Webコラム

2017年夏・パレスチナから(1)
ヘブロンの入植者ツアー

2017年7月3日(月)


(写真:ヘブロン入植者ツアー)

 パレスチナに戻ってきた。昨年秋、1カ月半におよぶヨルダン川西岸C地区の取材(「日々の雑感」2016年秋・パレスチナの現場から)から半年ぶりである。とにかく暑い。湿度は日本よりはるかに低いが、日差しの強さが尋常ではない。しかも今は乾期だから雨もない。毎日、雲一つない晴天続きで、日本では気持ちを明るくする青空が、ここでは恨めしくなる。

 エルサレムに到着してすぐに西岸最大の街ヘブロン市へ向かった。現在、制作中の最新ドキュメンタリー映画『ヘブロン ―50年目の占領―』の完成に不可欠ながら、前回撮り残したシーンを撮影するためである。それは20万人のパレスチナ人市民のど真ん中に居座る800人程度のユダヤ人入植者たちが、ユダヤ教の休日である土曜日にパレスチナ人地区の旧市街を「歴史散策」する「ツアー」の撮影だった。
 実は、昨年11月、旧市街での取材中に偶然その「ツアー」に出くわした。入植者たちを守る数十人の完全武装の兵士たちに圧倒されて、私はカメラを向けることができなかった。その直後、NGO「沈黙を破る」のヘブロン・ツアーに参加したとき、ガイドの元兵士からその「入植者ツアー」がヘブロンでの入植者の存在の深刻さを象徴していると教えられ、あの時カメラを向けられなかった自分の臆病さを悔い責めた。それを払拭(ふっしょく)するためにも、今回はどうしても「入植者ツアー」は撮影したかった。
 午前中に旧市街を訪ねたが、「ツアー」の兆候もない。みやげもの店を経営する旧知のアリ(仮名)によれば、人通りの多いラマダン(イスラム教の断食月)中は午前中にやってきたが、今は午後3時過ぎにやってくるという。一旦引き上げ、午後3時過ぎに戻ってきた。しかしいつ入植者たちがやってくるのか誰にもわからない。店の前に座ってアリと雑談しながら、ひたすら待った。

 目の前には、800年ほど前に建てられたとアリが説明する家の石壁と、第二次インティファーダの直前に改修されたという石畳の路。あとは時々通り過ぎていく住民たちと観光客だけ。この店で働き始めて48年になるというアリは、一日中店頭に座って、ただひたすらその狭い視野の中の光景を48年も見続けてきたのだ。「外の世界に飛び出したいと思うことはなかったのか」と問う私に、「私はここで生まれ、ここで死ぬ。そしてこの裏にある墓地に葬られる。それが私の人生だ」と答えた。土地に根付いて生きる1パレスチナ人の生き方である。

 2時間ほど待ったが、入植者たちがやってくる気配もない。5時を過ぎたころ、アリは店を閉じ始めた。「空振りか」と諦めかけた頃、電話がかかってきた。もし入植者ツアーを見たら連絡してくれと依頼していたNGOスタッフからの電話だった。「今、スークのモスク側から入植者たちがやってきている」という。私は子どもに案内させて現場へ急いだ。万が一、兵士や入植者たちに暴行されカメラを没収されることもあるだろうと考え、メインのカメラではなく、予備の小型カメラを抱えていた。
 現場に着くと、ちょうど重装備の兵士たちに先導されて入植者たちが向かってくるところだった。私はカメラを構えた。しかし警備する兵士たちも入植者たちも、それを制止しようとはしなかった。「これは撮れる!」と確信した。他にもヘブロン旧市街で入植者たちの監視を続ける欧州キリスト教関係のNGOスタッフもそのツアーを追った。入植者たちの前方と後方はそれぞれ十数人の武装兵士たちが守っている。追う私たちが近づきすぎると、「離れろ!」と警告するが、カメラを回し続ける私に止めろとは言わない。
 すでに午後6時近くで、旧市街の店はほとんどシャッターを降ろしているのは幸いだった。ときどき、入植者たちがパレスチナ人の商店を襲撃することもあるとアリから聞いた。実際、アリは商品のスカーフに卵を投げられた。兵士たちは単に入植者たちを護衛するだけではなく、パレスチナ人の店を襲撃しようとする入植者たちを制止する役目もあるという。
 2~30人のツアーの一団は、旧市街のスークに所々に立ち止まり、リーダーらしいラビが、それがユダヤ人にとって歴史的にどれほど由緒のある場所であるかを説明しているようだ。その間、最後尾で数人の兵士たちが仁王立ちになって、私たちを制止する。
 ツアーは40分ほどで元の場所に戻った。このようなツアーが毎週土曜日に行われるという。そのたびにパレスチナ人は襲撃を恐れ、多くの店がシャッターを降ろす。
 なんのためのツアーなのか。「ここが自分たちの土地であり、自分たちが支配者であることをパレスチナ人住民に誇示するためだよ」とアリは私に説明した。「そうやって住民を脅かし、私たちがここを立ち去ることを狙っているんだよ。あと50年もすれば、この旧市街からパレスチナ人はいなくなり、ここの建物は全部、ユダヤ人入植者たちに占拠されるだろうね」

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