Webコラム

【現地ルポ】
若者に広がる「殉教」という名の自殺

 ―絶望の“牢獄”・ガザ―

2018年9月29日

住民を国境デモに押し出す要因


〈写真・ガザ国境デモ(2018年8月3日)〉

 サイード・シャラシュ(33)はガザ地区の国境での「帰還のための大行進」が始まった今年3月30日(土地の日)以来、毎週金曜日、国境のデモに通っている。「帰還のための大行進」とは、パレスチナ人がイスラエルから故郷を奪われた1948年の「ナクバ(大惨事)」から70年を迎えた今年、ハマス政権らの呼びかけで始まった「故郷への帰還を求める平和的なデモ」である。
 しかしサイードがデモへ通う真の理由は、“貧困”だった。2人の幼い娘を抱えながら、失業のために収入もなく、以前の借家を追われた。今は以前の半分ほどの家賃200シェケル(6200円)の1部屋の借家住まいだが、その家賃も払えず、いつ追い出されるかわからない。3ヵ月に一度、自治政府から支給される750シェケル(約2万3000円)の生活保護費から家賃を差し引くと、家族の食料さえ事欠く極貧状態だ。周囲の施しに頼ってやっと生活している。


〈写真・「殉教」を求めて国境デモに通い続けるサイードと家族〉

 なぜ国境のデモに通い続けるのか。サイードはこう答える。
 「この生活への絶望感からです。デモに参加する若者たちは半分以上はそうだと思います。私はあそこで撃たれて『殉教者』になりたいんです。だからデモに行くんです」
 「ガザの若者たちは『生きて』いますが、内面は『死んで』います」と語るのは、国境デモを取材してきた地元の女性ジャーナリストN(22)だ。「外面を見ると普通に見えますが、内面は失業と絶望で心理的に追い込まれ壊れているんです」「彼らが家で(イスラム教が禁じる)自殺をすれば、周囲から自身と家族に悪評を立てられ一家の恥となります。だから国境のデモで『殉教者』になることで『尊厳ある死』を選ぼうとするのです」

 「負傷への見舞金」もデモ参加の動機の一つになっている。ガザ地区中部ヌセイラート難民キャンプに住む主婦ニスリーン・タワーブタ(40)は3人の子の母親だが、「大行進」デモの当初から毎回、参加し続けてきた。失業中の夫は精神的に病み、一家には全く収入がない。そんな生活への絶望から、ニスリーンもまた国境デモで「殉教者」になろうと願った。たとえ目的を果たせなくても、負傷すれば見舞金を得られると期待した。「デモで負傷したら、西岸の自治政府から毎月『見舞金』が出ると聞いたから、撃たれることを望んでいました。そうすれば、子供たちを養えますから」
 ニスリーンは足を撃たれた。しかし軽症だったために、重傷者に出る「見舞金」200ドルさえもらえなかった。


〈写真・負傷の見舞金を求めるニスリーン〉

 クサイ・ハサン(20)がデモに参加して右脚の骨を撃ち砕かれたのは「大行進」が始まって2週目の4月6日だった。ハマスは「見舞金」として200ドルを支給した。しかし治療代は1000ドルを超えている。クサイは不足分の支援を求めて、政府の財務省やハマス指導者たちの自宅を訪ねた。しかし散々侮辱を受けた後、帰りのタクシー代だけを渡され追い返された。
 「ハマスは現場で食事などを提供して、デモへの参加を促しました。貧しい住民はその食事を目当てに、また負傷の『見舞金』で家族を助けるために行進の現場へ向かいます。もし仕事があり、ちゃんと生活ができるなら、国境へなんか行きませんよ」

急増する自殺と脱出希望者

 ガザ市内に住むファトヒ・ハルブ(21)は結婚し、間もなく長男が生まれようとしていたが、仕事がなく家族を養う資金もなかった。ファトヒは必死に仕事を探した。25万人ともいわれる大学卒業生たちに職がなく失業状態といわれる。ファトヒもその一人だった。彼は懸命に仕事を探した。しかし、なかなか見つからない。間もなく子供が生まるが養う金もない。
 5月のある日、夜中に警官が玄関のドアをたたいた。警官は「ファトヒがガソリンで焼身自殺を図り、病院へ運ばれた」と家族に告げた。4日後、ファトヒは息を引き取った。その3日後、妻は長男を出産した。


〈写真・焼身自殺したファトヒ(遺族提供)〉

 「現在、ガザでは一日に2~3人の自殺者または自殺未遂者が出ています」と語るのは、貧困家庭の救援活動をするNGOスタッフ、アンマール・アルヒルウ(29)だ。
 「多くが、失業中の若者たちです。数が急増したのは、2014年のガザ攻撃以降、年々封鎖が厳しくなってからです。若者たちは自分たちの生活用品代や食費さえ事欠く生活環境のために、社会的にも精神的にも追い詰められています。妻と6人の子がいるある男性は、仕事がないため家賃が払えず家族が借家を追われて露頭に迷い、家族の日々の食べ物さえ与えらない絶望のために自殺しようとした例もあります。妻もこの状態に耐えられず自殺に走ることがあります。このような“貧困”が自殺の最大の要因です」


