→『ルポ 貧困大国アメリカ』に映し出される日本社会(1) (2) (3)
2008年5月30日(金)
第4章「出口をふさがれる若者たち」の続きを紹介していく。
「学費免除」、「医療保険」と並んでもう1つ、若者たちの主要な入隊希望理由になっているのが「市民権の取得」である。9・11以後、非常に困難になった市民権の取得を“餌”に、非アメリカ人の移民の若者たちを軍に引き入れていこうというのだ。約75万人もの不法移民という「宝の山」から、毎年約8000人が市民権取得と引き換えに入隊していくという。そういえば、3月下旬、横須賀で起きたタクシー運転手殺害事件の犯人の米兵も、「市民権の取得」のために入隊した若者だった。
ある軍事アナリストによれば、彼らは他の新兵より「良質な人材」になるだろうという。「教育」と「市民権」という、彼らにとってのどから手が出るほど欲しいものを差し出すこの国のために「素晴らしい愛国心と忍耐力を発揮」するからだというのだ。
やっと大学に入学できた現役の学生たちも深刻な状況に追い込まれる。「学資ローン」の借金地獄である。政府の新自由主義政策による教育予算の大幅な削減、学資ローンの貸し出し機関の急速な民営化が進んだ結果、政府が保証人の役割を果たし教育予算から利子が供給されることによって、「学資ローン」は金融機関の「ドル箱」になっている。しかしその結果、学資ローンを利用した大学生の卒業時の借金額は2万7600ドル(約290万円)、修士・博士では11万6000ドル(約1200万円)にもなる(教育省のデータ)。そんな学生たちは卒業し就職できても、病気にもなれない。病欠したら職を失いかねず、そうなれば、生活費とローン返済の重圧に押しつぶされてしまうからだ。2004年5月、ある米紙の調査では「卒業する大学生の多くが、一番怖いものはテロではなく、借金または就職が見つからないことだ」という。
全米の学生33%が学資ローンの受給者であると同時にクレジットカード返済滞納者だといわれる。カードで学費だけではなく、文房具や食事、教科書の購入まで済ませている。そのため学生たちは多くのカード借金額を抱えることになる。一方、ブッシュ政権下で連邦奨学金制度の受給資格枠を縮めたため、全米で10万人が受給資格を失い、120万人が需給額をカットされ、さらに学生支援計画予算も大幅に削減された。
このような状況で25歳以下の若者たちの自己破産数は、1990年代で51%増加し、また破産申請が1991年の約61万人から、99年には約111万人に急増した。
そんな学生たちにとって、「入隊すると大学費用を負担する」という軍の勧誘文句は非常に魅力的である。本書には、「入隊すれば学資ローンの心配がなくなるだけじゃない、あなたは他の兵士たちとは違い、初めからすごいチャンスを手にすることになる」という誘いに応じて州兵となったある学生が、入隊直後にバクダッドに派兵された例が紹介されている。
【America's Army 宣伝ビデオ】(約1分)
アメリカ政府が新兵獲得戦略として力を入れているのが、「アメリカズ・アーミー(America's Army)」と呼ばれるオンライン・ゲームだ。インターネットから無料でダウンロードでき、高校の生徒たちでこのゲームをやっていないと仲間外れにされるほど、人気が高いという。
最新式の武器に正義と悪がはっきりわかるキャラクター・デザイン、加えて主人公は常にアメリカ国旗がついた米軍の軍服に身を包み、他の兵士たちと連携してアメリカを守るために力を合わせるストーリー展開だ。その結果、プレイヤーはゲームを終えた後、不思議な連帯意識と、正義のために武器を手に戦ったという達成感を感じてしまい、ゲームを終えると自然と同じことを現実世界でもやりたくなる。さらに登録されたユーザー情報はすべて軍に送られ、メール・アドレスやどこのパソコンから登録されたかの位置情報まで把握できる仕組みになっているというのである。
