Webコラム

ヨルダン渓谷JICAプロジェクトへの私見(2)

ヨルダン渓谷JICAプロジェクトへの私見(1)からの続き)

2008年10月22日(水)

【農産業団地プロジェクトとは】

これによって、短期的には今の疲弊したヨルダン渓谷のパレスチナ人農民が経済的に自立の道が開け、住民の就労の機会もできる。一方、ヨルダンを経由することでヨルダンの経済の繁栄にも繋がるというものである。

【私見】

 このJICAの農産業団地プロジェクトについて議論する前に、まずヨルダン渓谷の現状をきちんと把握する必要があります。
 こういう例をあげてみましょう。
 食べ物が十分になく、飢えに苦しんでいる住民がいるとします。その人びとに向かって、「あなたちが飢えている原因は、あなたたちが搾取される今の経済システムが原因です。まずこの経済システムを変えなければ、問題は解決されず、この現状の中で何をしても無駄だから、このシステムを変えるまで待ってください」とあなた方が飢えている人たちを諭すとします。
 その一方で、あくどい隣人が、その飢えた住民に“麻薬入りの食べ物”を目の前に差し出す。
 腹を空かした住民は、その中に麻薬が入っていることはわかっていても、手を出して食べてしまいます。生き延びるために、そうしなければならないのです。
 このようにして住民は麻薬依存症に陥り、隣人が差し出す“麻薬入りの食べ物”を食べないと生きていけない状況に陥ってしまう。
 飢えた住民は、ヨルダン渓谷の農民たち。悪しき経済システムは“占領”。あくどい隣人が“ユダヤ人入植者”。“麻薬入りの食べ物”は“入植地での日雇い労働”です。

“経済システム”が根本原因、つまり“占領”が問題の根源──それはその通りであり、“正論”です。もちろん“占領”からの解放の闘いは続けていかなければなりません。
 しかし飢えて“麻薬入りの食べ物”を食べざるをえない状況に置かれている人たちに、“経済システム”を変えるまで待てと言っているだけでは、説得力はありません。
 もしそう言うなら、同時に、飢えている住民に“麻薬入りの食べ物”に手を出さずにいいように、“麻薬入りでない食べ物”を提供し、その食べ物を住民自らが生産していける手段を指し示さなければなりません。
 そうせずに、経済システムが悪いのだから、と現状を放置すると、住民は“麻薬入りの食べ物”を食べ続けなければならず、麻薬中毒になり、もうそれから抜け出せなくなります。パレスチナ住民の入植地経済への従属化が固定化するのです。それは“占領の固定化”を意味します。
 「占領下でのプロジェクトは、結局、占領を固定化する」と主張して、占領下のヨルダン渓谷に経済的な自立の道を何ひとつ示せないで放置すること自体が、皮肉にも“占領を固定化する”ことにつながりかねないのです。
 私個人は、「農産業団地プロジェクト」が、JICAが目標として説明するように、ほんとうにヨルダン渓谷の農民の経済的な自立の道のひとつになる可能性があるのなら、試みる価値はあると考えています。
 もちろん占領下でのプロジェクトですから、イスラエル側との調整は不可欠です。その「調整」を「占領に加担すること」だと非難するのは、現地の占領の実態を無視した、あまりに短絡的な議論です。

 ただこの「農産業団地プロジェクト」を遂行するには多くの難題があります。JICA現地責任者にインタビューして感じたことは、彼らは“占領の現実”に対する認識が甘すぎることです。イスラエルの「総論賛成、各論反対」という狡猾な交渉術、また自国に不利となれば「セキュリティー」の名目でどんなプロジェクトをも握りつぶす強引なやり方を、十分認識していないのではないか、と感じました。
 JICAはこの壁に必ず突き当たるはずです。準備から数年経っても、その形が見えてこないのは、すでにこの壁にぶちあたり、身動きがとれなくなっているからかも知れません。
 私は近い将来、JICAのこのプロジェクトを批判する側に立つかもしれません。しかしそれは「この農産業団地プロジェクトが占領を固定化すると考えるから」ではありません。私が批判するとすれば、JICAの見通しの甘さ、やり方の拙(まず)さによって当初の目的通りに実施ができず、その結果、このプロジェクトによって入植地で働かなくてもよくなるかもと期待したジフトゥリック村の農民──実際、私がインタビューした20人近い農民はそう期待していました──、住民たちの期待を裏切り、しかも私たちの莫大な税金が無駄に浪費されかねないからです。
 だからといって、このプロジェクトの狙いそのものが間違っているとは思いません。今の私は、これが「占領の固定化につながる」と主張するに足る具体的な根拠・証拠を持ちません。また地元住民が経済的に自立するための、このプロジェクトに代わる代替案を、私は今のところ提示できないでいます。
 地元住民が経済的に自立するプロジェクトを現地で実行するには、NGO・NPOレベルの活動では無理です。大型の予算をつけ、占領当局であるイスラエル国家と「調整」するには、やはり国家レベルのプロジェクトでないと不可能です。

 このJICAの「農産業団地プロジェクト」が「占領の固定化につながる」と主張するなら、その具体的な実例を挙げて、私たちに根拠・証拠を示し教えてください。
 またこのプロジェクトは間違っていると主張するなら、ただ反対するだけでなく、同時に住民が入植地経済への依存を強めていく現状を阻止できる方法を教えてください。

 “占領”に関して言えば、今のパレスチナ・イスラエル情勢を冷静に見て、残念ながら、パレスチナとりわけヨルダン渓谷が近い将来、短期間のうちに“占領”から解放されるとは考えにくいのです。
 唯一、イスラエルに影響力を持つアメリカ政府でさえ、国内のイスラエル・ロビーなどの影響で、イスラエルに決定的な圧力を加えないし、加えることができないのが現実です。
 ましてやアメリカの外交政策に追随してばかりいる日本政府が、政治的に、占領終結のために“決定的な役割”を果せると期待するのはあまりにナイーブ過ぎ、その期待は幻想でしかないと私は考えています。
 そういう意味で「平和と繁栄の回廊」というプロジェクトの命名自体が、日本政府の「ナイーブさ」「幻想」を象徴しているように私には思えます。

 しかしそういう日本政府でも、国家予算レベルでの“金”は出せます。その“金”を有効に利用すれば、現地でのパレスチナ人の経済的な自立のために貢献できるはずです。
 もしJICAのプロジェクトではだめだというなら、その国家予算をもっと有効に利用する代替案をこちら側が示していく必要があります。反対しているだけでは、何も事態は動かないし、現地住民には何のプラスにもならないと私は考えています。

 私たちに今必要なのは、まず現地住民がいま何を必要としているのか見極めることです。そのためには現地NGO関係者の資料や主張に全面的に頼るのではなく、自分たち自身が実際、現場へ出向き、住民の生活実態と声をきちんと取材・調査すべきです。
 そしてその結果を元に、日本人として何をすべきなのか、何ができるのかを議論し、実行していくことです。
 私たちがこうして議論している間も、ヨルダン渓谷住民の入植地経済への従属化、つまり“占領の固定化”は日々、確実に進行しているのです。

次の記事へ

ご意見、ご感想は以下のアドレスまでお願いします。

連絡先:doitoshikuni@mail.goo.ne.jp