ラジ・スラーニ氏来日・報告

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2014年11月12日

ガザの人権活動家ラジ・スラーニ氏が来日し、東京大学での講演からちょうど1ヵ月になります。ラジ来日のために支援・協力してくださった方々に、もっと早くご報告とお礼を申し上げなければならなかったのですが、その直後から来日の会計処理、支援団体への報告書作りなどの他に、NHK・ETV特集「ガザからの報告 〜パレスチナ・イスラエル紛争〜」の番組制作、この時期にどうしても済まさなければならない福島取材など、さまざまな用件が重なり、この間落ち着いて振り返る時間もなく、ラジ離日から20日も過ぎたこの時期になってしまいました。

来日までの経緯

10月8日に来日し20日離日するまでの13日間、いや「土井敏邦　パレスチナ記録の会」の主要メンバーたちと、ドキュメンタリー映画『ガザに生きる』（5部作）完成を機に7月ラジ招聘を決断した昨年12月下旬以来、私にとってまさに怒涛のような日々でした。1月中旬、長沢栄治・東大教授、臼杵陽・日本女子大学教授に協力をお願いし「ラジ・スラーニ来日実行委員会」を立ち上げ、正式に招聘の準備に取り掛かりました。来日スケジュールの作成、訪問先の個人や団体への協力要請、支援要請のチラシ作り、航空チケットの手配……。これまで2回のラジ招聘はNGO団体が主催で、私自身は事務的な手続きに関わることはなかったのですが、今回、それらすべてを私自身が手配しなければならず、慣れない事務作業に悪戦苦闘する日々でした。

それまで順調に進んでいたラジ招聘計画は6月下旬、大きな壁にぶつかります。1月以来続いた、ガザ地区とエジプトとの国境ラファ検問所の封鎖です。このエジプト政府による封鎖のため、ラジは5月までにすでに20を超える海外での講演や会議の出席をキャンセルせざるをえない事態に追い込まれていました。5月末のエジプト大統領選挙後は開放されるはずという期待も裏切られ、来日のためのガザ出国も絶望的になった6月中旬、ラジと私は7月来日の予定延期を決断しました。しかしそれは私には簡単なことではありませんでした。来日延期の広報、スケジュールの再調整、広報チラシの修正と再度の印刷・郵送、航空チケットの再発行など、また事務手続きに忙殺されることになりました。

そんな中、勃発したのが7月、イスラエルによるガザ攻撃でした。ラジの7月来日が延期になったことは結果的にはよかったと私は思います。もし予定通り来日していたら、ラジは国境が封鎖されたガザにはすぐには戻れず、遠く離れた日本で気が気ではなかったはずです。

私もガザ住民の犠牲者、負傷者が日々、急増していく現状に居ても立ってもいられず、7月下旬、パレスチナへ向かいました。2009年以来、私はイスラエル政府からプレスカードの発給を拒否され、イスラエル側からガザへ入ることができなかったのですが、今回は5年ぶりにそのプレスカードが取得でき、7月31日、ガザに入り、1ヵ月に渡りガザ攻撃を現地で取材することができました。その間、ラジが代表をつとめるパレスチナ人権センターが私の取材拠点となり、私のガザ滞在と現地取材にラジ自身とセンターのスタッフたちが全面的に協力・支援してくれました。一方、私も現地で撮影したすべの映像コピーをパレスチナ人権センターに寄贈し、ガザ攻撃の記録として活用してもらうことにしました。

帰国した9月初旬から、私は10月ラジ来日の最終的な準備にかかりました。日本側の準備は整ったのですが、私の不安として最後まで残っていたのは、ラジのガザ出国の問題でした。

9月下旬になっても、ラジはガザ地区を出られず、「どうしても出席しなければ」と言っていたブリュッセル（ベルギー）でのガザ攻撃に関する国際民衆法廷（ラッセル法廷・緊急「ガザ特別セッション」／9月24〜25日）も欠席せざるをえない事態になりました。「7月来日延期の再来か」という不安にかられていた矢先、ラジから「10日間、ハマス政府やエジプト政府との交渉でやっと検問所を通過できそうだ。今日、カイロへ向かう」というスカイプで連絡が入ったのは9月25日でした。