〈写真・焼身自殺を試みた青年(家族提供)〉

 「ガザの現状への絶望感」から逃れる道の一つとして若者の間で広がっているのがドラッグだ。その主流は「トラマドール」という鎮痛剤である。デモなどで負傷した多くの若者たちが鎮痛のために服用するこの薬は、大量に摂取すると麻薬と同じような症状を引き起こす。その薬が、負傷者だけでなく、失業と貧困の現状に絶望するガザの若者たちにも広がり、中毒患者が若者の間に急増しているというのだ。ドラッグは若者を含む密売人によって売買されているが、「エジプト国境の密輸トンネルから流入し、それにパレスチナ人の組織が関与している」と指摘する地元ジャーナリストもいる。ドラッグは若い女性たちの間にも広がり、中毒患者となった女子学生が大学構内で密売している例もあるとそのジャーナリストは証言した。

 「ガザの若者の95%以上は、ガザを脱出したいと願っています。ジャーナリストである私もそうです」と29歳の地元ジャーナリストMが告白した。「ガザに愛郷心がないからではありません。政治指導者たちによって、脱出しか選択肢がない状態に追い込まれているんです。若者たちはちゃんと仕事を得て、人並みの生活を送りたいんです」
 ガザ地区中部のヌセラート難民キャンプで暮らすラエーフ・アブシャウィシュ(28)は兄のモハマド(29)と同様、ガザ脱出を計画している。21歳と22歳の弟たちはすでにアルジェリアとベルギーに脱出した。そのための資金は家族全員で出し合い支援した。
 「ガザには平和も経済も仕事も安定した生活もなく、ここでは結婚も子供を持つことも考えられません。ガザでは家族の生命を危険にさらすことになります。いつ戦争で爆撃されるかもしれませんから。ガザ脱出に伴う危険より、ここに留まる危険の方が大きいのです。このガザのひどい状況の中で、人々はゆっくり死に向かっています」と弟ラエーフは言う。

ガザ報道の死角

 「ナクバ」のから70年に当たる5月14日に、デモに参加したガザ住民にイスラエル軍が発砲し約60人が殺害された事件は、世界の主要メディアで大々的に報じられた。しかし間もなくメディアからガザ報道は消えた。私が現地に入ったのは、その事件から2カ月半後の7月下旬だった。私は2週間、負傷した青年たちを中心にガザの若者たちに、デモに参加した動機と現状を聞いて回った。するとこれまで伝えていた「奪われた故郷への帰還を求めるデモ」というスローガンとは違う“本音”の声が漏れてきた。多くの若者たちをあのデモの最前線に押し出したのは、「パレスチナの大義」ではなく、仕事もなく将来の展望を見えない “絶望”だった。「不幸にも、国境デモは若者たちにとって暗たんたる感情や生命さえも消し去るための“手段”になっています」とデモを取材した地元ジャーナリストは表現した。

 現在のガザの状況を「イスラエル対パレスチナ」の二項対立だけで描くと、このようなパレスチナ側内部の問題が見えなくなる。
現在のガザ経済の窮状と“貧困”の主要な原因は、言うまでもなくイスラエルによる“封鎖”だ。ハマスが選挙で勝利した12年前から強化され、最近さらに厳しくなっている。
 しかし取材した住民たちの中には、今の惨状の原因として真っ先に「ハマス政府と自治政府」を挙げる人が少なくない。「貧困と絶望に住民が苦しんでいるのに、ハマス政府は海外かの援助の大半を軍事力の強化とハマス支援者への援助に回し、貧困に苦しむ一般住民をまったく救済しようとしない」とガザ住民は訴える。むしろ「『帰還のための大行進』へ住民を駆り立て、その犠牲に世界の注目を向けさせ、アラブ諸国の同情と支援を引き出そうとしている」
 「デモは、ハマスなどがガザの若者たちの“血”と引き換えに、支援を集め、その政治目標を実現するためのものだ」という声さえ住民や地元ジャーナリストたちの中から聞こえてくる。ガザ住民のデモの犠牲だけを大々的に伝え、その背景をさぐろうとしない世界のメディアのガザ報道は、まさに「ハマスの狙い通りだ」というのだ。
 一方、ヨルダン川西岸の自治政府も、権力闘争でハマス政府に圧力を加えるため、ガザのかつての自治政府公務員への給与支給を停止した。イスラエルの“封鎖”に加え、自治政府によるこの新たな “封鎖”によって、ガザの経済はさらに悪化している。1日に4時間しか電気が使えないガザの電力危機も、自治政府によるイスラエルへの電気料金支払い削減が要因の一つだった。

 メディアは中東での「事の重大さ」を「死傷者の数」の大小で測る。「今は、パレスチナよりシリアの方が死傷者が圧倒的に多く、より深刻だ」というふうに。しかし爆撃や銃撃のようにセンセーショナルではないが、今ガザではイスラエルによる“封鎖”とパレスチナ側の“悪政”で、真綿で首を絞めるように多くの住民が心身ともに圧殺されている。だが世界のメディアはこの“構造的な暴力”にはほとんど目に向けようとしない。「多数の死傷者」が出ていない今のガザは、もう視聴率や購読数が稼げるセンセーショナルな「素材」ではなくなったからだろうか。しかし世界のメディアが目を向けなくなったまさに今、ガザ住民は貧困と絶望のために、悲痛な叫び声をあげている。

「週刊金曜日」(2018年9月21日号)に掲載

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