2007年1月8日(月)
日本の社会がこれほど急激に右傾化・保守化していくなかで、1人のジャーナリストとしてパレスチナやイラクなど海外問題ばかり追いかけ、この危機的な日本の状況に手をこまねき看過していていいのか。そういう思いから、「日本ビジュアル・ジャーナリスト協会(JVJA)」の仲間たちと国内で今起こっていることを追うプロジェクトを立ち上げることになった。会員の各々が自分の関心のあるテーマを選ぶのだが、私は、教育現場、とりわけ「日の丸・君が代」の強制に象徴されるような締め付けが強化されている東京都の教育現場を取材したいと思った。しかしこの問題にまったく素人の私は、まずどういう現状なのかを知る必要がある。
東京都内の小学校で教える2人の現職教師に会って話を聞いた。それは大手マスコミ報道からはほとんどうかがい知ることのできない凄まじい教育現場の様子だった。2人から1時間ほど聞いた話の一部は以下のような内容だった。
「東京都の中でも最もひどい状況にあるのは品川区と杉並区です。特に品川区では教育委員会や学校の校長など管理職からの締め付けでノイローゼになるなど精神的に追い込まれ、休職する教師が急増しています。また従軍慰安婦問題など日本の加害責任を否定する『新しい歴史教科書をつくる会』の中学歴史教科書の採用に反対した教職員組合のトップも飛ばされてしまいました。また江戸川区では毎年150人前後の教員が新採用されますが、2004年には新採用2年目の女性教師が自殺しました。その先生は一旦社会に出た後、教職を目指した音楽担当の女性教師で、31歳で3児の母親でした。事の始まりは、新採用教員の宿泊研修でした。研修が終わって夜、10時過ぎ、仲間の教師たち10人ほどとアルコールを飲み交わしながら交流していたことが、担当指導主事に見つかって呼びつけられ、全員正座させられ1時間近く怒鳴られ説教されました。その担当指導主事は、大人の教師たちにまるで中学生の修学旅行なみに『夜10時消燈、アルコールは飲んではいけない、男女同じ部屋に入ってはいけない』といった規則を押し付けようとしたのです。
『罰』はそれだけはすみませんでした。その指導主事はその女性教師が勤務する学校の女性校長に電話し、さらに『反省文』を書かせたんです。一方、赴任以来、続いていたその女性校長による『指導』という権力を盾にした女性教師への“いじめ”はいっそう激しくなりました。校長室に呼びつけ、ドアの鍵を閉めて罵倒することが日常茶飯時に起こっていたんです。職員はその校長室を「おしおき部屋」と呼んでいました。赴任1年目の秋には、校長らの執拗ないじめで精神的に追い込まれて物が食べられなくなり、10キロを近く体重が落ちてしまいました。うつ状態になった女性教師は2004年になってから病院に通い始めました。
4月末、その女性教師が病院から戻ると、机の上に「先生は病気休職します」という校長のプリントが置かれていました。その教師の了解もなく、すでにそのプリントは保護者にまで配られていました。1ヵ月後、教師のご主人が女性校長らに面談したとき、この教師の休職の本質的な原因は、夫婦仲や子どもが多いことなど家庭に問題があると暴言を吐いたというのです。しかしご主人の話によれば、この女性教師は朝7時に家を出て夜10時、11時に帰ってくることが週に2,3回もあり、そうでない日も帰宅は夜8時過ぎだったということでした。指導案を書いたり、学校の仕事が終わらなかったんです。土、日さえ頻繁に職場に行っていたそうです。結局、行き詰ったその女性教師は7月に3児と夫を残して自殺しました。
このような新採用教師に対する教育委員会や校長などによるいじめは他の区でも報告されています。『1年間は条件付の採用、つまり仮採用だから、いつでも辞めさせられる』『温情で採用してやったんだ』といった言葉が校長によって新採用の教師に浴びせられることは日常茶飯事です。このようにして行政、管理職の言う通りの教師を作り上げようとしているんです。
教師は校長ら管理職によってその仕事内容をチェックされ管理されます。学級通信なども学校で出す文書は全部、管理職によって“検閲”を受けなければなりません。教師は『自己申告書』を書かされます。自分が立てた目標の達成度を通信簿のように「5」から「1」まで自己申告するわけです。一方、校長の評価によって昇給の額も決まってきます。さらに保護者などの外部評価も大きな影響を及ぼします。ある教師の授業などに保護者からの苦情が多ければ、校長はその教師を呼びつけ、「どうするんだ?」と詰問し、校長自らその教師の授業観察を行います。だから保護者からの苦情が来ると、「もうクビになるかも」と恐怖にかられます。
教師は授業のプランと目標『週案』を校長に提出しなければなりません。出しているかどうかを教育委員会が調べるのです。『週案』提出が強制されるようになったのは3,4年前からです。しかし授業は“生き物”ですから計画通りにはいきません。子どもが病気になったり、事故が起こることだってあります。しかし教師は臨機応変に自分の裁量で授業するができないのです。
管理職の校長は人事権と昇給の決定権を握り、教師たちを管理しています。その校長を管理するのが行政の教育委員会なのです。東京都全区、または各区で学力テストを行い下位10校の校長には教育委員会から「学力向上プランを出せ」と命じられます。すると校長は、現場の教師に「何をしているんだ。学力を向上にもっと尽力せよ」と圧力をかけるわけです。
東京都で『学校選択制』が採用され、区を越えて自由に学校が選べるようになったため、学力が高く教育環境のいい学校へ生徒が流れ、そうでない学校はどんどん生徒数が減少しています。そのため学校の統廃合が急増しました。
東京都では各区によって学力格差が歴然とあります。例えば新宿区では一般に保護者の生活水準が江戸川区や足立区などより高く、子どもを塾に通わせたり家庭教師を付けたりして学校以外で学力を上げる機会が多い。しかし江戸川区や足立区の学校などではクラスの3分の1の子どもの家庭が生活保護を受けていたり、母子家庭だったりするわけです。だから家庭の生活力や保護者の教育への意識も低くならざるを得ない。しかし東京都は全区での学力テストで区の順序づけをする。当然足立区や江戸川区が最下位にならざるをえないんです。もともと社会・経済の格差がある区の間で、学力の順序づけをすることはあまり意味がありません。それでも各区の教育委員会は学力の低い学校の校長に『何をしているんだ』と圧力を加え、校長は現場の教師たちを『君たちのやり方が悪い』と責めるのです。一方、保護者も担任の教師が悪いと非難する。追い詰められた教師たちは、精神的に追い詰められ、ノイローゼになり、うつ病になってしまうのです。昨年12月に改悪された『教育基本法』は、戦前の教育現場への天皇制の影響や国家の介入の反省から生まれたものでした。しかし国家による教育への介入を禁止した旧基本法の第10条を破棄することによって、教育に行政が介入することを可能にしました。しかし大新聞などはこのような重要な問題を批判もしません」
いま日本は、将来の社会を背負う人材を育てるべき教育現場という国の礎から崩壊し始めている。
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