2015年12月29日(火)
「慰安婦問題 日韓合意」「国交50年 歴史的決断」。12月29日の朝刊に、そんな大文字が踊った。1990年代初頭から20数年、日韓関係の最大の懸案の1つとなっていた「慰安婦」問題を決着させることで両国外相が合意したというのだ。合意内容は、
という5点である。
これでほんとうに「慰安婦」問題は解決するのだろうか。
私は21年前の1994年12月、韓国「ナヌム(分かち合い)の家」で撮影した3人の元慰安婦ハルモニたちの議論を思い出す。それは日本の「アジア女性基金」が出す「償い金」についての議論だった。その「償い金」が民間からの募金だったため、被害女性たちの多くは「そんな“慰労金”ではなく、政府が謝罪し“賠償金”を支払うべきだ」と強く反発していた。
李容女(イ・ヨンニョ)「腹が立って もうたまらないよ。待っていて年を越しまた待っていて……。こうやって共同生活するのもみんな性格も違うから我慢するのも苦労だよ。これって何だよ、申告してもう4年になるのに。なぜ早く解決してくれないの。日本は大金持ちなのに。過ちを犯したら早く賠償するべきじゃないの」
姜徳景(カン・ドクキョン)「お金を出すのが嫌だというわけではないのよ。彼らは過去の事を歴史に残さないようにするためだよ。(名誉を傷つけず)きれいな国民でいたいわけさ」
金順徳(キム・スンドク)「自国に傷を残さないためにありったけの力を振り絞っているんだよ」
李「バカバカしい早く解決して、忘れた方がいいよ」
金「だから お金で『慰労金だ 慰労金だ』と言ってごまかすのよ。お金で解決したいけど自分の過去を傷つけたくないんだよ」
姜「『謝罪しろ』『真相究明しろ』それをしないじゃない。私たちがお金さえもらえば済むのならとっくに解決しているよ」
金「私たちは違うから。彼らはそんな大きな罪を犯したのに、それを残さず済ませようとしているが、私たちは韓国政府に真実をはっきりさせてほしいのよ。私たちはわずかな金だけで退きたくないんだから。なんとか自分なりに証を残したいのよ。同じだよ、両方が名誉をかけて張り合っているようなもんだよ」
姜「韓国の若い学生たちがこのままで済むかよ。歴史に記録されるし続々と本が出ているのに」
李「そうだけど個人的には賠償してもらって余生を楽な思いして死にたいよ」
金「14〜15歳の田舎娘が自分でそんな所へ行ったと思う? それなのに私たちが『慰労金』とかを少しでももらって済ませたら、結果的に私たちが後世からどう見られる? 売春婦にしかならないのよ。だからそうしたくないのよ」
(映画『“記憶”と生きる』より)
3人の議論にカメラを向けていた私ははっとした。「お金を出すのが嫌だというわけではなく、過去の事を歴史に残さないようし、(名誉を傷つけず)きれいな国民でいたい」という「慰安婦」問題への日本政府の本音を、被害女性たちは鋭く見抜いていたのである。
果たして今回の「合意」でも、姜徳景さんが「お金を出すのが嫌だというわけではない」と指摘した通り、日本政府は10億円の拠出を気前よく決めた。その代わり、「過去の事を歴史に残さないようにするため」「(名誉を傷つけず)きれいな国民でいたい」(姜)ために、また「自国に傷を残さないために」(金)のために、「問題の最終的かつ不可逆的に解決されること」つまり韓国側に「問題を蒸し返さない」こと、「国際社会で互いに非難・批判を控える」ことを約束させ、さらに安倍首相が「合意」直後の記者会見で、「私たちの子や孫に、謝罪し続ける宿命を背負わせるわけにはいかない。今回はその決意を実行に移すための合意だった」と明言した。
つまり、あのハルモニたちが指摘した「慰安婦」問題に対する日本政府の姿勢は、21年後の新たな「合意」でもほとんど変わってはいないことになる。
「でも、日本政府はちゃんと正式に謝罪しているではないか」という反論もあろう。しかし、日本政府が「旧日本軍の関与を認め、日本政府が責任を痛感」し「安倍晋三首相は元慰安婦の女性に心からのお詫びと反省を表明」したことも、すでに1993年の河野談話で表明されたことである。
あの河野談話のあと、日本社会は変わったか。その後も、相変わらず、日本の“加害歴史”を否定する政治家たち(安倍首相自身もその1人であったが)、一部メディアや論客たちによって、その「お詫びと反省」は有名無実化され、それが広く国民の中に浸透することはなかった。むしろ「慰安婦問題は存在しない」と主張する声が世論の大勢を占めているようにさえ見える。
