Webコラム

ルポ「絶望の街─ガザ攻撃から15ヵ月後─」(2)

(2016年2月19日公開)


(写真:ガザ市シュジャイーヤ地区/2015年11月・土井撮影)

被害者たちの失望

 最も被害が大きかったガザ市シュジャイーヤ地区にあった家を完全に破壊されたオサマ・イブラヒム(仮名/31)は、2014年夏の停戦直後、全壊した家の前に建てたテントの中で、私にこう語っていた。
 「この停戦は勝利です。このように破壊されてもです。イスラエルとの境界の検問所を開放するというハマスなど抵抗組織の要求にイスラエルは従わされるからです」
 この戦争でパレスチナ側が払った犠牲と比べると、検問所の開放だけでは戦果は小さすぎないかと尋ねるとオサマはこう反論した。
 「封鎖解除は大きな戦果です。これで(人や物資が)自由に移動でき、仕事もできます。ガザの状況はよくなります」
 「この戦争で、ハマスの人気は上がります。他の戦果があるかないかに限らずです。この犠牲は私たちの尊厳を守るためです。それが守られなければ、生きる価値はありません。私たちは人間らしい生活を求めているんです。他の国の人たちのように、自由に国境を移動し、自由に物資を持ち込めるようにしたいんです」

 15ヵ月後、破壊されたオサマの家の跡地は整備され、新たな家が建設中であった。しかし彼の表情に明るさはなかった。
 「私たちはハマスに騙されました」とオサマは言った。「戦争が終われば、全てよくなると言われました。これは全て嘘でした。言っていたことは何も守られなかったんです」
 前回の戦争が始まったとき、このオサマに限らず多くのガザ住民が「これは尊厳を守るための戦争だ」と信じてハマスの戦争を支持した。しかしその期待は裏切られたとオサマは言うのだ。
 「戦争前はハマス政府は私たちの尊厳は高まると言っていたんです。戦争によって尊厳と名誉が回復されると。しかし私たちの尊厳は失われました。戦後、生活必需品が与えられるどころか、こちらがそれを求め哀願して回ることになってしまったんです。援助組織をたらい回しにされ、『あなたの名前は(被害家族の登録リストには)記載されていない』と追い払われ、たらい回しにされました。こんな状況が私たちを『乞食』へと変えてしまいました。ハマスは私たちを馬鹿にした。私たちを騙したんです」
 「誰に怒りを覚えますか?」と聞くと、オサマは逡巡することなく答えた。
 「政府に対する怒りです。こうなったのは政府のせいです。政府は住民のことを全く考えていません」
 「先の戦争は私たちに誇りや尊厳をもたらすはずでした。また被害を蒙った私たちが最低限の必需品を求めて政府に哀願して回るのではなく、きちんと援助してくれるものと信じていましたから。私たちが住む家を失い路上に放り出されたのは政府のせいです。政府は住民に家を提供して安全を保証しなければなりません。政府は私たちのところへやってきて、援助すべきなのです。しかし彼らはまったく支援しません」

 「あの戦争はガザ住民にとって何をもたらしたのだろうか」という問いにも、オサマは「何百万年もガザを後退させてしまった」と答えた。
 「政府はその戦争に責任があります。しかしハマスは住民の心配などせず、支援しようともしないんです。それどころか破壊された家を再建しようとすると、政府は建設許可証を求め、その代金や水道代などを要求してきたんです。壊された家の許可証はあるのに、新たなに建設許可証がなければ家の再建はできないのというのです。そのために合計1万シェケル(2500ドル)はかかります。
 自動車整備工の私は家を失ったこの15カ月間、金を稼ぐために路上にテントを張って仕事を続けてきました。かつての仕事場ガレージの補償をしてもらおうと、ガザ政府の経済省に申請に行ったら、役人が『君の家にはガレージなんかなかった』と言い張り、補償しようとはしませんでした」

 しかし今のガザでは、公に政府批判することは難しいとオサマは打ち明けた。
 「人前で発言できません。逮捕されます。公言すれば投獄されます。手足や首を切られる。政府の奴らに慈悲は全くないんです」。
 「ハマス政府は他の政府に変わってほしいと心底思います。よりよい人たちに来てほしいんです。しかし変えるのはとても難しいですよ。神の力でしかできない。困難です。敢えて彼らと対立し、追報しようとする者は誰もいません。選挙もない。この政府を追い出すことは不可能です」
 そんなオサマの望みは「ガザ脱出」だ。
 「今すぐにでもガザを出る用意はできています。いますぐにだって、何の躊躇もなく、ガザを出ます。後ろめたさにこの地を振り返ることもないでしょう。ガザに関わることすべてから手を洗って、この政府から逃れたいんです。たとえどんなに危険な旅であっても、今の生活よりましです。今のこれは私独りの意見ではありません。私のように考えているすべての住民を代表して話をしているんです」
 「もちろんパレスチナを愛しています。でも今のここでの生活は“生活”ではありません。ここを脱出して、状況がよくなれば戻ってきます」

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