Webコラム

日々の雑感 419:
演劇「占領の囚人たち」の衝撃

2023年3月25日

 私は34年間、ジャーナリストとしてパレスチナに通い続け、“占領”を伝え続けてきた。「パレスチナのこと、占領のことは知っている」という自負もあった。
 しかしそんな私の思い上がりは、演劇「占領の囚人たち」に叩き潰された。私はパレスチナ人のひりひりする“深い痛み”を心底わかっていなかったし、伝えてもこなかったのだ。
 もちろん占領に抵抗するパレスチナ人、自由を求めたパレスチナ人、またそう疑われたパレスチナたちがイスラエル当局に拘束され、ひどい拷問を受け、屈辱的な仕打ちを受けていることは、出獄した何人もの元囚人たちへのインタビューを通していくらか知っているつもりだった。

 では、演劇「占領の囚人たち」で受けた衝撃は何なんだ!刑務所内での激しい尋問、拷問、人間の精神を破壊する狭い独房・・・その生々しい光景が、目の前に突きつけられる。居たたまれなくなる。目と耳を塞ぎたくなる。でもこれが、この瞬間もイスラエルの刑務所で起こっている現実なのだ。私が通った34年間もずっと続いてきた現実なのだ。しかし私はこの現実をこれほどリアルに知らなかった。いや、知ろうとしてこなかった。

 たしかに原作者エイナット・ヴァイツマンが言うように、「刑務所は占領の装置の一つ」にすぎないのかもしれない。他にも伝えなければならない「占領の装置」は山ほどある。私はそのほんの一部だが、伝えてきたという自負はある。
 しかし「34年現場に通い、パレスチナを知っているつもり」だった私が、これほど衝撃を受ける、こんな“占領の伝え方”があったのだ。

 私はこれほど“演劇の力”に圧倒されたことはなかった気がする。本でも映画でもない。生身の人間が当事者たちに成り切り、全身全霊で表現する姿を10メートルほどの距離で目の当たりするその迫力。私たちは否が応でも、その“現場”に立ち会わせられる。これが“演劇の力”なのだ。

 100席ほどの劇場は満席だった。「遠いパレスチナ」をテーマにした演劇で、しかも平日の午後にもかかわらずだ。なぜこれほど観客が集まるのだろう。
 昨年秋以来、全国で劇場公開している私のドキュメンタリー映画「愛国の告白―沈黙を破る・Part2―」では観客が思うように集まらず、「遠いパレスチナの映画だから」と言い逃れしていたが、そんな言い訳は通用しないことをこの演劇に思い知らされる。「やはり“質”の差なのか」とまた落ち込む。

 俳優の鍛冶直人さん、松田裕司さん、西山聖了さん、そして一人芝居を演じた森尾舞さんの迫真の演技は圧巻だった。演劇界に疎い私は初めて名前を聞く俳優たちだったが、パレスチナ人、イスラエル人の当事者に成り切っている。私は、その日本人の俳優たちに、はっきりと“パレスチナ人”“イスラエル人”を見た。彼らは実際にパレスチナに行き、現場の空気を吸い、当事者たち声を実際に聞いたという。役に成り切るために全身全霊を懸けたその真摯さ、情熱、そしてプロ意識に心を揺さぶられた。

 パレスチナ人俳優、カーメル・バーシャーさんの存在感は言うまでにない。彼の存在と声がこの演劇により深いリアリティを与えている。
 そして狭い舞台で次々の違った場面を展開させ、深淵な“パレスチナの現場”を再現してみせた若い女性演出家、生田みゆきさんの天才的な才能に私は唸った。
 一方、アラビア語の翻訳・通訳で活躍した渡辺真帆さんら、この演劇を支えたスタッフの下支えがあって成立した見事な演劇である。

 私は、映画「愛国の告白―沈黙を破る・Part2―」を“卒業作品”に、34年関わった“パレスチナ”から卒業しようと考えていた。しかしこの演劇「占領の囚人たち」に、「『卒業してもいい』と思えるほどのことを、お前は伝えてきたのか?」と問いただされた気がする。

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