Webコラム

2017年夏・パレスチナから(2)
アミラ・ハスとの再会

2017年7月5日(火)


(写真:アミラ・ハス)

 パレスチナ占領地報道の第一人者として世界に名を知られるイスラエル人ジャーナリスト、アミラ・ハスと半年ぶりに再会した。
 今回の私のパレスチナ取材の主な目的の1つは、9月に日本に招聘(しょうへい)するアミラと、その具体的なスケジュールと講演の内容などについて打ち合わせをすること、そして彼女のドキュメンタリー映画制作のために、占領地での彼女の取材の様子や生活の一部を撮影することだった。

 当初、パレスチナ占領50年(イスラエル側にとって1967年の第3次中東戦争の勝利から50年)の式典などを取材するために、5月下旬に現地入りするつもりだった。しかしアミラから、ギリシャに籠(こも)って次の著書の執筆に専念するため1ヵ月ほど拠点のラマラ市(ヨルダン川西岸の都市でパレスチナ自治政府の所在地)を留守にするという連絡があり、私は彼女の帰国までパレスチナ訪問を延期していた。アミラがラマラに戻ったのは、私がそのラマラに拠点を移した一昨日だった。

 そして昨日、さっそくベツレヘム市へ取材に行くというアミラに同行した。彼女は中古日本車を自ら運転し、独り縦横無尽に西岸地区を動きまわって取材する。アラビア語も流暢なため通訳も必要ない。フロントガラスの前に、ジャーナリストであることを示す「PRESS」「サファフィ」という英語とアラビア語の文字のプラカードが置かれている。
 「占領地でイスラエル人女性の私が独り取材して回ることをみんなから『勇敢だ』だと言われるけど、実はそうではないのよ。私がほんとに自分を『勇敢』だと思うのは、こんなに無謀な運転手の多い西岸で車を運転していることよ」とアミラは笑った。

「もうあれから25年が経ったのね」と、彼女は私たちが最初に出会った頃のことを思い出してつぶやいた。
 1993年9月、当時のラビン・イスラエル首相とアラファトPLO議長(当時)がホワイトハウスで歴史的な握手をした「オスロ合意」。「これでパレスチナ問題は解決し、平和になる」と世界中が沸き立った。しかし第一次インティファーダ(民衆蜂起)の直前、1年半に渡って西岸の民家を拠点に占領地全域を取材して回り、“イスラエルの占領”の実態を肌で知った私は、両首脳の握手ぐらいで問題が解決するとは思えなかった。「オスロ合意で占領地のパレスチナ人にほんとうの平和が訪れるのか」を確かめるために、私は「合意」から1か月後、ガザ地区に入った。私が選んだ手段は、第一次インティファーダの発祥の地であり、占領への抵抗の拠点だったガザ最大の難民キャンプ「ジャバリア」のある家族の元に住み込んで、家族とその周辺社会を取材することだった。その後、断続的に6年間この家族と周辺を追った記録は、ドキュメンタリー映画『届かぬ声』4部作の第一部『ガザ』として結実した。
 ちょうどその頃、アミラは私と同じように「オスロ合意が真の平和をもたらすのか」を取材するために、イスラエルの有力紙『ハアレツ』の「占領地特派員」としてガザ市内の民家に取材の拠点を置き、取材を開始したばかりだった。当時、アラビア語が話せなかった彼女がコーディネーター兼通訳として雇ったのが、私が住み込んだ家族の長男だった。まさに偶然の出会いである。

 その後、ガザ地区や西岸地区(1997年以降)からのアミラ・ハスの足で稼いだ詳細な現地報道と鋭い分析記事は英訳され、世界に知られて高い評価を得るようになった。さまざまな国際的なジャーナリスト賞や平和賞も受賞している。今や世界中でパレスチナ・イスラエル問題に関心を持ち関わっている者なら、彼女の名前を知らない人はいないだろう。

 占領地報道の第一人者であるアミラ・ハスのジャーナリスト人生は、この25年間、順風満帆だったに違いないと私は思い込んでいた。しかし実はそうではなかったことを、ベツレヘムまでの2時間近い移動中の車中で、私は初めてアミラから教えられた。
 オスロ合意以後のガザ地区を現地で取材し続けたアミラは、この合意がパレスチナ人にとって真の平和とはほど遠い状況をもたらしていることを『ハアレツ』紙に書き送り続けた。しかし「オスロ合意は和平をもたらすはず」と信じ込み報道方針としていた『ハアレツ』紙の幹部たちはアミラの記事を信用しようとはせず、彼女を冷遇した。高まっていく国際的なアミラへの評価も社内での評価や立場の確立にはほとんど役には立たなかった。やがて当時の編集長との確執が決定的となり、一時、アミラは『ハアレツ』紙を解雇されている。彼女が再び『ハアレツ』紙で活躍し始めたのは、彼女の才能を高く評価する新編集長が就任して以後のことである。
「今では、『オスロ合意が崩壊することを当初から予見したジャーナリスト』として、社内でも評価されるようになり、割と自由に動けるようになったの。だから日本へは1ヵ月の休暇を取って行くつもりよ」
 今回のギリシャ滞在も「休暇」のはずだった。しかしその間も、アミラの記事が『ハアレツ』紙に掲載されて続けていた。「ギリシャにいたはずなのに、どうして記事が書けたのか」と問う私に、長く現地で取材してきたから、事情や基礎的な知識があるからよ。それにギリシャから現地の知人や友人たち、関係者たちに電話インタビューすることもできるし」という。
 最近のアミラの記事の中でも、「さすがアミラ!」と唸った記事がある。それは今、世界の注目を集めているガザ地区の深刻な電力不足の問題だ。アミラは、6月26日に「ガザ電力危機にはパレスチナ側にも責任がある」というコラムを『ハアレツ』紙に発表した(haaretz.com: Opinion Palestinians Also to Blame for Gaza Electricity Crisis)。
 それは、イスラエルだけではなく、住民を犠牲にして権力争いに明け暮れるハマスとPA(アッバス議長が率いるパレスチナ自治政府)にも重大な責任があること。西岸のパレスチナ人住民が、このガザの電力危機に対してガザ攻撃の時のような抗議のデモも起こらないほど無関心であること。またハマスは武力増強のために金を使うのではなく、住民の生活を改善するためにこそ使うべきだと鋭く指摘している。現地を知らない他のイスラエル人ジャーナリストはもちろん、パレスチナ人ジャーナリストも弾圧を恐れてか、それとも気づいていないのか、その点をまったく指摘しない。アミラはその重大な視点を鋭く突き付けている。
「私はずっと以前から占領地の電力の問題を追ってきて、たくさんの記事を書いてきたけど、掲載できなかったの。しかしそれを掲載するタイミングが今来たのよ」
(続く)

(追記)
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