや映画への出演と、生の演劇への出演との違いのようなものだろうか。ストレートに自分の作品、演技に対する観る人の反応、空気が伝わってくるのだ。私は観客の人たちに“力”をもらい、鼓舞された。「“伝え手”として、これからもドキュメンタリー映画を作り続けなさい」と。
 この映画を劇場公開してほんとうによかったと思う。

『異国に生きる』上映情報

(予定が変更される場合がありますので、お出かけ前に必ず各映画館のサイトで上映情報を確認してください)

異国に生きる
『異国に生きる』公式サイト

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