しかしその後、来日までは過程は、平坦ではありませんでした。ラジは日本ビザ取得直前に2日間の予定でガザ攻撃に関する国際会議に出席するためにベイルートに向かいました。ビザ取得のための締め切り日である28日の早朝にカイロに戻り、日本大使館にビザ申請をする予定だったのですが、エジプト側がラジの再入国を拒否し、そのベイルートから出られなくなってしまったのです。ベイルートのラジからメールでその報告を受けたとき、私は「もう予定通りの来日は無理だ」と、絶望しました。ここまで準備し、もうラジ来日を待つだけになっていた矢先の緊急事態にどう対応すべきか、私はパニック状態に陥ってしまいました。「ラジの来訪のために動いてくれている東京、福島、京都、広島の関係者たちにどう説明すればいいのか」「予定していた講演会はどうするのか」、とりわけ10月11〜12日の東京大学での「ラジ・スラーニ講演会」は、すでにインターネットやチラシなど広く広報しているため、今さらキャンセルもできない。本人のいない講演会をどう切り抜ければいいのか。思いついたのは、今回のガザ攻撃について現地ガザで私がラジにインタビューした映像を流すことで講演の代替にすることでした。後は私がガザで撮影した映像や私の現地報告などで埋めるしかないと腹をくくりました。一方、ラジ来日のために支援をしてくださった全国の多くの方々一人ひとりに事情を説明し、いただいたカンパを返金する時間と手間を想うと、気が遠くなりそうでした。

そんな時、奇蹟が起きました。

（写真：
1ヵ月半ぶりに成田空港でラジと再会）

ラジは自分が持つ世界中の広い人脈を最大限活用し、エジプト政府に必死に呼びかけた結果、翌日やっとカイロに戻れることになったのです。さらにカイロの日本大使館のご配慮のおかげで、ラジは日本ビザ取得に成功しました。

そういう紆余曲折を経て、やっと実現したラジ来日でした。

13日間のラジの行程は以下の通りです。

ラジ・スラーニ氏来日・日程表
2014年10月8日〜10月20日

ラジ・スラーニ氏来日の反応

　今回のラジ日本招聘の目的の１つは、福島訪問でした。「原発事故という“人災”で“故郷”“土地”を追われた福島の人びとを、同じく“人災”で“故郷”を失ったパレスチナ人が訪ね、“パレスチナ”と“フクシマ”との接点を探る」という狙いでした。
　ラジは福島県飯舘村を訪ねました。住民が長年戻れない「帰還困難地区」となった長泥築では、人が住めなくなった築10年足らずの立派な家や、使えず放置されままの石材工場を目の当たりにしてラジは衝撃で言葉を失いました。その彼が飯舘村の避難民たちに真っ先に問いかけたのは、「なぜ加害者が特定されず、処罰されないのか」という疑問と怒りでした。
　それは、その後訪ねた広島でもラジが被爆者に投げかけた問いでもありました。
　平和公園の慰霊碑に刻まれた「安らかに眠って下さい 過ちは 繰返しませぬから」という碑文に、ラジは憤然とした表情で、「被害者がなぜ謝罪しなければならないのか。なぜ加害者であるアメリカの責任を問わないのか」と案内した被曝者たちに問うたのです。それはイスラエルの占領や攻撃にパレスチナ人が武力で抵抗することを「テロ」と非難する国際社会に、「私たちパレスチナ人は、被害をただ忍受するだけの“いい犠牲者”にはならない」と反論するラジの譲れない信念・思想と重なる主張でした。

　ラジの東京を始め、各地での講演の内容や福島、広島など現地視察の様子、その避難民や被爆者たちとの対話については、近い将来、私自身がドキュメンタリー映像としてまとめる予定です。

