2015年4月1日(水)
(写真:報道ステーション2015年3月27日)
テレビのドラマやバラエティー番組はほとんど見ない私だが、ドキュメンタリー番組や報道番組はできる限り観るようにしている。ジャーナリスト・ドキュメンタリストという職業柄、情報源として不可欠だし、自分のドキュメンタリー番組や映画を制作のために、その視点や製作技術を学ぶためである。
報道番組の中でも、TBSの「報道特集」とテレビ朝日の「報道ステーション」は、予約録画して見逃さないようにしてきた。両番組がジャーナリズムの原点である“権力の監視と批判”の姿勢をきちんと死守していると思ってきたからである。
「報道ステーション」の“権力の監視と批判”の姿勢は、ほぼ同じ時間帯の「ニュースウォッチ9」とそのメインキャスターだった大越健介氏の“政権の代弁者”かと見紛うような報道姿勢と比較すると一層際立って見えた。そのことをこのコラムでも「『報道ステーション』と『ニュースウォッチ9』」(2012年7月28日)や「“カモフラージュ”のためのニュース」(2012年10月5日)の中で書いてきた(その大越氏さえ、先月3月に官邸の意向で“更迭”されたという報道に、一体NHKのニュース番組はどこまで「御用放送」に成り下がっていくのかと戦慄してしまう)。
「報道ステーション」が原発、沖縄、安全保障、憲法など今の日本にとって微妙で重大な問題に果敢に取り組み、安倍政権の強権政治に鋭く切り込んで批判する勇気ある報道姿勢に溜飲が下がる思いがしたのは私だけではないはずだ。テレビ局の番組スタッフたちの勇気と、キャスターの古館伊知郎氏の闘う姿勢と覇気に、私はジャーナリストの1人として畏敬の念さえを抱いてきた。
レギュラー・コメンテーターに朝日新聞論説委員の恵村順一郎(えむら じゅんいちろう)氏が抜擢された2012年春以降、番組はさらにぐんとおもしろくなった。恵村氏は、弱者や少数者たちの視点から、歯に衣着せぬ鋭く的確で、しかも理路整然とした冷静なコメントで、強者、権力に怯まず、きちんと意見し批評してきた。その恵村氏の解説に私はしばしば唸らされた。志を同じくする古館氏と恵村氏との絶妙のコンビネーションが、昨近の「報道ステーション」の高い視聴率の大きな要因の1つだったのではないかと私は思う。
しかしその「報道ステーション」と古館氏への私のイメージが今、大きく揺らいでいる。それは3月27日の番組中でのコメンテーター、古賀茂明氏の発言に対する古館氏の対応を目の当たりにしたからだ。
最後の出演となる古賀氏が番組の生放送中に、自分がこの番組を降板させられるのは安倍政権側からの圧力のためだと語った。それに対し、古館氏は慌てて反論した。
以下はその番組中のやり取りである。フェイスブックに掲載された全文書き起こしからの引用である。長くなるが、正確に伝えるためにそのまま引用する。
古賀:そうですね。ちょっと、そのお話する前に、あの私、今日が最後ということでですね、テレビ朝日の早河(洋)会長とか、古舘プロジェクトの佐藤(孝)会長のご意向でですね、私はこれがもう最後ということなんですが。これまで非常に多くの方から激励を受けまして。一方で、菅官房長官をはじめですね、官邸の皆さんにはものすごいバッシングを受けてきましたけれども。まあ、それを上回る皆さんの応援のおかげでですね、非常に楽しくやらせていただいたということで、心からお礼を申し上げたいなというふうに思います。本当にありがとうございました。(頭を下げる)
古館:古賀さん、あの、ちょっと待って下さい。
古賀:で、あと1時間…。
古舘:(話し続ける古賀氏を遮り)ちょっと待って下さい! 古賀さん!
