2014年8月9日(土)
(写真:砲撃されたパイオニア社の社屋)
ガザ地区最大の商社「パイオニア社」も、同じベイトハヌーン工業地帯に本社がある。貿易部門と食品加工の生産部門をもち、ガザ中部のハンユニス市などガザ地区各地に支店をもつ。
パイオニア社は、扇風機や電気ヒーター、ランプなどを中国から、米をタイから輸入しガザ全域で販売する一方、トマトやそら豆のペースト、ホモス(パレスチナの代表的な食べ物の一つ、ヒヨコマメをペースト状にしたもの)などの缶詰を加工・製造している。とりわけ缶詰はガザ全体で消費される同種の缶詰の20〜30%のシェアを持つ。
しかし私が8月7日にこのパイオニア社の本社を訪ねたとき、2階と4階はイスラエル軍の戦車の砲撃を受け、完全に焼失していた。床には何万という電球や蛍光灯が一部が火事の高熱で溶け曲がり散乱し、原型を留めない扇風機や電気暖房器具が黒こげになって山積みになっていた。攻撃を受ける前までは、4階建てのビルの2階から上の階には中国から輸入したランプや扇風機、電気暖房器具が天井まで山積みされていたという。
(写真:焼けた扇風機と電球)
「パイオニア」社の幹部ワリード・ハムダン・ハマダ (32)によれば、この建物が戦車の砲撃を受け、火災を起こしたのは、イスラエル軍が地上侵攻した7月18日だった。父親である社長はただちに赤十字国際委員会に対してイスラエル軍が会社のビルに砲撃するのを中止するように求めたが、何の効果もなかった。ガザの消防隊に消化を依頼したが危険で近づけず、結局、燃え尽きて自然消化するまで待つしかなかった。
「被害額は建物と焼失した商品などを合わせて500万ドル(5億円)にはなります。焼けたビルを再建するだけでも少なくとも1年以上はかかるでしょう」とワリードは言う。
「なぜこの会社が標的になったのか」と私はワリードに訊いた。彼は2つの理由が考えられると言う。
「一つは、ここで扱う商品は中国やタイ、ブラジルから輸入していて、イスラエルからはまったく輸入していないため、それに対する嫌がらせではないかと思います」
このパイオニア社がどこから、何を輸入しているかという情報は、イスラエル側は全部つかんでいる。輸入品は全てイスラエル南部のアシュドット港から陸揚げされ、イスラエルとガザとの検問所を通してガザに搬入されるからだ。
「もう一つの理由は、ガザの経済に打撃を与え、破壊しようとしているからです。ごらんのようにパイオニアはガザ最大の企業の一つです。ガザ地域全体に缶詰など加工食品や中国などから輸入した電気製品を供給してきました。ここビルに保管されていた電気製品と食料は商品で、ガザでの消費分の1年分はまかなえました。イスラエルはここを攻撃することでガザの経済に深刻な打撃と損失を与えようとしたんだと思います」
(写真:中国から輸入した電球を手にするワリード・ハムダン・ハマダ)
「ガザ経済に打撃を与え、破壊しようとしている」という言葉を、2009年のイスラエル軍の地上侵攻後の取材の中でも聞いた。当時、ガザ地区のUNDP(国連開発計画)代表で経済専門家でもあるハーレド・アブドゥルシャーフィは、イスラエルのガザ攻撃の目的を同じように「イスラエルの目的は、ガザ経済を破壊することにあった」と明言した。当時、イスラエル軍はガザ地区東部の工業地区にあった200を超える工場を、「休戦」で地上軍が撤退する直前の24時間にうちに破壊した。ハーレドは、それはまったく「ハマスへの攻撃」とは関係のない破壊だったというのだ。私自身、ガザ地区最大のコンクリート製造会社が徹底的に砲爆撃で破壊された跡、中国から輸入された陶器の便器や洗面台を大量に保管していた倉庫が爆撃で破壊された跡、また家畜農場で数百頭の牛や羊が殺された現場を取材した。案内してくれた持ち主たちに、「なぜここが狙われたのか」という疑問をぶつけると、「まったくわからない。ハマスとはまったく関係もないのに」という答えが返ってくるばかりだった。
そして今回の地上侵攻でも、また工業地区が狙われた。前回のコラムで紹介したパイプ製造会社のように、2009年ガザ攻撃による破壊からやっと立ち直ったばかりの会社や工場が、また破壊された。
「ロケット弾攻撃を止めないハマスを徹底的にたたき、イスラエル国民の安全を確保するため」というのがイスラエルのガザ攻撃の大義名分だが、現場でその被害の実態を取材すると、イスラエルには他にも重大な目的があるように思えてならない。
それは前回のコラムですでに書いたように、ガザ経済と生活基盤を破壊し住民の生活環境や経済状態をさらに悪化させること、住民を「生活を維持することで精一杯」の状況に追い込み、イスラエルの占領に対抗する余裕も気力も奪うことと同時に、この現状を生み出したハマス当局への住民への反発を増幅することである。つまりガザ住民全体に対する“集団懲罰”によってハマスを内部から潰そうという狙いであるのではないか。
しかしイスラエルは同じ政策で過去に大失敗した苦い経験を思い出すべきだろう。2000年前後、イスラエル国内外で多発したハマスなどによるバス爆破など「テロ」を抑え込むため、イスラエルはガザの封鎖を強化し、これまで大半がイスラエルへの出稼ぎ労働に頼って生活してきたガザ住民にイスラエル入国を禁じた。その封鎖で失業し生活苦に陥った住民たちが、その原因を作ったハマスに怒りを向け、ハマスは大衆の支持を失っていくとイスラエルは考えたのだろう。しかし結果は、皮肉にもイスラエルの狙う方向とは逆に向かうことになった。住民の怒りはハマスにではなく、封鎖で生活を苦しめるイスラエルへ向かったのである。そのイスラエルに武装闘争を続けるハマスへの支持は、封鎖によってむしろ大きくなっていった。もちろん、ハマスの慈善組織が生活困窮した住民に対して、手厚い援助の手を差し伸べたことも支持拡大の大きな要因となったが。
そしてハマスを潰すための封鎖政策は結局、2006年の総選挙でハマスが大勝するというイスラエルが最も恐れていた結果を生み出すことになった。
イスラエルは、ガザ住民への“集団懲罰”がどういう結果をもたらすか、過去の苦い経験からもういい加減“学習”すべきなのに、また今回のガザ攻撃でも同じ轍を踏んでいるように思えてならない。
今回の攻撃でも、ガザ住民全体を砲爆撃の対象とする一方、ガザ経済・社会・生活基盤を破壊しガザ住民を“集団懲罰”することで、民衆のハマスへの怒りを増幅しハマスを内部から崩壊させようと考えるのかもしれない。しかし現実はイスラエルが願う方向へは向かっていかないような気がする。それは現場で民衆の反応を肌で感じて実感することだ。
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