Webコラム

日々の雑感 358:
演劇「挽歌」はなぜ心を揺さぶるのか

2017年1月8日(日)

ホームレス歌人

 昨年暮れ、福島第一原発のある大熊町出身者たちを描いた演劇「挽歌」(古川健・作/主演・高橋長英、安田成美)を観た。私はこの数年、大熊町や双葉町をはじめ原発で故郷を追われた福島の避難民たちを訪ね歩き、その証言を集めてきた。そして今、私は被災者の方々から何を聞き出し、その言葉をどうまとめ伝えるのかを暗中模索している。だからこの演劇が「大熊町出身者」をどう描き伝えるのか、私はどうしてもこの目で観て、今の行き詰まりから抜け出すヒントを得たかった。
 内容を簡単に紹介しておこう。  大熊町から夫と共に会津若松に避難してきた高山佳織(安田成美)は、同人4人の小さな短歌グループ「梨の花」(大熊町の町花)を主宰している。そこに1通の封書が届く。佳織が町の広報に載せた、短歌の投稿の呼びかけに応えたものだった。
「繁栄のあとは思わず束の間の酔い痴るる原発の町  町道の舗装は誰のお陰ぞと原発作業員酒に酔いて言ふ  原発がある故出稼ぎ無き町と誇りて吾ら町を失う」
「止めてくれ!」  仲間が読み上げる短歌に、同人の1人、かつて原発で働いていた工藤満(岡本篤)が叫んだ。 「そいつだって、散々東電に世話になったんだろう?大熊に生きるってそういうことだったじゃねえか。それなのに今になってそんな歌を作るのか?そりゃあおかしいだろう!」  会津に避難した後、職を転々としている工藤は酒とパチンコに明け暮れる日々を送る。再就職したばかりの仕事もまた辞めた。上司が工藤に言った。「よ、補償金で打つパチンコは楽しいだろう。いいよなぁ大熊、双葉の連中は」「いつ辞めてもらってもいいんだぜ。補償金で焼け太ってまったく結構な御身分だよな」。すると周囲の仕事仲間がゲラゲラ笑った。工藤はそれに我慢ができなった。  一方、佳織は送られてきたその歌に「こんなにグッとくる歌は初めて」「この歌には確かに『今』が詠まれている。本当は皆で考えなきゃいけないはずの大熊町の『今』が」と言う。そして佳織はその作者「ホームレス歌人」を探し始める。
 やがて工藤はその「ホームレス歌人」が、原発で働き始めた頃、現場責任者の「当直長」で、当時「雲の上の人」だった林四郎であることを突き止める。 「なぜ?」  逃げるように歩き去る林を見つめながら工藤は呆然となる。 「当直長」といえば、地元採用の職員の最終目標とする憧れの役職だった。そんな林がなぜ会津でホームレスになったのか。  林は、執拗に接近してくる佳織たちを疎んじ避け逃げ回った。しかし、佳織の熱意に根負けし、遂にホームレスになるまでの経緯と心情を訥々と語り出す。
 原発の現場責任者だった林は、震災の津波によって、唯一の家族だった妻を失った。 「どうして路上生活を始めたんですか?」と問う佳織に林はこう答える。 「一言で言うとな、恥ずかしかったんだ」 「何が恥ずかしかったんですか?」 「何もかもだよ。女房が死んだのに生きていることも、会津までのこのこ避難してきたことも。愚かにも原発を疑わずに生きてきたことも。その癖、補償金を貰って生き延びようとすることも」 「同じ立場の避難民も、こっちの人もみな優しくしてくれたよ。別に周りの人のことは関係ない。ただただ自分で自分が恥ずかしかった。そうすると、いてもたってもいられなくなった。それからすぐに俺は避難所を出て、路上生活をするようになった」 「じゃあ、補償金も受け取っていないんですか?」 「自分にその権利があるとはどうしても思えなかったよ」 「行政の支援を受けて補償金と年金があればすぐにでも路上生活からは脱出できますよ」と会津出身の「梨の花」同人で、市役所に委託されてこの地区の管理を任されている会社で働く中川良助(浅井信治)が言う。 「人の話を聞いているのか?支援はいらないし、金もほしくない。俺はこのままどこかでのたれ死ぬのを待っているんだ」 「でも・・・」 「ほっといてくれと言っているんだ。家族もいない、生まれ育った町は自分のせいで人の住めない街になった。もうどうでもいい、生きる価値のない命だ」 「あの事故はあなたのせいじゃないですよ。あなたが悪いなら大熊の人間はみんなが悪いってことです。なんでそんなに自分を責める必要があるんですか?」 「わからん奴らだなあ。それは自分で決めることなんだ。他の人間は関係ない」
 また林は、「大熊の梨、懐かしいですね。私達はそんな当たり前の風景すら奪われてしまったんですね」という佳織に、こう答える。 「奪われたんじゃない。そんな被害者づらをしてはいけなんだ」 「どういう意味ですか?」 「俺達は、自分らの愚かさの代償として大熊を失った。誰かのせいにしてはいけない」  佳織は反論する。「発電所の建設場所を選んだのは東電で、大熊の人が誘致したわけじゃないと聞きました」  それに林はこう応じるのだ。 「上の方でどんなやり取りがあったかは知らん。だが結局同じことだ。町民が皆喜んで原発を受け入れた。だが、それが愚かさの始まりだった」

