Webコラム

日々の雑感 299:
安倍首相をめぐる痛快なニュース番組

2013年7月8日(月)

 参議院選の公示の前夜、日本記者クラブで行われた党首討論会についての「報道ステーション」のニュースで、私が知らなかった驚くべき事実が報道された。それは共産党の志位和夫委員長の安倍首相への質問だった。
 志位氏は、1枚の書類を掲げながら、質問した。それはゼネコンなどで構成する日本建設業連合会に宛てた政治献金の要請文だった。
 「要請文には自民党の政治資金団体である国民政治協会の文書が添えられています。そこでは自民党は『強靭な国土の建設へと全力で立ち向かっており、こうした政策遂行を支援するため、献金をお願いした』と述べ、金4億7100万也と金額まで明示しております。まるで請求書です。国土強靭化とは10年間で200兆円という巨額の公共事業を進めるものですが、その見返りに金額まで、明示して政治献金を求める。これは文字通り『政治をカネで売る』最悪の利権政治だと思いますが」

 それに対し、安倍首相はこう答えた。
 「私はいま文書を見たこともございませんので、なんとも申し上げようがございませんが、我われは200兆円というようなことをですね、実際に約束したことは全く無いわけであって、やるべきことをやっていくということにすぎないと申し上げておきたい」

 「見たこともございません」と言っても、その文書は志位氏の手中、目の前に存在するのだ。さらに、当事者の日本建設業連合会はテレビ朝日の取材に、自民党側からの献金要請を認め、その文書を加盟50社に配布したことを認めているのだ。さらに安倍氏は、質問の本質とはまったく外れた「200兆円というようなことは実際に約束したことはまったく無い」と答え、志位氏の問おうとする「『政治をカネで売る』最悪の利権政治」については、まったく答えようとしないのだ。弁解の余地のない事実を突き付けられると、「政治家」はこうやって姑息に逃げるものなのかと、呆れ果てる一方で、その余りの厚顔無恥ぶり妙に感心してしまった。こうでなければ「首相」は務まらないのかも知れない。
 このニュースに、私は「やはり、そういうことか」と納得がいった。私はドキュメンタリー映画『飯舘村─放射能と帰村─』で、国の除染事業とゼネコンとの関係について触れた。飯舘村村民からの「除染はゼネコンの金もうけ」という声、原子力研究者からの「効果のない除染事業を巡って、利益共同体つまり『除染ムラ』ができている」との指摘を映画の中で紹介しているが、それを立証する証拠を私は示し切れなかった。しかし、このような文書を見せられると、彼らの声が決して根拠のない邪推ではなかったと確信するのだ。
 だがこれほど重要なニュースを、その直前のNHK「ニュースウオッチ9」での「党首討論会」ニュースの中ではまったく触れなかった。まあ、与党・自民党を刺激しない、むしろ「ちょうちん持ちニュース」を番組の基本姿勢とする大越「ニュースウオッチ9」なら、当然と言えば当然だろうが。だが驚いたことに、翌朝の「朝日新聞」も「東京新聞」もこのやり取りにまったく触れていないのだ。なぜなのか。それが共産党という、彼らが「極左政党」とみなす小党の「売り込み宣伝」に過ぎないと判断したからだろうか。しかしこの事実は、私が知る限り、これまで新聞でもテレビ報道でも伝えていないスクープのはずだ。たとえ「後追い」でも、これは「原子力産業の復興のための政府と業界の癒着」を示す、いま伝えるべき、重要なニュースではないのか。それを大半のメディアは「ふん、そんなことは、すでに知ってることさ」とせせら笑い、黙視しようとしているのか。

 もう1つ、「報道ステーション」の党首討論ニュースの中で痛快だったのが、安倍首相に対する会場の記者による歴史認識に関するやり取りだった。
記者が質問した。
 「安倍さんに歴史認識問題をずばり聞きたい。第二次世界大戦で日本が朝鮮半島を植民地支配したのかどうか、中国大陸を侵略したのかどうか、政治家の言葉として定義していただけませんか」
 それに対して安倍首相はこう答えたのだ。
 「それは歴史家に任せていくべきだろうと思います。総理大臣の私が『歴史はこうなんだ』という態度は謙虚ではない。歴史に対しては政治に関わる者は、謙虚でなければならないと思います」
 それに記者は質問を畳みかけた。
 「お言葉だが、歴史家に任せるべきは歴史の事実のディテールであって、歴史の総合的判断はまさに歴史家がすべきだと思う。過去の例に見ても中曽根さんは判断してきたし、小泉さんも判断してきた。でも安倍さんは判断を示さない。それはある意味では自信のなさのあらわれか、それとも別のことがあるのか」
 すると安倍首相は間髪いれず、自信たっぷりに「中曽根総理はそういう判断を総理大臣としてはされていませんよ」と反論した。
 記者も負けてはいない。
 (記者)「侵略と植民地支配という判断をされています」
 (安倍)「いや、されていませんよ。総理大臣としての答弁としてはそれはされていないと思います」
 (記者)「総理の時にされています。水掛け論になりますけど」

 その直後、「報道ステーション」は1985年の衆議院予算委員会での資料映像を映し出した。
 (東中光雄・議員の質問)「太平洋戦争、そして15年戦争、あれは侵略戦争であったとはっきり考えているのか」
 (中曽根首相)「私はいわゆる太平洋戦争、大東亜戦争とも言っていますが、これはやるべからざる戦争であり、間違った戦争である。そういうことを申しております。中国に対しては侵略の事実もあったということも言っております。これは変わっていません」

 私は思わず、拍手をしてしまった。こういう質問で首相に食い下がった記者と、それをきちんと報じた「報道ステーション」に対してだ。これぞ、ジャーナリズムである。
 もちろん、大越「ニュースウオッチ9」は、安倍首相や政府に都合の悪いこのやり取りを無視した。それは当然としても、「朝日新聞」、「東京新聞」までもが一言も触れないのだ。このやり取りは、安倍晋三という人物の“政治家”としても資質はもちろん、“人間”としての資質をも象徴的にあぶり出した痛快で、しかも重大なニュースにも関わらず、だ。他の多くのメディアがこういう状況だからこそ、それをきちんと報じる「報道ステーション」の凄さが際立つのである。

映画『飯舘村 放射能と帰村』
『飯舘村 ─放射能と帰村─』公式サイト

異国に生きる
『異国に生きる』公式サイト

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