Webコラム

日々の雑感 348:
〈ヒロシマ〉を“利用”しているのは被爆者ではなく、「わたしたち」だ

2016年5月26日(木)

 昨日(5月25日)の『朝日新聞』夕刊の社会面に広島の詩人、故・栗原貞子の『ヒロシマというとき』が紹介されている(加害と向き合う原爆詩 栗原貞子の作品が再評価:Yahoo!ニュース版朝日新聞デジタル版)。加害国の最高責任者であるオバマ米大統領の広島訪問を直前にしたこのタイミングに、“日本の被害歴史”のシンボル〈ヒロシマ〉に絡む“日本の加害歴史”を改めて想起させるこの詩を紹介したことの意味は大きい。一昨年夏、「慰安婦」問題報道で徹頭徹尾たたかれ、完全に萎縮してしまった感がある『朝日新聞』にしては久々の快挙だと私は受け止めた(1つだけ不満を言えば、見出しは「〈ヒロシマ〉といえば〈パールハーバー〉」ではなく「〈ヒロシマ〉といえば〈南京虐殺〉」とすべきではなかったか)。
 それはオバマ大統領の広島訪問で、改めて〈ヒロシマ〉によって日本の“被害者”像が強調され、日本の加害の歴史を覆いかくしてしまう今の空気に対する“警告”の意味があると思うからだ。
 ただ一つ、栗原貞子のこの詩について、言うまでもないことをあえて付け加えておきたい。この詩の中で栗原が「〈ヒロシマ〉といえば、〈パールハーバー〉/〈ヒロシマ〉といえば〈南京虐殺〉」と書き、「〈ヒロシマ〉といえば、〈ああ ヒロシマ〉とやさしいこたえがかえって来るためには/わたしたちは/わたしたちの汚れた手をきよめなければならない」と続けるとき、その「わたしたち」とは、誰を指すのだろうか。私は被爆者自身を指しているとは思えない。栗原の代表作の一つ「生ましめんかな」に象徴されるように、栗原自身が被爆者であり、だれよりもその痛みを共有していたからだ。
 被爆から27年後の1972年に栗原がこの詩を世に出したとき、念頭にあった「わたしたち」とは、〈ヒロシマ〉を強調し、ときには“利用”して、意識的にまたは無意識に日本の戦争加害を覆い隠そうとする勢力──それは政財界の権力者・支配者たち、国民一般、そして「平和運動体」の一部──ではなかったか。
 それは〈ヒロシマ〉が「日本の被害歴史」の象徴として強調されるときに、私たちが抱く違和感と共通するはずだ。私たちが「〈ヒロシマ〉を語るときには、日本の加害を忘れてはならないのではないか」と主張するとき、「被害者であった被爆者も、日本の加害をも忘れてはいけない」と言っているのでは決してない。あれだけの被害を受けた当事者たちに、それを求めるのはあまりに残酷だし、あまりにも不遜で傲慢だ。被爆者たちが、自分たちが理不尽に受けたあの被害の実態を語り伝えることは当然だし、そうあるべきだと思う。たしかに広島には、故・沼田鈴子や故・富永初子のように、被害者でありながら、アジアに対する
 加害も認識し、被爆体験と同時に日本の加害性も語ってきた被爆者もいた。しかしそれは例外的な存在で、大半の被爆者たちは自分の被爆体験を語ることで精いっぱいだった。それを誰が非難できよう。
 私たちが「〈ヒロシマ〉の被害性を強調するだけではなく、日本の加害歴史も」というとき、その念頭にあるのは被爆者自身ではない。〈ヒロシマ〉を強調し、ときには“利用”し、日本の加害から目を逸らしてしまいがちな、〈ヒロシマ〉の当事者でもない「わたしたち」である。 30年近く関わってきたパレスチナ・イスラエルの現場でも、同様のことを見てきた。イスラエルのパレスチナに対する加害の現実を指摘されるときに、“ホ
ロコースト”を持ち出して、「あのような悲劇を二度と繰り返さないために闘っているのだ」と反論してくるイスラエル人の多くは、自らもそしてその親族も“ホロコースト”を体験していない人たちだ。彼らは「ユダヤ人同胞の苦難」を自分たちの加害の現実をカモフラージュするために“利用”しているようにさえ見えた。一方で、ガザ住民に2200人の犠牲者、1万人を超える負傷者を出した54日間に及ぶ2014年夏のイスラエルによるガザ攻撃のとき、イスラエル政府に対し「非難声明」を出したのはホロコーストの生存者グループだった。
 「ヒロシマというとき」を読み返しながら、栗原貞子のいう「わたしたち」とは、こういう拙文を書いている、日本国民の一人である私自身のことでもあるのだと改めて思い起こされるのである。

【追記】オバマ大統領の広島訪問に関する私の「雑感」を以下に書きました。
〈日々の雑感 347〉「米大統領の広島訪問」報道への違和感

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