Webコラム

2006年夏・パレスチナ取材日記 1

伝えられない封鎖と分断の進行

7月20日(木)

 ほぼ1年ぶりのイスラエル。今回の入国で一つ変化があった。飛行機の中で入国用紙が渡されず、それがなくてもイミグレーションをパスできたことだ。将来、アラブ諸国に入国するための対策として、私はいつもイミグレーションで「パスポートに入国スタンプを押さないように」と要求する。今回もそうだった。つまり私がイスラエルに入ったという書類上の記述はまったくないことになる。取材現場でイスラエル兵にそれを追及されたらどうすればいいだろうと不安になり係官に訊くと、「コンピューターに登録されたから大丈夫」という。ただ入国用紙がないとガザ入りするとき、どこにスタンプを押すのだろう、とまた不安になる。

 今回一番の心配事は、ガザに入るために不可欠なプレスカードの取得だった。日本人ジャーナリストの中には、規定通り日本のイスラエル大使館に推薦状を申請して断わられたり、推薦状を取得できても、それを持って現地のオフィスで申請したがプレスカードの発行を拒否された人もいたという話を聞いていたからだ。しかし幸い、私はすんなり取得できた。同時に申請した他の外国人ジャーナリストたちの中には初めてイスラエルに取材にやってきた者、90年代以来、これまでまったく取材に来ていなかった者もいたが、ほとんど質問されることもなく、プレスカードが発行されていた。「取得が厳しくなった」と聞いていた私は拍子抜けした。
 これはどうもレバノン情勢と関わりがあるようだ。同時に申請する数人のジャーナリストたちは全員、取材先を「ハイファ」と答えた。今イスラエル取材にやってくる多くのジャーナリストたちの目的は、一番ホットなニュースである「ミサイル攻撃を受けるハイファなどイスラエル北部」なのだ。それは当局にとってぜひ伝えてほしい状況だから、カード取得の基準が下げられているのかもしれない。
 理由がどうであれ、私にとって有効期間2ヵ月のプレスカードがすんなり取得できたことは、ガザ入りが可能となったことを意味し、ほっとした。

 現地に長く滞在し、ガザを中心に住民の健康支援活動を続けているJVCの藤屋リカさんと昼食を共にしながら、最近のガザ情勢を聞かせてもらった。
 彼女は現在、ガザ地区の栄養不良の子どもたちへの食料支援活動を行っている。電気と水の不足のために衛生状態が悪く下痢を起こす子どもが増えているという。肉を買う金もなく、幼稚園の給食にも1週間に1度だけ、小さな肉片がつけられる状況だという。今や貴重品のりんごを子どもにあげると、それこそ細い芯だけしか残らなくなるまで食べる。ロバの馬車で街や難民キャンプにやってくるスイカ売りが住民に追い返されたという話も聞いた。これまでスイカはガザの庶民にとっておいしくて安い果物として誰でもが口にでき、とりわけ子どもたちの大好物だった。しかし今はそのスイカさえ買えない状況になり、そのスイカ売りの声を子どもに聞かせたくないから、スイカ売りが近所にやってくるのを妨害したというのだ。

 夜、パレスチナで平和運動をしている日本山妙法寺の堀越上人と夕食を食べながら、最近のヨルダン川西岸の情勢について訊いた。彼は長年、ヨルダン川西岸の現状を調査して回り、分離壁の建設反対運動にも参加している。
彼によれば世界の目がガザやレバノンに向いている間に、分離壁の建設は着々と進み、それに囲まれる住民は孤立そして移動を余儀なくされているという。また分離壁でイスラエル側に取り込まれたパレスチナの土地には「工業団地」の建設が進み、西岸で生活できない住民たちを「安い労働力」として吸収する計画も進められている。さらにヨルダン渓谷ではイスラエルによる支配を固定化するために住民の身分証明書規制が厳しくなり、イスラエル当局による住民追放の動きが始まっている。小泉首相はこういう現実を熟知してイスラエル、ヨルダン、パレスチナによる「ヨルダン渓谷共存案」(?)を打ち出したのだろうか。
まったく世界に報じられることなく、ヨルダン川西岸のパレスチナ地区は分断され生活基盤が破壊され、確実に将来の“パレスチナ国家”の基盤が着々と侵食されている。

 爆撃や銃撃による被害のみが伝えられるが、このようにじわじわと生活の基盤を破壊し、住民の将来への希望と夢を奪っていく“占領”という“構造的な暴力”こそ、現地の人々にはいっそう深刻な脅威なのだ。しかし、それが「地味」で「絵になりにくい」ために、メディアで報じられることはほとんどない。その一方で、センセーショナルな爆撃や銃撃の被害・犠牲のみが報道の中心となる。しかも、ガザでの爆撃や侵攻、銃撃はまだ連日続いていても、イスラエルによるレバノン空爆が拡大すると、より大規模で、船や車で住民の群れが逃避するセンセーショナルなレバノン情勢がメディア報道を独占して「レバノン情勢一色」となり、ガザ情勢の報道は消えていく。
 JVCの藤屋さんが言った。「ガザの住民は、レバノンの住民のように爆撃を避けて隣国へ避難したいのに、封鎖されていて動けないんです。だからレバノンのようにセンセーショナルな映像にならないんでしょうね」

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