個の加害性

 この「挽歌」の幕が下りた後、私はしばらく立ち上がれなかった。私自身の視野になかった「フクシマ」を突き付けられた衝撃だった。  私はこれまでの取材したフクシマで「林四郎」のように“個(個人)の加害性”を突き詰めていく人にほとんど出会ったことがなかった。存在するのかも知れないが、少なくとも私は出会う機会がほとんどなかった。「ほとんど」と書くのは、「あの人はそうだったのかもしれない」と思い当たる人物が1人、2人いるからだ。  取材した数十人の大半は自らの「被害性」を語った。そして彼らが「自らに被害をもたらした加害者」として名指しするのは「東京電力」、「国」、そして原子力産業に群がり 甘い汁をたらふく吸ってきた「原子力ムラ」だった。それは至極、当然のことであり、私の胸にもストンと落ちた。
 だから、この演劇「挽歌」がその主張を繰り返すだけだったら、また作者・古川が言わんとする結論が、会津で生まれ育った中川が劇中で言うように「震災前のことはともかく、あれだけの事故があったんだ。それを踏まえて考えれば、僕達はもう原子力発電という選択をしちゃいけなんだよ」「フクシマの僕らが、原発に追われた大熊の人たちが声を上げてこの(再稼働の)流れを変えなきゃいけないんじゃない?」ということだったら、私はこの「挽歌」にこれほどの衝撃を受けなかっただろう。それはすでに多くの「フクシマ」人や反原発を唱える人たちによって語られてきた、聞き慣れた“正論”からだ。
 しかし古川は、「現実のフクシマには存在しにくい、“個の加害性”に向き合い苦悶する人物」を登場させることによって、「フクシマ」を突き抜け越えた、もっと日本人に根源的なテーマを観る人に突き付けているように私には思える。それは「個人がその加害性に向き合い苦悶する」ほどに日本人、日本社会は“個”を確立させきれていないのではないかという問いかけである。つまり私たちは“個”自身の倫理観・信条に照らし合わせて、自らの「加害性」に向き合い苦悶することができにくいのかもしれないということだ。それは日本社会が「責任」を“個”にではなく、「東電、国、原子力ムラが悪い」というふうに集団や組織に転嫁していく傾向と無関係ではないのでないか。福島原発告訴団、福島原発刑事訴訟団など一部の例外はあっても、「東電」の誰か、「国」の誰か、「原子力ムラ」の誰かといった“個”の責任を追及する空気が日本社会全体には希薄であることの根源の一つを提示しているように思えるのだ。何よりも「東電」「国」「原子力ムラ」の責任者たち自身が自責の念に責めさいなまれて自死したという話を私は聞いたことがない。それどころか、本来の責任者の多くが辞職後も関連企業や団体に「天下り」し、中には海外に逃避して悠々自適な生活を送っている元幹部もいると聞く。作家・村上春樹の言葉を借りれば、「このままでいけば『地震と津波が最大の加害者で、あとはみんな被害者だった』みたいなことで収まってしまいかねない」のではないか。