古賀:はい、はい。
古舘:今のお話は、私としては承服できません。
古賀:はい。
古舘:あのー、古賀さんは金曜日に時折、出てくださって。大変、私も勉強させていただいてる流れのなかで。番組が4月から様相が変わっていくなかでも、古賀さんに機会があれば、企画が合うなら出ていただきたいと相変わらず思ってますし。
古賀:それは本当にありがたいことです。もし、本当であれば、本当にありがたいことだと思います。
古舘:古賀さんがこれで、すべて、何かテレビ側から降ろされたっていうことは、ちょっと古賀さん、それは違うと思いますよ?(古賀氏の顔を覗き込む)
古賀:いや、でも。私に古館さん、言われましたよね。私がこういうふうになるっていうことについて「自分は何もできなかった。本当に申し訳ない」と(頭を下げるポーズ)。
古舘:はい。もちろんそれは、この前お話したのは楽屋で。古賀さんにいろいろ教えていただいてるなかで、古賀さんの思うような意向にそって、流れができてないんであるとしたら、大変申し訳ないって、私は思ってる、今でも。
古賀:(首を横に振りつつ)私は全部録音させていただきましたので、もし、そういうふうに言われるんだったら、全部出させていただきますけれども(古舘氏を睨みつける)
古舘:いや、こちらもそれは出させていただくっていうことになっちゃいます、古賀さん。
古賀:いや、いいですよ?
古舘:だから、ちょっとじゃあ、それは置いて。
古賀:はい。〕
同じ番組の後半でも古賀氏と古館氏との生々しいやり取りが続いた。
古賀:多くの日本人と共通しているんじゃないかなと思うんですが、「原発輸出大国」じゃなくて「自然エネルギー大国」だと。あるいは「武器輸出大国」じゃなくて「平和大国」だと。「ギャンブル大国」なんかやめて「文化大国」だという、こういう国を目指してほしいなあというふうに思うんですよ。そうすると、安倍さんが目指しているような国と、そうじゃないという人たちのですね、間に相当ギャップがあるんじゃないかなということで、私はもう一度申し上げたいのはやっぱり「安倍さんとは、我々は考えかたが違うよ」と。それが「I am not ABE」ということで。前も申し上げたんですけれども、それはものすごい批判を受けました。今日もですね、さっき、ああいうやりとりがありましたけれども。やっぱり、われわれは「批判されたから言っちゃいけない」と、いうふうになっちゃいけないので。そういう意味ではですね、テレビ朝日では作っていただくのは非常に申し訳ないと思って、自分で作ってきました。「I am not ABE」というのをですね。(手元から「I am not ABEと印刷した紙を取り出す)
古賀:これはたんなる安倍批判じゃないんですよ。要するに日本人が、どういう生きかたをしようかということを考えるうえでの、ひとつの考えかたを申し上げたと。それはもちろん、批判をしていただいてもいいですし、そういうことをみんなで議論していただきたいなというふうに思ってましたんで。これはもちろん、官邸のほうからまたいろんな批判が来るかもしれませんけれども。あまり僕、陰で言わないでほしいなと思っているので。ぜひ、直接ですね、菅官房長官でもご覧になってると思いますから、どんどん文句を言って来ていただきたいなというふうに思います。
古舘:あのう、古賀さんのいろんなこういう、お考えっていうのは共鳴する部分も多々、あるんですが。一方で、ハッキリ申し上げておきたいなという一点はですね、マスコミの至らなさ、不甲斐なさももちろん、認めるところはありますが。たとえば、私が担当させていただいてる、この番組で言えば、この前も数日前に、川内原発に関する、地震動に対する、あの不安の指摘…
古賀:素晴らしい。
古舘:あるいは、3.11の4年目の際には、核のゴミが、まったく行き場がない問題点。
古賀:そうですよね。
古舘:それからあと、沖縄の辺野古の問題ですね。こういうところも、北部一帯でのああいうアメリカの海兵隊の思惑があるであろうと。
古賀:それは私、昨日ね、ツイートしたんですよ…。
古舘:(遮って)こういうこともやらせていただいてんですよ。
古賀:こんな立派なビデオね、作ってますよと。あそこのサイトに行って「特集」っていうところをクリックしてくださいと。並んでますよと。あれをぜひ見てくださいって言ったんですね。すごく反響もありました。あれを作ってた(報道ステーションの)プロデューサーが、今度、更迭されるというのも事実です。
古舘:更迭ではないと思いますよ?
