2011年1月8日(土)14:00-17:00
明治大学駿河台キャンパス リバティータワー1001教室
ゲスト:臼杵陽
参加者:100人
ボランティア:約20人
報告:土井敏邦・パレスチナ記録の会
「私は伝え続けなければならない」。暗く証明を落とした会場に、ビデオジャーナリスト土井敏邦の声が響いた。「テレビで発表する場はもうほとんど残されていません。だから私は映画で、今度はマクロに見せていきたいと思っています」。会場に集った100人近い参加者を前に、土井は力強く宣言した。この「土井敏邦・最新作「ガザに生きる」5部作/中間報告会─ガザ攻撃2周年追悼にかえて─」と題されたシンポジウムは、2011年1月8日に明治大学で開催された。以下では、土井敏邦の挨拶の概要、映画ダイジェスト版の要約、そして日本女子大学教授臼杵陽の講評と、土井・臼杵の対談を抜粋して紹介する。
「もしかしたら、今回は皆さん戸惑うかもしれません」。土井敏邦は現在その作成を続ける映画の最新作についてこのように述べた。「パレスチナ人」ではなく、その人の名前を知ること。声を聞き、顔を見て、本当の意味で人を知ることを土井は常に提唱してきた。ボランティアの学生には、「ひとまず現地に行け」と激励し、研究者や論説家などに対しては「現場を見ろ」と言ってはばからなかった。その彼が、今回はマクロの視点からパレスチナを描く映画を作っている。ここに登場するのは、俗に言う「大物」たちであり、その顔触れはそうそうたるものだ。ハイダル・アブドゥッシャーフィーやアフマド・ヤースィーン、アブー・シャナブなど、すでに亡くなった人物たちも彼のカメラを前に語る。
土井は、この映画を「歴史的文書のようなもの」と述べた。一昨年に公開され、キネマ旬報文化映画第1位、早稲田ジャーナリズム大賞など高い評価を受けた『沈黙を破る』とは趣を異にした、いわばアーカイブとしての映画であるという意味である。劇場公開を想定していないため、人物たちの語りが続いていく構成となっており、そのため土井は観客の反応を見たかったのだろう。その映画に関しては、4本のダイジェスト版が上映された。以下はその概略である。
映画のダイジェスト版4本が上映された後、臼杵陽教授の講評が行われた。彼はまず、「何のためにあそこまでの破壊をするのか」と、ガザ地区に対するイスラエル軍による徹底的な破壊について言及した。「原則的に、植民地化するのであれば産業基盤は温存しなければならないのです。なのに徹底的に破壊している」。こう述べる臼杵は、これを「一線を越えた切り捨て」であると形容した。市場としても、労働力としてもガザ地区がイスラエルによって切り捨てられているという。
この切り離しよって、ガザ地区のパレスチナ人たちは生きるために非合法行為に頼らざるを得なくなっている。ラファハ近郊のトンネル産業について言及した臼杵は、「しかし、忘れてはならないことは、この動きにエジプトも連動しているということです」と鋭く指摘する。権力が我々の理論とは別の理論で動いており、それを見極める必要があると述べる臼杵は、中東地域を取り巻く国家関係を、「イスラエルとエジプトに緊張をはらみながらも同盟関係があり、その一方でトルコ、イラン、ブラジルというラインも存在する」と描き出した。
以上のようなグローバリゼーションのなかで、パレスチナ人自身がもはや一枚岩でないことを臼杵は強く指摘する。「国家建設でなくとも、市場としてグローバルに引き出してもらえさえすれば良い」というあるパレスチナ人の発言を引用し、国家の建設を悲願としていたパレスチナ人社会にも様々な見解が存在することに意識を向けるべきであると提起した。その上で、アメリカによって支援された現在のイスラエルの姿勢はそう簡単には変わらないだろうとの見解を交えつつ、最後に現状に対する分析を述べた。「現在の状況は、イスラエルによって一番良い状況なのです。つまり、パレスチナ人が見えなくなっていくということです。しかし、このような状況は軍事的には可能かもしれませんが、モラル的にどこまで行けるでしょう?『できるだけ見たくない』という姿勢に何らかの限界があるのかないのか、考えていかなければならないと思います」。
土井:この映画は教材として考えているのですが、先ほどオタク的というコメントを休憩中に聞いてちょっとショックなのですが。
