映画『沈黙を破る』レポート
土井敏邦 パレスチナ記録の会

映画『沈黙を破る』ゲスト・トーク第6回
綿井健陽(フリー・ジャーナリスト)

2009年5月17日(日) @ポレポレ東中野

今日は、綿井健陽(わたい たけはる)さんと土井敏邦の対談形式のトークでした。

綿井健陽さんは、古居みずえさんと同じく「アジアプレス・インターナショナル」(フリー・ジャーナリストのネットワーク・プロダクション)に所属しています。イラク戦争では、空爆下のバグダッドから映像報告をしました。映画『Little Birds ─イラク戦火の家族たち─』の監督でもあります。最近は、「光市母子殺人事件裁判」についての取材と発信を根気強く続けています。

土井敏邦は、綿井さんについて「若手のフリージャーナリストの中で、これだけの力のある人はなかなかいない。映像も、文章もとてもうまい。綿井さんが『Little Birds ─イラク戦火の家族たち─』をつくり、古居さんが『ガーダ ─パレスチナの詩─』をつくり、広河さんが『パレスチナ1948・NAKBA(ナクバ)』をつくっていく。僕の映画制作のきっかけは、彼らからすごく触発を受けたこともあるんです。特に、綿井さんは若いのになんでもできちゃう。僕にとっては脅威です」と紹介してました。

ジャーナリスト・土井のタイプ

綿井:映画を観ながら、土井さんの一番最初に書かれた『占領と民衆』(1988年 晩聲社)を思い出しました。今や、神保町の古本屋さんなどに行かないと手に入らない(?)かな。それがスタートで、25年にわたってずっと土井さんが追いかけてきたテーマですよね。

僕は、フリージャーナリストで「戦争」を追ってる人は、だいたい2タイプに分かれると思うんです。一つは、その場所に住み込み、そこだけをずっと撮り続けるタイプ。もう一つは、フロントライン。戦場の真っ只中に行くタイプ。イラクで亡くなった橋田さんやビルマで亡くなった長井さんは、そのタイプだったと思います。

土井さんは、その、どちらでもないのかなぁ。問題の「構造」を追う。占領者、被占領者の両サイドを行ったり来たりしながら撮っているでしょう。

マスメディアが伝えるものって、アウトラインはわかるんです。このガザ侵攻(2008年12月末〜2009年1月)も、どれだけ殺されたとかくらいの被害の実際はわかる。でも、なぜ、イスラエルがここまで残虐なのか、イスラエルの人びとは、パレスチナでやっていることに疑問を持つことはないのか、などの「なぜ」が報道ではわからなかった。でも、『沈黙を破る』を見ると、その「なぜ」の一端が見えてくるんです。

『沈黙を破る』の海外での反応を知りたい

日本でも、海外の問題でパレスチナに関わっている人って、案外多いと思うんです。20代や30代の若手ジャーナリストにも多いし、新聞にも中東専門記者って多いと思う。そして、日本のマスメディアの報道は、パレスチナ側に立った報道だと感じます。それが、アメリカやイスラエルではどう報道されてるの? っていうところの実際も知りたいと思いました。また、『沈黙を破る』はどう受け容れられていくのかって。

土井:試写の段階で、イスラエルに近い日本人の人たちにも観てもらいました。意外な反応が返ってきました。彼らは、日本人であるということもあるんでしょうが、それほどの反発ではなかったんです。「人として、イスラエル人を描いてくれた」「人としての苦悩を伝え、イスラエルという国がこのような議論ができる国であることを表現している」といった反応。

パレスチナの現場に行けば、誰が被害者なのかわかるし、どうしたってパレスチナ側になる。でも、それだけで映画をつくってアメリカに持っていっても、ユダヤロビーには無視されるでしょう。だったら、どうするか。どう伝えるのか。

僕も関わった2009年5月10日放送のNHK ETV特集『ガザ 悲劇はなぜ繰り返されるのか』も「イスラエルの言い分を言いすぎる」と痛烈な批判を受けました。親パレスチナの人たちからは、『沈黙を破る』に対し「イスラエル人が“いい人”として描かれすぎている」と批判的な意見もあります。ならば、たとえば、この映画がジェニン、バラータの取材だけで構成されていたらどうなのか。

パレスチナ問題に関心のない人々や反パレスチナの人たちに、どこまで届けられるのかも、一生懸命考えてきたんです。

イスラエル国内の『Breaking the Silence』への反応ねぇ。もちろんイスラエル社会を大きく変えるとは思えない。主要メンバーは少人数ですが、でも、今、証言をしたいと希望する元兵士は3000人に達しています。自分の体験を発したいと思っている人がいる。その体験と葛藤している人がいる。彼らの話せる場所を作っているというのがすごいな、って思います。