古賀:(笑みを浮かべ)いやいや。
古舘:私、人事のこと分かりませんが、人事異動、更迭…これやめましょう? 古賀さん。
古賀:それやめましょう、それやめましょう。
古舘:これ、見てるかた、よくわからなくなってくるから。
古賀:いや、だから僕はそんなこと言いたくないので。これを(新たなフリップを取り出す)。今、安倍政権の中でですね、どんな動きが進んでいるのかなと。
古舘:ごめんなさい。ちょっとごめんなさい、時間が…ちょっと。
古賀:だから、そういうこと言わないで欲しかったんですよね、もう。
古舘:いやだから、ちょっとこれはもう…。
古賀:ただ、言わせていただければ、最後に。これをですね、ぜひ(マハトマ・ガンジーの言葉を記したフリップを取り出す)。これは古館さんにお贈りしたいんですけど。マハトマ・ガンジーの言葉です。「あなたがすることのほとんどは無意味であるが、それでもしなくてはならない。そうしたことをするのは、世界を変えるためではなく、世界によって自分が変えられないようにするためである」と。つまり、圧力とか自粛に慣れていってですね「ひとりでやったってしょうがない、ただ叩かれるだけだ」ということで、やっていないと、知らないうちに自分が変わってしまって、本当に大きな問題が起きているのに、気が付かないということがあるんですよと。これは私も、すごく今自分に言い聞かせていつも、生きているんですけれども。これは、みんなが考えていただきたいことだな、というふうに思っています。いろいろね、ちょっと申し訳ない、口論みたいになっちゃって。申し訳ないんですけれども、私が言いたかったのは、みんながやっっぱり、言いたいことはそのまま言おうと。自然に言おうと。もちろん、違う意見のかたは違う意見をどんどん言っていただいていいし、古館さんだって、私の考えがおかしいと思えば、どんどん「おかしい」と言っていただいてまったく何の問題もないんですけれども。何か言ったことについて、いろいろ圧力をかけたり、官邸から電話をかけてなんだかんだと言ったりとかですね、そういうことはやめていただきたいなと。そういうふうに思っただけです。
そして番組の最後を古館氏はこう締めくくった。
今日、番組の中でですね、お隣の古賀さんとの私のトークの中で、ニュースとは直接関係のない話も出ました。もちろん、古賀さん自身のお考えというものは尊重をし続けるつもりでございますが、私としては一部、一部にですね、承服できない点もございました。とにかく、来週以降もですね、この番組は、そして私は、真剣に真摯にニュースに向き合っていきたいというふうに考えております。これに関しては一切、揺らがないつもりで、真剣に皆様方と向き合っていきたいと思います。(古賀氏の方を向いて)古賀さん、これだけは言わせていただきました。時間がなくて申し訳ありません。一方的に私がしゃべってしまいました。
その放送直後に起こったことを古賀氏がジャーナリスト・田中龍作氏のインタビューの中で、以下のように明らかにしている。
田中:番組が終わってテレビ朝日から外に出てくるまで大変長い時間がかかっていましたが。
古賀:つるし上げっていうか、帰してもらえなかった。まず、最初のCMの時、現場で一番偉い人(若林統括プロデューサー)が来て、「古賀さん、なんでそんな打ち合わせにないことを言うんですか?」って言うから、「打ち合わせにないことを言っちゃいけないんですか?」(と言い返した)。
紙に「打ち合わせにないことを話してはいけないと若林プロデューサーは言ったということでいいですね」と(書いて)聞いた。
途中で、「こういうことやめましょう」とか古館さんがワーワー言うわけです。「こんなことやってたって視聴者の方わかりませんよ」と(古館キャスターが)言うから、「いや分かる人とわかんない人がいる」(と古賀氏は言った)。
一番最後の為替とかやる前に、「古館さんちょっと」と篠塚報道局長がサブスタジオかなんかにスタッフを呼んで、「こういう事(『古賀さんのコメントには承服しかねます』を読め」と書いた紙を古館さんに渡した。(古館キャスターはそれを読んだ。)
田中:古館さんが番組最後に言った「古賀さんのコメントには承服しかねる」の一節が間違いなく局から出たなと思ったのは、翌日テレビ朝日が会社としてコメント出したが、あれとまったく一緒。