原発事故と戦争の責任

 しかしそれは福島原発事故に限ったことではないのではないか。かつての「戦争責任」でも同じだった。東京裁判で裁かれたA級戦犯たちさえ、自らの責任を最後まで認めようとはしなかった。実際に侵略戦争を指揮した当時の陸軍、海軍、関東軍の参謀たちの中に、その責任を取って自死したという例を私は知らない。その中には戦後、大企業の重役に登りつめた者もいる。731部隊の責任者たちも、その部隊員だった医者たちも責任を取らずに戦後生き延び、何千人という中国人の生体実験で得た「研究成果」を元に医学界で「出世」した。神風特攻隊や沖縄の「ひめゆり部隊」の創設者たちも責任を取らずに生き延びた。  国民だって例外ではない。戦争を賛美し自ら進んで協力し、侵略戦争に疑問を抱く者、異を唱えた者たちを「非国民」と糾弾し弾圧した国民も、戦後は「軍閥が起こした戦争の『被害者』」になる。当時の最高責任者であった天皇さえ、「軍閥に利用された被害者」にしてしまう。本来の責任者たちは自らを「被害者」とすることで、“個の加害性”に向き合い苦悶することもなく、その責任から逃げてきた。
 それは「加害性と向き合い苦悶する “個”」が私たちに確立されていないからではないか。私たちがよく口にする「自分の良心に照らし合わせて」という「良心」も“個の倫理観”というより、むしろ「他者から“良し”とされる基準」なのではないのか。  なぜ日本社会に“個”が確立されにくいのか。その“個”を押し殺すことを強いる「和」を尊ぶ日本の風土・文化のためなのか。それとも一神教徒のように、他者の基準に左右されない、絶対的な存在と一対一で向き合う“個”を私たちが持ちえないからだろうか。  演劇「挽歌」は、「林四郎」という日本社会では稀有な“個”をもち“個の加害性”に向き合い苦悶する人間を登場させることで、「フクシマ」を越えた、日本人とその社会に欠落した普遍的な問題を私たちに改めて提示しているような気がする。だから私はあれほどまでに衝撃を受けたのかもしれない。

名優・高橋長英

 最後に「挽歌」という演劇のもう1つの魅力について言及しておきたい。  それは「林四郎」を演じた名優・高橋長英の迫真の演技である。それは「演じる」というより、「林四郎」が高橋に乗り移ったように私には見えた。  毎年行われる「非戦を選ぶ演劇人の会」(非戦の会)の朗読劇定例会を通して、私は個人的に高橋の人柄に触れる機会を得た。その「非戦の会」の定例会で扱われる「オキナワ」「フクシマ」「核問題」「パレスチナ」など複雑で深い様々なテーマの朗読劇で、与えられた役を懸命に演じながら、「知らなかった。勉強させてもらった」と青年のように目を輝かす、70代半ばの高橋の謙虚さと真摯さ、そして熱い向上心に、私はいつも驚き、胸が熱くなる。その高橋が「フクシマ」を自分の中に取り込み、「林四郎」に成り切るために、必死に努力をしたこは容易に想像できる。私は高橋の「林四郎」の中に「フクシマ」の凝縮された苦悩をまざまざと見た。そして泣いた。  「挽歌」は、紛いもなく高橋長英あっての演劇である。(敬称略)

64歳の誕生日に

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