2015年1月4日(日)
1月1日、我が家で購読している「朝日新聞」と「東京新聞」の1面の違いにびっくりした。「朝日」は「戦後70年企画」の第1弾として「鏡の中の日本 『装う』」というタイトルでパリを中心に活躍する日本人デザイナーたちを紹介している。この記事のメッセージは最後に出てくる高田賢三氏の「美しい服を着て、あるいは着た人を見て心が豊かになる。最終的に平和に貢献するのかな」という言葉や「MAKE FASHION NOT WAR(戦うな、着飾ろう)」という言葉に集約されるのだろうが、「東京新聞」の1面記事を目にすれば、「この危機的な時期に、そんな記事を1面、2面の大半を割いてやっている時か!」と叫びたくなる。
「東京新聞」の1面には「武器購入国に資金援助」「防衛省」「途上国向け制度検討」「低利貸し出しや贈与も」「軍事用途版ODAに」という見出しが並び、正月気分を吹き飛ばす。
リード文にはこう書かかれている。
「防衛省が、日本の防衛関連企業から武器を購入した開発途上国などを対象とした援助制度の創設を検討していることが分かった。武器購入資金を低金利で貸し出すほか、政府自ら武器を買い取り、相手国に贈与する案まで出ている」
日本は長年、「武器輸出三原則」で武器輸出を厳しく制限し、1976年、当時の三木内閣(自民党政権)では「(他の地域への)武器輸出は慎む」と明言した(当時の田中六助・通産大臣は「原則としてだめだということ」と答弁している)。
それが2年前の安倍政権の誕生によって一変し、「あれよ、あれよ」と言う間に、国家予算(つまり国民の税金)を使って、武器を製造する企業を支援し、 “人殺しの道具”を「援助」の名の下に他国にどんどん売って、または相手国が買えるように資金を貸して、国内の「死の商人たち」に金儲けをさせようというのだ。
昨年、「報道ステーション」でコメンテーターの古賀茂明氏が指摘していたような「日本は武器輸出のために、戦争が起こってもらわないと困る国になってしまうのでは」という懸念は、現実味を帯びてきた。
そんな安倍政権が国民の目をくらますために常套手段として決まって使う大義名分が「経済成長」。
そのやり方・構図は、「原発再稼動」「原発輸出」と類似している。あれだけの国土を荒廃・喪失させ、4年近く経つ今なお12万人を難民にし、その補償も十分しないまま、性懲りもなく、「経済成長のため」に「再稼動」「輸出」を推進するのだ。
そんな安倍・自民党に「圧勝」(実際は前回より2議席減らしているが)させてしまう国民。なぜなのか。小説家・評論家・随筆家の橋本治氏が「週プレNEWS(「週刊プレイボーイ」のニュースサイト)のインタビューの中で、おもしろい指摘をしている。
──じゃあ(地方で自民党に投票したお年寄りは)何を考えて投票を?
橋本 だから、何を考えて、じゃないのよ。この地域は自民を代々応援してきて、「みんなで入れましょう」って決まってるから入れたっていうだけの話。それ以外考えられないじゃん。そういう人たちに「政策の違いを見極めて投票しろ」なんて言ってもムダですよ。生命保険会社を決めるときのほうがよっぽど見極めようとするでしょ。
──……。
橋本 だって、そもそも今回の選挙って争点がないんだもん。争点ないのに、アベノミクスが唯一の争点であるように言ってさ。それって、本当の争点を隠してるようなもんでしょ?
──原発の再稼働、憲法改正、集団的自衛権……本来はいろいろあったはずですよね。
橋本 でも、そこで「集団的自衛権の行使はイエスかノーか?」「特定秘密保護法のどこが問題か?」なんて話を持ち出そうもんなら、普通の人はわかんないから、それを承知した上で、「今回はアベノミクス信任の選挙です」っていう嘘の争点をぶち上げたわけ。
──どうしてそんな状況に……。
橋本 それはもう、日本人が戦後70年きちんとものを考えることをしないで、じわじわとバカになってきたっていうことじゃないですか。そもそも日本人って、終戦まで政治や民主主義っていうものにまともに関わってないんです。
だから、いきなり戦後を迎えて「政治と関われ」って言われても困るんだけど、「わからない」っていうのを認めたくないから「わからない」の上に「わかってるつもり」を塗り重ねてぐちゃぐちゃになっちゃってる。それがさらにここ数年で加速度的に進んだっていうのはあるんじゃないですか。──そのキッカケというのは?
