Webコラム

日々の雑感 375:
映画『アミラ・ハス』が出来るまで(8)

2018年10月29日(月)


(写真・被曝者へのインタビュー/2017年9月25日〉

ヒロシマと靖国の比較

 私がアミラの広島訪問を企画したのは、ホロコーストの生存者の両親を持つアミラが、ホロコーストと共にジェノサイド(大量虐殺)の象徴的な一例である“ヒロシマ”をどう見るのかを知りたかったからである。
 私はアミラを真っ先に原爆資料館へ案内した。彼女がとりわけ熱心に見入っていたのは、「なぜアメリカが原爆の製造を急ぎ、日本の降伏が間近いことはわかっていながら、敢えて広島に投下したのか」という解説だった。「原爆投下の背景に、戦後の米ソの対立でアメリカが優位に立つという目的があったことを初めて知った」と資料館の見学後にアミラが語った。
 さらに東京で訪ねた靖国神社の資料館「遊就館」と比較し、こう語った。
 「二つの資料館は、まったく違ったメッセージを送っています。靖国の資料館は“民族主義的なメッセージ”を送っているけど、広島の資料館は“普遍的なメッセージ”を送っています。つまり靖国では戦争を正当化して、ヒロシマでは戦争への強い嫌悪感を示して日本自身への自己批判の意図を感じました。その広島の資料館でその“普遍的なメッセージ”に触れられたことに感謝しています」

広島訪問の感想

 私はアミラのために2人の被曝者へのインタビューを準備した。被爆当時の様子、被曝後の半生をアミラは詳細にわたって聞き、小型パソコンに記録した。
 「二人の被曝者は単なる『理想主義者』ではなく、世界の核武装化に強く反対する『現実主義者』でした」と私に語った。
 さらに広島訪問の感想を後にこう語った。
 「私の母は1950年代にイスラエルで原爆に反対してアピールを出しました。それで当局によって『親ソ連・反米』だとみなされ、ブラックリストに加えられてしまった。そのために学校で教職の仕事を得ることができなかった。両親が戦争に対して、また戦争への誘惑に警告を鳴らしていたことは私にとって“遺産”となっています」
 「原爆を体験したわけではないけど、それがどういうものが広島訪問で想像することができました。被爆を体験はしなくても、“感じ取る”ことができたのです。広島で会った人たち、漫画『はだしのゲン』、ジョン・ハーシー(原爆投下直後の広島での取材をまとめたルポ『ヒロシマ』で知られるアメリカのジャーナリスト)の本などによってです。今でも自分が福島を、また原爆直後の広島の川辺や住宅地を歩いているような気分です。その体験が私の戦争に対する恐怖を強めたことは確かです」

ヒロシマとホロコースト

 私はアミラにどうしても聞きたいことがあった。それは「ホロコーストとヒロシマの比較」である。彼女はこう答えた。
 「そんな比較は私にとって簡単ではありません。30年前ならできたかもしれないけど、今はできません。今はホロコーストが唯一のジェノサイトではなかったことを知ったからです。リビアでもドイツによるジェノサイトがあったことを知っています。ベルギーのレオポルド二世は、コンゴで700万人を殺害した。ただドイツの“殺人工場”(ホロコースト)では、殺人そのものが目的でした。アフリカでの虐殺では何かを獲得するためだったけど、ドイツでは殺人のために殺したのです」
 「重要なことは、それらがどれほどひどいことだったかということです。私はホロコーストが最悪だったとは思いません。アメリカの奴隷制度は集団の苦悩で、ホロコーストは個人の残虐さでは最悪だったかもしれませんが」
 「原爆による人間の死はたしかに残虐でした。しかし他の死、たとえば日本の植民地政策による犠牲者がよりよかったわけではありません。ただ世界的な意味合いから言えば、この武器の使用は、これまでのどんな通常兵器による戦争の常識をも打ち破るものだったことは確かです」
 「私は“苦悩”を比較することは拒否します。“ヒロシマ”が韓国の“慰安婦”の苦悩より大きいとは思いません。たしかに原爆投下の目的は皮肉なものでした。すでに日本は敗けかけていたのに、もし早めに降伏していたら、ヒロシマ、ナガサキは防げたはずですから」

「ホロコースト」「ヒロシマ」の矮小化

 もう一つ、私はアミラに問いたいことがあった。それは「日本が“ヒロシマ”という被害を強調することで、結果的に日本の加害歴史を隠してしまいかねないように、“ホロコースト”を強調することで、現在のイスラエルのパレスチナ人への“加害”を覆い隠すことになってはいないか」と疑問である。
 アミラはこう答えた。

 「イスラエルが『ホロコースト』を利用しても、ホロコーストの事実は消えるわけではありません。それは日本も同じよ。私たちの思考は、コンピューターと同じように、1か0かで判断しがちだけど、世界はもっと複雑で1か0かで語れない。それぞれの要素は各々分離していて、歴史のそれぞれの要素は別々に観るべきです。その後に、それが比較できるかどうかを判断すべきだと思う」
 「日本もイスラエルもあらゆることを利用します。
 靖国神社に行ったとき、そこでは『ヒロシマ』『ナガサキ』のことはほんの数行ずつだけしか言及していなかった。そしてその政治的な背景はまったく言及していません。つまり靖国神社側が説明する『歴史』には、ヒロシマ、ナガサキは必要なかったのです。そこでは『どこにも反日感情があった。中国が日本の侵攻と闘ったのは反日感情があったからだ。朝鮮は日本の植民地化を歓迎した』というふうに説明されています。
 第二次大戦やホロコースト、ヒロシマやナガサキの苦難を矮小化することに手を貸してはいけません」
 「1982年のレバノン爆撃のとき、ベギン(当時のイスラエル首相)はアラファトをヒトラーになぞらえた。両親はホロコースト生存者の共産主義者として活動していたけど、パレスチナ人やPLOをナチと比較することに激怒していた。それに我慢できなかったの。両親はそのことを書いたチラシをテルアビブの街中で配布した。『ホロコーストを“商品化”に利用するな』というメッセージでした。その両親の行為ではなく、むしろベギンなど右派こそホロコースを矮小化していたのです。私たちは、『どれほど人間が犠牲にされたか』という現実を思い起こさなければいけない。ヒロシマ・ナガサキも同じです」

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