　最後に、東京、京都、広島でのラジの講演と私のドキュメンタリー映像の上映への参加者の方々の感想の一部を紹介します。

＜東京大学／10月11〜12日＞

• 困難を超えて長旅をして日本に来られたラジ・スラーニ氏の抑制的だが力強く熱い言葉からなる講演は、いかにパレスチナで人権が奪われているか、人間が人間として当たり前に生き、生活する権利が不当に奪われているか、それはより酷い状況になっているのに、世界の国々、人びとは無関心であるのか……改めて認識させてくれ、また、心に響いた。土井氏の最新のガザ被害報告は、人間の被害、インフラの破壊、住居の破壊、など多角的な取材でよかった。
• ラジさんの講演は、心がこもっていて、まるで国連総会に出席しているようでした。
• 「知らなかった、気づかなかった、では済まされないことが起きている」「パレスチナ人＝テロリストという認識がされ、被害者として生きる権利を与えられていない」という言葉が印象に残った。ガザ攻撃の映像報告では、何から何まで人びとの生活が壊されていることがよくわかった。ラジ・スラーニ氏の話が加わることで今のガザを理解するよい機会となった。
• 二日間にわたって、パレスチナが歩んできた道、そのいろいろな時期を生きてきた人びとの想い、それに対する考察などを映像と解説と、まさにその苦難の歴史を生き抜き、最前線でパレスチナ人の権利を訴え続けてきたラジ氏の講演という、とても贅沢な企画であったと思う。どんな本を読むよりも、ニュースを見るよりも、現実を写した映像と現地のさまざまな人の声ほど真実であることはない。
• ラジ・スラーニ氏の情熱的な語りには圧倒される思いでした。
• 7時間は長かった。パレスチナ問題はなかなか一般人には理解できない。今回で知らないことがずいぶんわかった。他の人にはできない素晴らしい仕事だと思うが、一般人にはレベルが高い。トークを交えて３時間くらいにまとめてもらえるとありがたいです。
• 二日間、とても濃い時間でした。このような時間を学びというのだ……と再確認。土井氏の記録映画を使って、ラジ氏の話を聴くと言うすごく贅沢な学びの時間でした。どういう立ち位置で記録を撮るか、ということ、とても大事なことだと思いました。

＜京都大学／10月13日＞

• 日頃からイスラエル、パレスチナの問題には大いに憂慮していて、どうすれば解決の方向へ向かえるのか大きな関心を持っています。今日のラジさんのお話は、当然のようにＴＶ、新聞、他の日本のメディアで知るような一方的、且つ浅薄な情報ではなく、私が日頃から知りたいと思っていた、この難題の本質的な真実を聴くことが出来た、大変貴重な機会となりました。少なくとも今後の私のこの問題に対する見方は大きくパレスチナの人々の苦しみに共感するものとなった様に感じています。私たち日本人に一体どんな支援が可能なのか？今後も引き続き注視していきたいと思います。ラジさんの勇気ある言動に心から感謝致します。主催してくださった皆さんにも感謝です。
• 以前の中村哲さんの講演会を思い出しました。アフガニスタンの人々が望んでいるのは決して多くない。「1日3食食べることと、家族が一緒に暮らすこと」。ガザの人々も決して多くは望んでいない。人間として当たり前のことを望んでいるだけですね。ラジ・スラーニさんが「日本にいいイメージを持っている」と言われた時はギクッとしました。残念ながら、日本はいい方向には向いていません。残念ですが……。
• ラジさんのお話をきけて本当によかったです。生の声をきくことはとても大切で、テレビで報道されていることはすごく片寄っているように思います。これ以上の犠牲者を増やしたくはないですが、彼らの尊厳が、人としての誇りがもどらない限り、彼らは抵抗をつづけていくのだと思います。彼らの抵抗が本当の意味でおれるよう、この「民族浄化」に目をつぶる側ではなく、この犯罪を国際社会にうったえていく必要があると思いました。何ができるか模索していきます。
• 「真実を知る」ということは、ニュースなどでは程遠く（どこの国でも、どの件でも同じだが）、このことに改めて目を開かされました。生の声と、その深い心からの想いと言葉は強く入ってきました。改めて、世界の市民の一人として、生きたいと思いました。パレスチナ、ガザ、注目していきます。