橋本 “お笑いブーム”の後に“おバカブーム”っていうのがやってきたときですね。まず“お笑いブーム”で「人はバカなほうが面白い」っていう土壌が作られて、それを見た素人が「じゃあ自分たちもバカでいいんだ」って勘違いした。その結果、バラエティ番組でおバカタレントがもてはやされて、日本人の中に「バカでもいいや」「バカでも萎縮する必要はない」っていう知能の空白状態が作り出されちゃったんだよね。
橋本治氏のいう「日本人が戦後70年きちんとものを考えることをしないで、じわじわとバカになってきた」という指摘、「お笑いブーム」や「おバカブーム」によって「日本人の中に『バカでもいいや』『バカでも萎縮する必要はない』っていう知能の空白状態が作り出されちゃった」という指摘は納得しかねる。「じわじわとバカになってきた」という指摘に、「じゃあ、70年前の敗戦直後、日本人は戦争の総括をきちんとして、反省し、きちんと“学習”したのか」と問い返したくなる。私はむしろ、当時、「日本はなぜ、どのようにしてあの戦争へと暴走してしまったのか」という反省・思考を日本人一人ひとりがしてこなかったこと、むしろ「自分は国、為政者たちによって戦争に駆り出された被害者」という被害者意識を持つことで、自分もその体制を支える一員であったことへの深い自省を放棄してしまったことが大きな要因ではないかと思う。
戦後の「知能の空白状態」が「お笑いブーム」とその後の「おバカブーム」に起因するというのもちょっと乱暴すぎる気がする。それは違う次元の話で、日本人が戦後も自国の歴史をきちんと自省し思考する習性を身につけてこなかったことにこそ「知能の空白状態」の要因があったのではないか。
戦後、日本人が「自国の歴史の自省」が十分できなかったのは、私たちが「自国の歴史」をきちんと教えられず、その情報や知識を十分に持ち得なかったためではないだろうか。大晦日のNHK紅白歌合戦の話題を独り占めしたサザンオールスターズの歌「ピースとハイライト」にあるように、「教科書は現代史をやる前に時間切れ/そこが一番大切なのに/何でそうなっちゃうの?」のような状況が、自国の加害歴史に無知で能天気で、被害者意識に凝り固まった日本人を生み出し、「知能の空白状態」の日本社会を生み出したのではないか。そんな日本人だからこそ「都合のいい大義名分(かいしゃく)で争いを仕掛けて/裸の王様が牛耳る世は 狂気(insane)」の状況を許してしまっている気がする。
そんな状態の悪化を食い止めるために、また「悲しい過去も愚かな行為も/人間(ひと)は何故忘れてしまう?」とサザンが歌う日本の現状を少しでも変えていくために、日本のジャーナリズムがいっそう過去の歴史を伝え続け、危険な現在の日本の政治・社会状況に警鐘を鳴らす役割を果たさなければならないはずである。
先の橋本治氏はインタビューの最後に「日本人って半分ゾウリムシみたいな生き物だから、とことん追いつめられると動くし、とことん追いつめられない限り動かない。今がそのときなんじゃないかと思いますがね」と語っている。しかし「とことん追いつめられない限り動かない」状態になってから動いても、もう手遅れなのだ。安倍政権は発足以来、急速に、そんな「もう手遅れの状態」に日本を誘導しているような気がしてならない。だからこそ、日本のジャーナリズムの一翼を担う「朝日新聞」は、政権側やそれに近い他のメディアから日本軍「慰安婦」問題などで叩かれたとしても、萎縮せず、この危険な暴走を食い止めるために踏ん張ばらなければならないはずだ。なのに元旦1面がこれでは……。
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