古賀:だから、彼は言わされてるわけなんです。彼のほうが弱いんですよ。普通は、あんな大看板のメインキャスターだったら相当ワガママを言える。僕を出すかどうかはたいした問題じゃなくて、テレ朝の最大の問題はプロデューサーを変えるということ、恵村さんというコメンテーター(朝日新聞編集委員)を変えること。去年からそういう動きがあって、1月の初めには全部決まってたんです。(にもかかかわらず)こないだの木曜日か金曜日まで隠してた。後ろめたいからですね。
裏では安倍政権からいろいろあるし、早河会長というのは安倍政権べったりですからね。佐藤会長は古館プロダクションを仕切っている人で、古館さんはほぼ言いなりになっている。
古館さんは前回(出演の時)楽屋で平謝りだったんですよ。要は、自分は何にもしませんでしたと。何を謝ったかというと、僕(古賀)を出さないことじゃなくて、「自分(古館)は言いなりになってる。局がやろうとしていることに一切異論を唱えなかった」と。
それは「議論して負けたんじゃない、彼はわざと知らないふりした」と言ったんですよ。プロデューサーを首にすることとか、恵村さんを変えるということとか局側に一言も(異論を)言わなかったんですよ。とにかく軍門に下ったんですね。
一番アタマに来たのは(古館さんが)「結構我々もいい番組やってるでしょう」と。あれはぜんぜん逆でいい番組を作っているのはプロデューサーなんです。
ビデオはプロデューサーが戦って戦って、いろんな横やりを全部蹴飛ばして(作った)。逆に古館さんはなんだかんだとケチつけて「こんなことはやりたくない」(と言う)。毎日トラブルですよ。
だから、4月に入っても(古館キャスターは)しばらく政府を批判したようなこと言いますよ。批判されるから。
報道ステーションの特集企画、村山談話、川内原発、沖縄とかすばらしい特集はプロデューサーが頑張ってやってる。だけど古館さんは村山談話の時なんかビビっちゃって。「やっぱり村山さんと反対意見の人もちゃんと呼んでやるべきでしたね」とか。
(古賀茂明氏、単独インタビュー -テレビ朝日編- からの引用)
私のこれまでの「古館伊知郎」像は、大きく揺れた。そしてそれがついに瓦解したのは、3月30日のこの問題に関する古館氏の発言と報道のやり方だった。
古館氏は番組の中でこう切り出した。
番組としては古賀さんがニュースと関係ないことでコメントをした。このことに関しては、残念だと思っています。テレビ朝日としてはその一点を防げなかったことを、テレビをご覧の皆さんに重ねてお詫びをしなくてはいけないと考えています。
そしてその直後、菅官房長官の記者会見の次のような内容をそのまま放映した。
菅官房長官:私も番組は見ておりませんでした。しかしですね、その後で指摘をされてですね、YouTube等で見ましたけれども、全く事実無根であってですね、言論の自由、表現の自由は、これは極めて大事だと思っておりますけれども、事実に全く反するコメントをですね、まさに公共の電波を使った報道として、極めて不適切だという風に思っております。
記者:全く事実に反するということで、長官の方から何か措置というか反論というか……
菅官房長官:それは放送法という法律がありますので、まずテレビ局がどのような対応をされるかということをしばらく見守っていきたいというふうに思います。
最後の言葉は、「テレビ朝日側の対応次第によっては、『放送法違反』で放送免許を取り消すよ」という恐喝のようにも聞こえる。
その菅官房長官のコメントのVTRで、番組のこのコーナーは終わった。その菅氏のコメントに古館氏は全く発言しなかった。視聴者には、「これは古賀氏の発言に対する政府の見解であると同時に、テレビ朝日、また『報道ステーション』という番組、そして古館氏自身の見解なのだ」というメッセージとして伝わったはずだ。
私はその終わり方に、衝撃を受けたのだ。「古館伊知郎氏は、『報道ステーション』という人気番組を守るため、またそのメインキャスターとしての自分の地位を守るために、結局、政権の軍門に下ったのか」という失望だった。
