エレズ検問所の通過
8月14日(月)
エレズ検問所に着いたのは、朝9時半前だった。今回もガザ入りした時と同じように、JVCの藤屋さんといっしょである。昨日、ガザ市に来た彼女がエルサレムに帰る車に同乗させてもらうことにした。独りでエレズ検問所を通過にすることに不安があったからだ。大型の旅行カバン、3台のカメラを詰めたカメラバッグ、そしてパソコンや小型映像モニター、編集器、そして今回撮影した20本近いビデオ・テープを入れた小型バックパックと3つの大きな荷物を抱えていた。1ヵ月近い滞在のためには、それなりの生活用品が必要だし、撮影後の映像整理のための機材も必要となるため、どうしてもこれだけの荷物の量になってしまう。さらに、私の人相も問題になるのではという不安もあった。「過激派」イスラム教徒を思わせる髭面、他人をにらみつけるようなきつい目つき(腹が立ったり、緊張するとそうなってしまうのだが)が、イスラエル側の係官に疑惑をもたれやすく、念入りの検査や尋問に相当な時間をとられることになるのではいう心配もあった。
しかし穏やか表情をした日本女性(ある日本人は彼女の表情を「観音様のような顔」と表現した)といっしょだったら、疑われる可能性はぐんと小さくなるはずだ。しかも、短気で苛立ちやすい私でも、話し相手がいたら、少々待たされても持ちこたえられそうな気がしたからだ。
まずパレスチナ側で警官がパスポートをチェックし、氏名とパスポート番号の登録し終わると、私たち以外に通行人のいない閑散とした2,300メートルの回廊を、大きな荷物を引きながら、歩いた。行き止まりはイスラエル側の鉄格子だ。無人のゲートの前で、ひたすら待つしかない。イスラエル側の係官はカメラで私たちの様子を監視している。「待っている間、不審な様子がないか調べているんです。最低10分ほどは待たされるんです」と藤屋さんが言う。もしその事情もわからない短期な私が独りでここにいたら、理不尽にただじっと待たされることにいらだって、鉄柵をたたきながら大声で「開けろ!」と叫び、観察しているイスラエル側の係官に「不審者」と烙印を押されていたかもしれない。藤屋さんとおしゃべりをしながら、気を紛らす。
20分ほど過ぎて、無言のままやっとゲートが遠隔操作で開いた。さらに鉄柵の間を進むと、次のゲート。回転式のゲートで、円を4等分して鉄柵で区切られていて、1人がやっと入れるスペースしかない。3つの大きな荷物をその円の4分の1の中に押しこめることは不可能だ。バックパックは背負えるからいいとしても、大型の旅行カバンだけでもいっぱいになってカメラバックは置き去りにしなければならない。1つを向こう側に渡してもう1つの荷物を取りに回転ドアを反転させようとしても、ドアは反転しない。いろいろやってみてもうまくいかない。焦りと苛立ちで汗が全身から噴出してくる。最後に行きついたのは、回転ドアを半開きにして、その隙間から大型カバンを向こう側に渡し、片方の半開きのドアからカメラバックを入れるという方法だった。今度はうまくいった。回転ドアの中で、大汗をかきながら悪戦苦闘している私の様子をイスラエル人の係官は大笑しながらモニター映像を観ているにちがいない。さらに先へ進むと、同じ回転ドアをもう1つ通過しなければならない。ほんの数十メートルの距離だろうが、私にとって拷問のような長さである。
これは私に限ったことではないはずだ。大きな荷物をもってこの検問所を通らなければならないパレスチナ人たち(ここを通過できるのは特別の許可をもった少数者に限られているが)も同じような目にあわされる。つまり多くの荷物を持って移動しなければならない旅行者たちのことなどまったく配慮されていないのだ。
次は荷物のX線検査、空港で荷物検査をするあの器械である。しかし1度ではすんなりパスはしない。荷物を一度通すと、またそれを押し戻してくる。若い女の声がスピーカーから「荷物の位置や角度を変えなさい」と指示する。横を縦にしてベルトの上に置く。しかしまた押し戻してきて、「位置を変えなさい」と指示する。それを3つの荷物にやるのだから、相当な時間がかかってしまう。やっと終わったかと思った。今度は私自身がカプセルのような場所に入れられる。「両手を挙げて!動かないで!」と指示の声。カプセルのドアが閉まると、その周囲をX線の器械のようなものが1回転する。それで問題がなければ前方のカプセルのドアが開く。やっと向こう側に出たかと思うと、また荷物の位置を変えろと指示する。あわてて、ズボンに付けかけたベルトを持ってカプセルの向こう側に出るバッグの横にして、元の位置に戻ろうとすると、今度はベルトを器械に載せろという。さっきに通過したばかりなのにだ。ベルトは小さいから入り口にゴムの仕切りに引っかかってなかなか先へ進まない。仕切りを手で挙げてやっと中に入れる。そしてカプセルの向こう側にも戻ろうとすると、また止められ、もう一度カプセル検査をするという。モニターで観察していたら、荷物の位置を変えるために2メートルほど戻る間に何を変化はないことはわかっているはずなのに、ベルトを再びX線の器械に戻させたり、カプセル検査を繰り返させる。これは意識をもった人間の操作ではない。人間の顔をした“ロボット機械”の操作だ。もし感情を持った人間のやっている操作なら、嫌がらせか、暇つぶしの遊びだ。
X線器械を通したベルトが出てこない。今度は出口のゴムの仕切りに引っかかってでてこないのだ。危険だが、手でゴムの仕切りを挙げて取り出すしかなかった。
やっと検査を終えてそこを出るとき、遠隔操作をする小さな部屋の横を通った。そこには若い女性兵士2人がいた。私は彼女らをにらみつけた。しかし目が合った女性兵士は、まるでロボットのようにまったく無表情のままだった。