＜広島大学／10月15日＞

• メッセージ性がすごく強く、ガザを通して、平和について考える契機、と言っても広島にいる身として平和学習とはちがい、被害者の尊厳、敗者が完全に悪と考えられてしまう現実への疑いを持つことになった。（大学2年生・男性・20歳）
• 非常に素晴らしい機会に参加することができて本当に感謝しております。自分とは正直離れている地域の話でありますが、今まさにこのような残酷でいい加減な殺戮や戦争・破壊が行われていることに、呆然としてしまいました。市民が、何もしていない市民が、生活に必要な全てを奪われて、戦争が終わった後も苦しめられる状況にあること、もしも自分たちが同じ立場であったら、この状況に理解できないと思います。“抵抗する権利がある”“あきらめてはいけないこと”“不当な犯罪に私たちは声をあげ続けなければならないこと”がいつか私たち（パレスチナ）に勝利の日をもたらすということを、深く心にとめておきたい、また発信していきたと感じました。本当に、他人事ではないです。（大学1年生・女性・19歳）
• これまでボンヤリとしか分かっていなかったガザ地区の惨劇を理解することができた。自分がこうして勉学に励んでいる間にも、地球のある場所で自分たちの考えられないような貧困や非人道的行為が行われているということを知り、すごく複雑な気持ちになった。現在ガザの人々が置かれている状況、人間以下の生活を強いられる日々の中で苦しむ人々、またその現状を変えようとする人々がいることを知り、平等や平和は改めて重要で不可欠だということを認識した。（高校生・男性・16歳）
• 被爆者の方のための医療費を日本人が日本の税金を使って出すのは、交通事故で遺族の家族が被害治療費を全て出すようなものではないかと思ってきたが、今日のお話を聞いて、なぜ加害者のアメリカが払わなくてよいのかとあらためて思った。戦争が済んだあとも生活の基盤が全て破壊されている中でどうやって暮らしていくのか、その困難さがよくわかった。裁判所に訴えてもほとんどとりあげてもらえないということを聞いて、日米地位協定のために日本人が米兵犯罪にあってもまともにとりあげてもらえないことを思い出した。（女性：49歳）
• 「日本は道徳的権威」であってほしい、という言葉をラジ・スラーニさんからの贈り物として大切にしたいと思う。（男性・49歳）
• ガザの本当の状況が分かり良かったです。どんなニュースを読んでも、イスラエルの攻撃、ガザの攻撃が続いているとの内容がほとんどで、市民がどのように被害を受けたかを、ビデオ映像を通し、ラジさんの話を通して知ることができ、とても勉強になりました。どう考えてもガザ、西岸のパレスチナ人は人権を侵害されており、イスラエルはそれを止めるべきである。ラジさんのコメントで、広島の人々が被害者が謝っている点について、とても考えさせられます。良き犠牲者になる必要はないと、この言葉がとても印象に残りました。ありがとうございました。パレスチナの人の人権が一刻も早く認められることを願い、共にたたかいたいと思います。（大学３年生・女性・21歳）
• 今回の戦闘の映像を見て、とても心が痛みました。8月初め、無期停戦の報を聞き安堵いたしましたが、今回のお話のように、ガザに平和が戻ったわけではないのですね。ライフライン・産業・生活・農業も工業も・・・ありとあらゆる毎日の生活が奪われたことになるのです。とかく遠くにいる我々は停戦と聞くと、あー、平和に戻れたんだと考えますが、それは全く勘違いでした。（女性・60代）

最後に

なお今回、大竹財団助成金と支援カンパで167万円4千円の収入があり、その中から経費を差し引いた75万円をパレスチナ人権センターへの支援金、およびラジ・スラーニ氏への謝礼として近日中にガザへ送金する予定です。

今回のラジ・スラーニ氏の来日の報告として、私が撮影した映像をできるだけ早く編集し公開できるように準備にかかるつもりです。

またNHK番組「こころの時代〜宗教・人生〜」（ディレクター・鎌倉英也氏）で、以下のように、ラジ・スラーニ氏と作家・徐京植氏と対談が放映される予定です。

＜放送日＞　2014年12月7日（日）　Eテレ　朝5:00-6:00（60分）
＜再放送＞　2014年12月13日（土）　Eテレ　昼13:00-14:00（60分）

＜タイトル＞　こころの時代〜宗教・人生〜
　ガザに「根」を張る／弁護士 ラジ・スラーニ（仮）
＜聞き手＞　作家・東京経済大学教授；☆京植

最後に、今回のラジ・スラーニ氏来日のために、金銭面で支援していただいた大竹財団や全国の多くの方々、ラジの現地視察や講演のために尽力くださった関係者の方々、「ラジ・スラーニ来日実行委員会」の方々、さらに講演会などで協力してくださった多くのボランティアの方々、そしてこのプロジェクトを支えてくれた「土井敏邦　パレスチナ記録の会」のメンバーたちに心からお礼を申し上げます。

ありがとうございました。

（2014年11月12日・記　土井敏邦）

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