「このゲームをするようになってから、共通の話題を持つ友人が増えた」「高校1年から3年間みっちりやって、夜ベッドに入って目を閉じると、今度は夢の中で戦闘が始まるほどでした」という体験した若者たちの言葉に、その「効果」のほどがうかがえる。彼によれば、彼もゲーム仲間の同級生たちも皆、すでに卒業後の進路は軍へ入隊すると決めているという。陸軍が開発費用に440万ドルをかけ、その後も毎年150万ドルの新バージョン開発費用をかける“見返り”は十分過ぎるぐらいあるのだ。
これほど「効果的」に、ゲームで「マインド・コントロール」して「好戦的かつ愛国的」な若者たち造り出していく手法が、日本の防衛省によっても取り入れられる日はそれほど遠くないのかもしれない。
貧困から抜け出そうと入隊する若者たち。しかし、その願いはなかなか叶えられない。軍での給与も、生命保険や軍服代、学費の前金などさまざまな諸費用が天引きされ、手元にはほとんど残らない。さらに深刻なのは、除隊後、本国に帰っても、不安症や不眠症、統合失調症に過度の攻撃性などのPTSDが原因で、多くの兵士は家族が離散し、まともな職に就けないままホームレスになるという現実だ。とりわけその要因の象徴的な1つが、イラクに駐留している兵士たちの精神障害だ。「無抵抗な一般市民を殺害したおぞましい経験や24時間、敵がどこにいるかわからない緊張感にさらされた精神的なダメージ、良心の呵責、大義のない戦争に加担しているというストレスが、兵士たちの心を壊していく」と著者は書く。兵士の6人に1人が深刻な精神障害を抱えており、その数字はすぐに3人に1人という割合になるだろうと予測されているという。
「アメリカ帰還兵ホームレスセンター」のデータでは、2007年現在、アメリカ国内の350万人を超えるホームレスのうち、3人に1人は帰還兵であるが、退役軍人協会のサービスを受けられるのはその2割に過ぎず、残りは何のケアも受けられず放置されている。その結果、帰還兵の多くが重度の薬物やアルコール依存に陥り、駐留期間中及び帰国後の自殺率は上がっている。2007年8月の時点でイラクにおける米兵の死者数は3666人、うち5%にあたる188人が自殺しているというのだ。
このように「若者たちの出口をふさぐ」現状を生み出しているのはアメリカ政府のやり方だという帰還兵センターのスタッフの指摘を著者は記している。
「社会保障費を削減し、大企業を優遇するという政府のやり方は、セイフティネットがない中で教育や雇用の場所を奪われた若者たちに将来への希望を失わせます。今私のところに相談に来る帰還兵たちの大半が、新自由主義政策の犠牲になった若者たちのなれの果てです。帰還兵の自殺率と犯罪率の高さと、生活保護にかかる費用を考えたら、国が教育に金をかけ、若者の『自己承認』や仕事の『技能』を伸ばしてやり、企業が雇用しやすいい人材を育てる方が余程理にかなった投資ですよ」
そして著者はアメリカのこの現状を日本の現状に照射し、こう指摘している。
「日本でも昨今問題になっている『貧困と教育格差』が、国が国内の何に対し未来への投資を行うのかという問いと同義語であることを、アメリカの若者たちを追いつめてゆくこの流れが象徴している」
さらにこの章の最後に著者は、現在のアメリカの若者たちが抱える根源的な問題と“解決への道”を先の帰還兵センターのスタッフに語らせている。それは、まさにそのまま、現在の日本の若者たちが抱える問題であり、またその“根本的な解決”の方向を提示するものである。
「仕事の意味とは、ただ生活費を稼ぐ手段だけではないのです。若者たちが誇りをもって、社会の役に立っているという充実感を感じながら自己承認を得て堂々と生きられる、それが働くことの意味であり、『教育』とはそのために国が与えられる最高の宝ではないでしょうか? 将来に希望をもてる若者を育ててゆくことで、国は初めて豊かになっていくのです。学びたいという純粋な欲求が、戦争に行くことと引きかえにされるのは、間違いです」
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