Webコラム

日々の雑感 404:
山形国際ドキュメンタリー映画祭2021
評1『燃え上がる記者たち/Writing With Fire』

2021年10月14日

 2009年以来、この映画祭に通い始めて今回で7回目である。毎回、きらっと光る名作に出会って衝撃を受け、感動する。
 その一方、この映画祭には「なぜこんな作品が選ばれるのか!」と失望し怒りさえ覚える映画も毎回ちゃんと用意されている。私は毎回、自作を応募しながら落選し続けているから、その失望と怒りはなおさらである。

 私が映像の世界に足を踏み入れたのは1993年秋、ちょうど40歳の時だった。翌年初めて自分が撮影した映像がNHKの番組で放映された。自分で撮影・編集した初めての映画『ファルージャ2004年4月』は2005年、そして2009年に映画『沈黙を破る』を初めて劇場公開した。だから、ずいぶん遅れて映像の世界に入って、まだ28年ほどに過ぎない。
 そんな私にとって山形国際ドキュメンタリー映画祭は、世界の最高レベルのドキュメンタリー映画に触れ、学ぶ唯一の機会である。だから毎回の落選にもめげず、私は2年に一度、この“学校”に通い続けている。

 そんな経験の中でドキュメンタリー映画を評価する基準が私の中で少しずつ固まってきている。
 その基準の第一は、その映画に“伝えたいこと”が明確に私に伝わるかどうかである。奇を衒(てら)う映像やストリーで粉飾しながら、何を言いたいのかさっぱりわからない自己陶酔的な映画に、私は怒りが混じった激しい嫌悪感を抱いてしまう。

 第二に、観る私の“心を揺さぶる”かどうかである。それは映画の客観的な“力”だけでなく、観る私の側の問題でもある。私は、映画は自分の心を映し出す“鏡”だと思っている。つまり私は映画という“鏡”の中に私自身の人生体験と、それから生まれてきた様々な心情を映し出して見ているような気がするのだ。そして映画の中のシーンと、それに映し出される“自分”とが “化学反応”を起こし、“呼応し合う”とき、私は激しく心を動かれる。
 だから映画の評価は一人ひとり違っていて当然だと私は思う。「映画の客観的な評価」があるとすれば、観る者の“自分”と“呼応し合う”映画のシーンがどれほど多く、また深くその映画が内包しているか否か、また“呼応し合う”と感じとる観客がどれほど多いかによって決まるのではないか。

 これから私が書く「山形国際ドキュメンタリー映画祭・評」は、あくまでも私自身とそれぞれの映画がどれほど“呼応し合った”か否かによる“評価”である。

燃え上がる記者たち/Writing With Fire

「インド北部のダリト(注・不可触民)の女性たちが立ち上げたメディアウェブ・メディアを駆使して取材に奮闘する女性記者たちの姿を追う」(パンフレット「解説」)

 主人公ミーラはインド社会で「『穢(けが)れた』存在とされ、ときに上層のカーストの道を遮っただけでリンチを受けるような」ダリド(不可触民)に属する女性である。主婦であり、2児の母親でありながら、新聞社の記者としてスマートフォンを片手に各地を取材に奔走する。夫から「主婦として家事に専念すべきだ」と非難され、母親が家庭で勉強を見てやれないために学業が滞っていることを教師に指摘されながらも、ミーラはダリドの女性たちだけの新聞社を引っ張っていく。

 当局の怠慢による村のインフラの不備、インドの農村社会にはこびるレイプ問題、鉱山開発におけるマフィアによる労働者の搾取と虐待問題などを、脅迫や危険を乗り越えてネット配信で報道していく。その報道の影響は迅速で絶大だ。報道後に当局は動き、村のインフラは改善される。レイプ事件や労働者の搾取・虐待にも司法当局が動く。ミーラたちの報道はさらに与党、ヒンドゥ主義政党によるカースト強化と右翼ナショナリズムの告発への進展していく。

 インド社会では、欧米や日本など「先進国」とは比較にならないほど、社会全体に不正、差別、暴力がむき出しに表出する。だからこそ、それを告発するジャーナリズムの役割は絶大である。
 しかし同時に、その役割を果たそうとするときの障壁と危険は「先進国社会」に属する私たちの想像を絶する。しかも「ダリドの女性」というインド社会の最弱者の女性たちである。
 この映画はインド農村社会の過酷な現実を私たちに示すと共に、「ジャーナリズムの役割とは何か」というジャーナリズムの原点を私たちに問い、示している。
 さらに言えば、「ダリトの女性」という最も困難な立場にありながら、社会を変えようと身の危険を覚悟で必死に活動するミーラたちのその生き様の見事さが、観る私の心を激しく揺さぶる。

[公式サイト]燃え上がる記者たち/Writing With Fire

次の記事へ

ご意見、ご感想は以下のアドレスまでお願いします。

連絡先:doitoshikuni@mail.goo.ne.jp

土井敏邦オンライン・ショップ
オンラインショップ