臼杵:映像だけだとこぼれおちるものも多いと思います。例えば、スーラーニーの意図がどこまで伝わっているのか──彼はガッサーン・カナファーニーを読んでいた人物なわけですが、例えばPFLPの役割がわからないと理解が難しい(映画第一部)。アラブの解放が挫折したあとのパレスチナ解放という経緯などもそうですね。
土井:じつは翻訳をお願いしている留学生が強い拒否反応を示したのが、銃を抱えたハマースの映像の部分でした(映画第三部)。こういう映像が流れるからパレスチナのイメージが損なわれるんだと。しかし、ガザというあの状況にいる人をあなたのように日本に来れるような人が批判できるのかと私は答えました。この経緯をどう思いますか。
臼杵:例えば自爆を扱った映画に『パラダイス・ナウ』がありますが、あれはテロを絶賛しているなどとは言われないでしょう。その一部にはパレスチナ人が撮っているということもあると思います。土井さんが日本人として撮るというときに、その立場が問われていると言うことなのではないでしょうか。
土井:銃を握ったあの姿は、まさに日本人に分かりやすいイメージでした。しかし、その彼に内面を語らせようと私は心がけました。
臼杵:そう、2000年代に入ってからイスラエルのハト派がダメになっていたという箇所ですが、それよりも10年早く、湾岸戦争の時にすでにこけていたんだと思いますよ。1991年ごろからすでにあの状況はあったと考えていいでしょう。
土井:ガザ撤退に関してはどうでしょう。あれに対しては、イスラエルが痛みを伴っても和平を実現しようとしているといった幻想があったように思えますが。
臼杵:思い出さなければならないのは、二国家案とは別に、二民族一国家案もあったということでしょう。しかし、今は人口比の問題からすればありえない。数で言えば圧倒的にパレスチナ人の数が多くなってしまっていますから。しかし、二国家案が、パレスチナ側にとっては点と線からなる国家を意味すると言うことは考えなければなりません。
土井:あの状況(点と線)で、あそこに国家を建設するのは無理だとわかりきっている気がしますが、なぜ誰もそれを議論しないのでしょう。
臼杵:日本の社会で、受け手がそれを求めていないということが言えるでしょう。その話をするためには新聞の普通の論説1本では到底語れない。かといって特別に紙面を割くほどにプライオリティーを置いてもらえていない現状があると思います。
土井:私はパレスチナを伝えるときに、表層だけにならないようにいろいろと努めてきました。この映像はテロップを変えるだけでアメリカでの上映も可能です。お金にはならないでしょうが。
臼杵:むしろ、アメリカにこの映像を持っていた時に想定されるのは、キャンパス・ウォッチなどが大きく取り上げてバッシングされるというものです。逆の意味で、大々的に宣伝してくれるということでもありますが。
土井:イスラエルはなぜガザ地区をあの状態にしておくのでしょう。切り離せば"テロリスト"の温床になるのは目に見えているわけですよね。
臼杵:“テロリスト”と言い続けること、例えばハマースやヒズブッラーなどを脅威としておくこと。これは国家統合の、ある意味で一番いい形なのではないでしょうか。
土井:それをなぜ国際的に見破れないのでしょう。
臼杵:やはりホロコーストではないでしょうか。ショアーなどの歴史ですよね。今の外相(リーベルマン)は言っちゃいますが、前は大臣はそうそう言わなかったけど外交官レベルでそういう話をしたりとか。話が戻りますがヒズブッラーというのは全面戦争では脅威は強くないんです。あくまでも部分的な戦闘で怖いだけであって。むしろ、イランとシリア、トルコといった諸国との国際的な関係、さらにこれらとヒズブッラーとの関係などの方がイスラエルにとっては危機的なんだと思います。
本シンポジウムの運営には「土井敏邦 パレスチナ記録の会」のボランティア20人近くがあたりました。「土井敏邦 パレスチナ記録の会」は、シンポジウムの運営の他に取材テープの文字起こし、翻訳、会計管理、データ整理などで土井敏邦の活動を支えてくれるボランティアを年間を通して募集しています。興味のある方は、下記のアドレスまでお気軽にお問い合わせください。
土井敏邦 パレスチナ記録の会
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