河野談話と違って、今回の「合意」では「日本政府は責任を痛感している」という新しい記述で日本政府の誠意を伝えたという指摘もある。しかし、その「責任」とは日本政府にとって、橋本龍太郎元首相が「アジア女性基金」で元「慰安婦」に送った手紙の中ですでに言及した「道義的責任」のことであり、被害者たちが求めた「法的責任」ではない。「それは1965年の日韓条約で解決済み」という基本姿勢に変わりはないと日本政府自身が明言していることからも明らかだ。ただその問題で韓国の国民や被害女性たちの反発を避けるために、「道義的」という言葉を削除し曖昧にして誤魔化したに過ぎない。それを指摘し非難する声はすでに韓国の国民の中から起こっている。
今回の合意で私は、「民間からの募金であった『アジア女性基金』と違い、今回は政府が拠出する」こと以外に、安倍政権前の歴代政府の対応と大きな違いを見出すことができない。ただ、かつて「慰安婦」問題への日本軍の関与さえ認めようともしなかった安倍首相の決断だったからこそ、メディアは驚き、これほど大々的に報道するのだろう。
では、なぜあの安倍首相がこの「合意」に踏み切ったのか。その最大の要因は、アメリカの圧力だろうと私は思う。「対中国政策、対北朝鮮政策で日米韓の協力体制を強化しなければならない時期に、「慰安婦」問題でいつまで反目し合っているんだ!」というアメリカ側からの強い圧力に、両国は「合意」せざるをえなかったに違いない。『東京新聞』(12月29日版)も、アメリカ側の動きを「9月に中国で行われた軍事パレードへの朴氏の出席は『韓国の中国傾斜』への疑念を引き起こし、韓国が中国と接近し日本との距離が開けば中国に付け入る隙を与え、米国のアジア重視政策や安全保障に深刻な影響を及ぼしかねない。米国としてはこの合意を受け、連携の強化をさらに推進する」と書いている。
この「合意」で、私がいちばん気になったのは、「問題の最終的かつ不可逆的に解決されることを確認」という言葉、つまり「『慰安婦』問題を被害国は、もう蒸し返えさない」という約束。日本が韓国に日本大使館前の少女像を撤去するように求めたこと。そしてこの「合意」を受けた安倍首相の「私たちの子や孫に、謝罪し続ける宿命を背負わせるわけにはいかない。今回はその決意を実行に移すための合意だった」という発言だった。
私は、これらの言葉に政府側が、「これで『慰安婦』問題を終わらせ、日本人の記憶と歴史から消し去さろうとしているのではないか」という疑念を抱いてしまうのだ。
21年前のインタビューの中で、先の元「慰安婦」金順徳さんは、「日本側に何を望むのか」という私の問いに、こう答えた。
「私たちだって自尊心はあるし、自分の国にも誇りはあるのよ! なのに 日本側の欲だけ満たそうとして、自国の過ちを残さないためにそんなことをするの? 私たちだって人としての尊厳を取り戻したいの! すでに死んだ女性のためにもちゃんと記念碑を建てて、教科書にもきちんと書かせて、日本政府が自分の過ちをきちんと謝って、それから 隣国の私たちは日本、朝鮮と国籍は違っても、二度とこういう事を起こさずに仲良くしたいのよ」(映画『“記憶”と生きる』より)
金順徳さんたち被害者が求めたのは、日本政府の正式な謝罪と賠償金だけではなかった。私たち日本人がその記憶と歴史に、自身が“加害者”であった事実を次世代にも伝え残すことも、ハルモニたちは強く求めていたのである。
しかしそれは被害者から要求されるからではなく、日本自身のためにも不可欠なことであるはずだ。
ドイツ敗戦40周年にあたる1985年5月に行われた演説の中で、ヴァイツゼッカー大統領(当時)はこう語っている。
罪の有無、老幼を問わず、われわれは全員が過去を引き受けなければなりません。全員が過去からの帰結に関わり合っており、過去の責任を負わされているのであります。
問題は過去を克服することではありません。さようなことはできるわけはありません。後になって過去を変えたり、起こらなかったことにするわけにはまいりません。しかし過去に目を閉ざす者は結局のところ現在にも盲目となります。非人間的な行為を心に刻もうとしない者は、またそうした危険に陥りやすいのです。
私たちが「過去に目を閉ざ」し「現在にも盲目とな」り、「またそうした危険に陥」らないために、「慰安婦」問題に象徴されるような「非人間的な行為」、“負の歴史”を日本人は「心に刻」む必要があるのではないか。「私たちの子や孫に、謝罪し続ける宿命を背負わせるわけにはいかない」(安倍首相)という理由で、自国の“加害歴史”を伝え残すことを拒絶することは許されないのである。
【出版のお知らせ】
「“記憶”と生きる」 元「慰安婦」姜徳景の生涯
(大月書店)
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