Webコラム

日々の雑感 409:
山形国際ドキュメンタリー映画祭2021
評5『理大囲城』/『リトル・パレスティナ』

2021年10月25日

理大囲城/Inside the Red Brick Wall

 香港理工大学はすでに10日近くも重装備の警官たちに取り囲まれている。食糧ももうほとんど尽きてきた。学生たちは何度も警察の包囲を突破しようとするが、ことごとく失敗。出ていけば逮捕され投獄される。しかしこのまま大学キャンパス籠城を続ければ、疲労と食糧切れで自滅してしまう。両手を上げて出て自首すべきか、正義と信念を貫くために死を覚悟で踏みとどまるべきか、学生たちの心は揺れ動く。その切羽詰まった心情の吐露が、映像に記録さている。「怖いんだ!」「家に帰りたい!」「俺は弱いんだ」「みんなを見捨てないと約束したのに……」「行かないで!」。壁に向かってすすり泣く女子学生……。
 「死ぬかもしれない」とほとんどの学生たちが家族に向けた遺書を書いたという。出ていくか留まるか、籠城する若者たちの間の激論、罵倒の声が響きわたる。
 映画『理大囲城』は、この学生籠城事件を内部から撮影した複数のビデオジャーナリストの映像を集め、編集したものである。

 もし自分がカメラを持ってこの映画の現場に居合わせたら、どう行動していただろうか――「記録しなければ!」と疲労と空腹の中でも私はカメラを回し続けたろうか。それとも武装警官が突入し暴行され、もしかしたら殺されるかもしれないという恐怖で立ちすくんでいただろうか。臆病な私はおそらく恐怖と疲労と空腹に耐えられず、カメラを捨てて投降する道を選んでいたに違いない。

 だからこそ、生々しい現場が撮影され、このように記録されているこの映画の凄さに圧倒されるのだ。「歴史のこの一瞬を記録し、この事態を外の世界に伝えるのだ」という信念が、ドキュメンタリストを突き動かし、恐怖と疲労と空腹で倒れそうな自身を支えていたに違いない。「ドキュメンタリストの重要な役割は、危険を覚悟で歴史的な事件の現場に踏みとどまり、記録し後世に残すこと」と言うことは優しい。しかし一度でもそんな現場に居合わせたことがあるドキュメンタリストなら、そう行動することがいかに困難かは身に染みてわかっているはずだ。

 この映画は、香港から民主主義が奪われていく歴史の記録として長く後世に残るだろう。山形国際ドキュメンタリー映画祭がこの映画に最高賞を与えたことに驚く者はいないだろう。“ドキュメンタリー”の役割、重要さを、私は改めてこの映画に思い知らされた。映画「理大囲城」を撮影し制作したドキュメンタリストたちに、心から敬意を表したい。

リトル・パレスティナ/Little Palestine, Diary of a Siege

 シリアのパレスチナ人難民キャンプ「ヤルムーク」がシリア軍によって封鎖されたニュースは聞き知ってはいた。しかし事態がこれほど深刻であったことを私はまったく知らなかった。

 封鎖によってキャンプに残った4万人ほどの住民は食糧の供給を断たれ、ゴミを漁り、雑草を摘んで飢えをしのぐ。老人や赤ん坊など弱者たちが真っ先に飢餓の犠牲者となって餓死していく。
 封鎖の解放を求めて住民たちが封鎖地点へとデモ行進するがシリア軍に発砲され追いかえされる。ヘリコプターから樽爆弾を投下され建物が破壊され住民が瓦礫の生き埋めとなる。そんな過酷な状況の中でも住民たちはお互い助け合い、生き延びようと必死にもがく。そんな中でも、彼らは“パレスチナ人”として意識と誇りを捨てはしない。むしろそれが彼らの“生”を支えているようにさえ見える。

 こんな地獄のようなキャンプのなかで、その現状を撮影して外の世界に知らせ、また記録に残すためにこの映画の監督となるアブッダッラー・アル=ハディーブら若者たちがカメラを回し続ける。2013~15年の間に撮影されたこれらの映像は、後に難民としてドイツに移り住んだアブッダッラーらによって編集され、この映画は完成する。

 この映画も先の『理大囲城』と同じく、自ら極限状態にありながらも撮影を続け、記録し続けた者たちのその強靭な意志と情熱に、ドキュメンタリストの一人として私は深い畏敬の念を抱かずにはいられない。

 この映画には「アジア千波万波」部門の最高賞、「小川伸介賞」が授与された。まっとうな審査員の判断である。

公式サイト:リトル・パレスティナ

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