いや「権力と果敢に闘うキャスター」という私がずっと持ち続けてきた古館氏に対するイメージそのものが、実像とは乖離していたのかもしれない。番組の内情を暴露した古賀氏の言葉を読んで、そういう疑問さえ起こった。古賀氏は、「報道ステーション」で果敢な番組を次々と報道できたのは、今回“更迭”される女性プロデューサーが外から猛烈な圧力と戦ってきた結果であり、古館氏はビビッて、むしろそれを抑える言動をしていたというのである。
それでも、私は古館氏の「権力に果敢に立ち向う」報道姿勢は、単なる「演技」ではないと信じたい。古館氏は古館氏なりに、十数パーセントという高視聴率、つまり1000万人を超える国民が観る報道番組のメインキャスターという恵まれた立場を最大限に利用して、さまざまな制限の中で、できうる精一杯の闘いをしてきたと信じたい。政権によって、その意を受けた放送局の幹部たちの圧力によって、この番組が潰されないように、この大きな影響力を持つ番組の中で発言する機会を守り抜くために、不本意ながら妥協せざるをえないところは妥協もし、自分の本意や感情を抑えながら、必死に闘っていたのだと思いたい。
「古館伊知郎の本性を見たり!」と非難することは優しい。では、今の日本のマスメディア、テレビ報道番組のキャスターの中で、「報道特集」キャスターの金平茂紀氏など一部の例外を除いて、古館氏以上に政権とその強権政治に向かって堂々と批判できる報道人がいるのだろうか。
その一方で、今回の古館氏の言動を見て、今後の古館氏自身の言動と、「報道ステーション」の報道姿勢が萎縮し変節していってしまうのではないかという不安を覚える。それは番組の中で古賀氏がガンジーの言葉を借りて伝えようとしていたことに通じる。
私は、昔読んだ本の中に登場するこんな逸話を思い出した。
「大海で貨物船が嵐に巻き込まれ、沈没寸前に追い込まれる。このままでは船は転覆すると判断した船長は苦渋の決断をする。船いっぱい積んだ荷物をぎりぎりまで海に棄てることにしたのだ。船員たちはそれがどんな荷なのか判断する余裕もなく、無我夢中に手当たり次第、海に放棄した。それが功を奏して貨物船は沈没を免れた。翌日、天気が回復し船員たちはほっと胸をなでおろした。しかしその直後、自分たちが棄てた荷物は、生き延びるために不可欠な食料と水だったことを船員たちは知った」
「報道ステーション」という番組が生き延びるために必死になっている間に、多くの視聴者がこの番組を支持した“核”が消えてしまっていた──そういう最悪の事態が起きなければと願うばかりである。
「報道ステーション」での古賀氏の発言をめぐる今回の騒動で最も重要な点は、安倍政権の強権政治によって日本のジャーナリズムがどれほど危機的な状況に追い込まれているかを改めて明らかにし、日本社会に知らせたことだと私は思う。この件で古賀氏に「公共の電波を使った私見の顕示」「コメンテーターの役割の逸脱と暴走」「被害妄想」と激しい非難を浴びせる者も少なくない。しかし古賀氏自身も語っているように、私益のためなら、こんな「無謀で非常識な行動」は取らず、おとなしく降板していた方が他のメディアに登場する機会も失うこともなく、はるかに有利だった。このような発言をすることで、今後テレビ業界では仕事がなくなることを古賀氏は十分認識していたはずだ。私は、古賀氏の今回の言動を、現政権の強権政治によって今、日本のジャーナリズム、そして日本という国全体が危機的な状況に追い込まれているその現実を私たちの眼の前に突きつけるための、古賀氏の止むに止まれぬ、捨て身の行動だった、と見た。
それを私たちジャーナリストは、第三者的な“高い位置”から見下ろすように、そしてまるで他人事のように、古賀氏や古館氏の言動を「真相はこうだ、ああだ」「こっちが正しい、いやあっちだ」と批評してばかりでいいのか。問われているのは、「じゃあ、お前自身はジャーナリストとして、古賀氏が捨て身で伝えたこの現状を前にしてどう行動するのか」ということだろう。
「組織にも属さない、社会を動かすほどの影響力もない非力な一フリージャーナリストの自分は、この現状の中で何ができるのか、何をすべきなのか、どう闘っていけばいいのか」──今、私自身が問われている。
(写真:朝日新聞 2015年4月1日)
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