Webコラム

2006年夏・パレスチナ取材日記 18

動物の生活

8月7日(月)

私の友人の1人はハンユニスにあるNGO事務所の責任者である。欧米からの援助で運営されるこのNGO事務所には現在、7人の現地スタッフがいる。ガザ地区南部でのイスラエルによる侵攻やパレスチナの内部抗争などの被害の実態を克明に調査・報告し、また海外からの調査団のなどの現地コーディネイトするのが主な仕事だ。かつてイスラエルへ出稼ぎに出ていた多くの労働者が失業し、今春からは公務員給与の未払いが続くガザ地区で、国連UNRWAの現地職員並みか、それ以上の給与を欠かすことなく得ているこのNGOスタッフたちは、現在の平均的なガザ地区住民よりはるかに恵まれた環境にある。
 かつてこの事務所の週6日、朝8時から午後2時までが勤務時間だったが、昨年あたりから仕事時間が午後4時までに延び、その分、週5日制となった。イスラエル軍の侵攻が続くときはその情報収集と整理、本部への報告でかなり忙しくなるが、「平穏」なときは、スタッフたちものんびりしている。仕事の終了時間は午後4時だが、3時を過ぎたあたりから帰宅するスタッフもいる。それぞれ担当の仕事に一応のけりがつけばいいのだろう。それをとがめる空気はない。
 「日本では考えられない」と私は責任者の友人に言った。「日本では朝8時から午後5時までと一応仕事時間は決まっていても、定刻通りに帰宅する勤め人などほとんどいないよ。上司から命じられなくても、仕事を済ますために職場に夜遅くまで残ることは珍しくない。私の連れ合いは教師をしているけど、朝は7時前に出て、夜は8時ごろにならないと帰ってこない。通勤時間を入れても、6時ごろには帰ってきてもおかしくないが、大概7時すぎまで仕事をしている。それでも、職場を出るときは、まだ残って仕事をしている同僚に申しわけない気持ちになると言っているよ。私企業ならもっと厳しいはずだよ」
 私はさらに、日本が戦後の荒廃から急速に立ち直り、その後の目を見張るような経済発展した背景の1つに、このような日本人の“勤勉”、仕事への“プロ意識”があったと友人に言った。
 「そういう日本人の目からすれば、仕事が4時前に終わり、しかも週休2日というのは、考えられない。いくらアラブの文化・風習とは言っても、このようなのんびりした生活スタイルで、『ガザ地区が“中東の香港”になる』なんて夢のまた夢だよ」
 友人はむっとした表情になった。「君が言っているのは、住民が自由にその夢を持ち、それを実現できる環境の整った“普通の国”のことを言っているんだろう。しかしこのガザ地区を見てみろよ。イスラエルの封鎖でと占領で、自由に外との出入りもできない。モノも自由に手に入れたり、外に持ち出すこともできない。海外で勉強したくても出られない。そんな環境にどんな企業が育つというんだ。自分の能力を十分生かせる職場がどこにあるというんだ。どこにそんな意欲や情熱をもてる場があるというんだ。私たちは、まともな産業をもつ機会も奪われ、夢も持ち、それを育んでいくことも許されない大きな“牢獄”のなかで、ただ、食べて、寝て、子どもを育てて、老いていく。これは人間の生活なんかじゃない。俺たちは動物の生活と同じだよ、俺たちは“動物”にされているんだよ」

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