日本の自衛隊の人たちに感想を聞いてみたい

綿井:僕はこの作品を観て、日本の自衛隊の人たちが観たらどうだろう? って思いました。

日本では、イラクへ行った人で、顔出し実名で現場のことを告発している人って、未だいないんです。誰か、一人でもそういうことをやる人が出てくれば続く人もいるのか。それとも、日本の文化的なもので、やっぱり表には出てこないんだろうか、と考えます。

僕の取材で見えたのは、もし彼らが告発などしたら、地域の中で生きていくのが難しくなるという現実。北海道の自衛隊の取材をしてわかったんですが、家族みんなが自衛隊関係者だったりする。自分が何かに疑問を持っても、どうしても言えない。そういうこと言ったら地域で生きていけなくなる。

また、最近の雰囲気。田母神氏(注:田母神俊雄/たもがみとしお:元航空自衛官で航空幕僚長)の本がすごく売れているし、講演会もとても多い。田母神氏の言ってることにシンパシーを抱いている人がたくさんいるんだ、って感じます。この根底には、自分達の行為の正当化をしたいといった願いがあるんだと思う。正当化の論理を教え込まれ、言い聞かされる。これは、一種の「意識の剥奪」なんだけど、それは自分では意識化できていないんです。

土井:日本人は、なぜ、加害を話せないんだろうか。

綿井:僕は、それが日本だけとは思わないです。基本的に、加害の記録って残らない。被害の記録は、国家単位で残そうとするでしょう。加害は、振り返りたくないもの、見つめたくないものとして葬り去る。いろんな要素が絡み合って、記録には残されないんだと思う。

日本人は、声を上げずに死んでしまう。自殺者もすごく多い。「墓場まで持っていく」みたいな考え方。日本人のメンタリティーなんだろうか、と思ったり。

土井:僕は、社会の中で、ことさら被害が強調される時って、危ないんだと思う。とても危険な時だと思う。被害を強調することで、疑問や冷静な判断を覆い被せてしまう。今回のイスラエルのガザ侵攻もイスラエルの人たちには、「カッサムロケット」が被害の象徴だった。ガザの実際(加害)を隠す道具として使われていたように強く感じます。

綿井:『沈黙を破る』の中で、国会でメンバー達が証言するシーンがありますね。「イスラエル人なら、アラブの子どもを思う前にイスラエルの子どもを思いなさい」って。ああいうイスラエルの議員の女性の言葉に返す言葉を持ち合わせている人は中々いない。

そして、あの言葉は全てにあてはまると思いました。日本軍慰安婦問題や強制連行を考える時、「そんな過ぎ去った戦争の事より、今、被害にあっている拉致被害者の気持ちを考えなさい」という。光市母子殺害事件なら「加害者の人権より、被害者の人権を思え」と。

この、どちらかにしか関わっていはいけない論理が恐ろしい。僕は、「なぜ、こういうことが起こってきたのか」を知る努力が大切だと思っています。


映画の中で『沈黙を破る』顧問のエル・ハナン(自爆攻撃で娘を亡くした男性)が、「怒りに任せていていいのか」という問いを発します。これも『沈黙を破る』から突きつけられる言葉の一つです。

日本でも裁判員制度が始まります。死刑廃止についても、日本はまだまだ論議が盛り上がらないままです。結局、綿井さんが言った「どちらかにしか関わってはいけない論理」が登場すれば、両者の話し合いが頓挫してしまう。対話ができなくなる。

私たちは、宅間守が死刑になってすっきりしたのだろうか。光市母子殺人事件も、被告が死刑になれば「ああ、よかった」と腹の底からすっきりできるのだろうか。

先日、心理学の講義で、少年犯罪の見つめ方について触れられた部分を思い出しました。

「最近の少年事件における問題を思うとき、横につながる理由が見当たらないというのが特徴です。貧しいから強盗した、憎いから殺した……、そういった横につながる動機がなく行動化してしまう人たち。彼らは、無意識な理由でそれを起こしてしまっているんです。実際の社会で「プレイ・セラピー」をしているようなもんです。人は、無意識が深ければ深いほど、えげつないもの、残虐なものがある。酒鬼薔薇も、これが良いと断言はできないけど、小学生時代に体育館でも燃して(そのことで、きちんと心理的なやり取りを専門家にしてもらって)いたら、あの事件は防げたんと違うかな、と感じます。社会という場でなく「プレイ・セラピー」でやってこれたらよかったと思うんです。これは、被害者の在ることなので発言も難しいです。ただ、加害者が自分のやったことを引き受けられるようにすることが大切だと思う。無意識の行動化を自分の意識まで上げる。そこで、やっと、その人は本当に自分の罪に苦しむことができる。加害者が罪の苦しみを背負いながら、生涯生きられるようにすることこそ、大事やって思うんです」

大きな問題提起になりました。

『沈黙を破る』は、ホントにいろんなことを考えさせられる映画です。

(文責「土井敏邦 パレスチナ記録の会」Q)

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