2012年1月21日 東京:オーディトリウム渋谷
ゲスト:根岸季衣(ねぎし としえ)さん(女優)
土井:根岸さんご自身の生き方を、ほんとうはもっと時間をかけて伺いたかったんですけど、実は今日根岸さんが詩の朗読を生でやってくださるというので、ちょっとそのための時間を残しておきたいと思ったものですから。これは根岸さんからご紹介いただけますか。
根岸:きっかけはですね、3.11以降に土井さんの奥様の幸美さんからメールをもらいました。兵庫県の教育委員会が阪神大震災のあとに子ども達のための心のケアという、教育委員会が作った文があるのだけれど、いかんせん、教育委員会が作ったのでとても言葉が硬い。でも、内容は子ども達をケアする10項目がとても素晴らしいので、なんとかこれを広められないかというようなメールをいただきました。
そこで、「非戦を選ぶ演劇人の会」で一緒にやっています篠原久美子という劇作家に、これを詩にしてくれないかと頼みました。そして、ブルースバンドも自分でやっているので、バンドのメンバーにこの詩に合うようなBGM 、本当は歌に出来ないかなと思ったんですけれど、やはり歌になると内容がどうしても凝縮されてしまいすぎて全部が載らなかったので、この詩のままバックに流れる曲ができないかということで、キーボードがちょうど自分の持ってた曲を提出してくれました。その時期に3.11直後だったので被災地に飛ぶというディスクジョッキーの人がいて、その人のスタジオを借りて、その時にその詩を私が録音してBGMを入れて編集しました。それを被災地に持っていってもらって、被災地のいろいろな小さなローカル局、FM局にCDで届けてくれました。
そういう経緯があって、それを今回、幸美さんから、『“私”を生きる』の劇場公開にあたって、被災地への支援のかたちとしてCDでカンパ金をいただいて、何か活かせないかという提案があったんです。今日そのCDを幸美さんが焼いて持ってきてくれていますので、聴いていただいて、「いい言葉だな、ちょっと買ってそれをカンパにあてて、福島に送られるのならば」と思う方がいらっしゃったら、ぜひご協力ください。このトークの後、外でサインひとつもさせていただきたいと思っていますので、よろしくお願いいたします。
~朗読~
「子どもの話を聴くときは」─兵庫県教育委員会防災マニュアルに基づいて─
文・篠原久美子子どもの声を聴くときは、教えてもらう気持ちでね
一生懸命、耳傾けて、教えもらおう、子どもの世界
子どもの世界の扉はね、内側からしか開かないの
信じるおとなに向かってね子どもの話を聴くときは、じっくり、ゆっくり、ゆったりね
言おうと思うと時間切れ、中途半端は苦しいよ
子どものつらさと言葉はね、外に出るまで時間がいるの
待ってる時間も、聴いてる時間子どもの話を聴くときは、「聴いてるサイン」を伝えてね
あいづちうって、うなづいて、子どもの言葉を繰り返し
不安な気持ちの子どもはね、小さな合図で安心するの
「ぼくを分かってくれてるな」って子どもの話を聴くときは、途中で止めたりしないでね
批判をしたりまとめたり、言い聞かせないでただ聴いて
おとなが口を開くとね、子どもの口が閉じてくよ
知りたいのなら、耳、開こう子どもの話を聴くときは、瞳のサインをみていてね
子どもはたいていおとなのね、目なんか見ては話せない
それでも分かってほしいとき、瞳で合図を送ってる
見逃さないで、みていてね子どもの話を聴くときは、顔の高さを合わせてね
上から見下ろされるとね、だれでもちょっと堅くなる
視線の低い子どもにね、しゃがんで視点を合わせてね
子どもが話しやすいから子どもの話に答えるときは、声の調子を同じにね
大きな声や高い声、おとなのいらいら伝わるよ
子どもは意味を知らなくてもね、声で気持ちが分かるんだ
言葉が出にくくなっちゃうよ子どもの不安を聴くときは、子どもの気持ちを感じてね
「なぜ?」「どうして?」が、問いつめに感じてしまうとき、あるの
子どもの心配、不安はね、「不安なの?」って繰り返してね
答えは、一緒に考えて子どもの不安を聴くときは、すぐに原因、決めないで
「地震のせいだ」「性格だ」、決めてもそれは答えじゃないの
子どもを取り巻く世界もね、子どもの心も単純じゃない
広く大きな視野で見て子どもの悩みを聴くときは、子どもの力を信じてね
しっかり聴いて、じっくり支え、色んな見かたのアドバイス
だけど最後は子どもがね、子ども自身で解決するの
おとなが信じた子どもはね、乗り越えられるよ、大丈夫
土井:根岸さんご自身もお子さんをお育てになって、どうですか、この詩をお読みになって。
根岸:ちょうど上の子が中学に上がって、下の子が小学校5年の時に主人を亡くしました。再婚しましたけども。私、正直申しまして、その時、自分の事と仕事のことで目一杯だったんですね。自分なりに精一杯、父親の分もやったつもりでいましたけども、(この詩を読んで)ちょっと痛かったですね。本当に余裕がなかったなぁと。結局は、大人の余裕が子どもにそのまま反映されるものだし、一つ一つがすごく自分にとって痛い言葉なんです。もっとこうすればよかったと。
そうして、これは子どもに対してだけじゃなくて、自分より弱い人、それがお年寄りであったり、自分が世話する人、守ってあげなきゃいけない人に対しての全部の困難に通じることだと本当に思うんですよね。だから本当に良い詩に出会わせていただいたなと思っています。
トークの時間はまだ5分あります。根岸さんの女優としての生き方と、今日出てきた3人の方の生き方。つまり「私を生きる」ということは色んな意味で戦わなくてはならない、世間の偏見、それから根岸さんご自身の中でどうですかこの3人の生き方と自分と共通するところって。
根岸:本当に敬意を表したいと思います。今の時期に本当に腹立たしいことがあまりに多くて、でもそういうことに全部取りかかるということは活動家になるということで、それは私が表現したいことと一致する場合もあるし、ずれてる場合もある。そうしたら、表現者として何ができるのか、何を人の前で見せていくのか、だと思います。
幸いなことに、ちょうど3.11の震災の時にもやっていた舞台が『シングルマザーズ』という永井愛さんの脚本の舞台で、本当に苦しいところで頑張っているシングルマザーたちの実際のたたかいから題材を得た芝居だったので、それがそのまま福島で支えあう人たちに共通するような、そういう思いをもって舞台ができました。また実際に被災地にチャリティー公演にも行けて、避難所の方々にも観ていただけたりしたので、すごく自分の仕事ともリンクすることができて有難かったですね。
今度の『パーマ屋スミレ』もそうやって昔の三池炭鉱の話から今の原発を自分の中で感じることができる、感じたものをみなさんに舞台の上から届けられるという仕事をしていくことが、とても矛盾を感じる時もありつつ、やはり自分の中で試行錯誤しながらこれからもやっていきたいなと思っています。
土井:先ほど山本太郎さんの話もしましたけれど、どうですか。たとえば大震災の問題、パレスチナ問題にしても、こういう社会問題、国際問題と関わることと自分の演劇人としての仕事というのをどういうふうに自分の中で結びつけていらっしゃるんですか?
根岸:演劇人としてというよりまず人間として、私は子どもを持ったとき、一番社会とつながった気がするんですよね。やはり実際に守りたいものができた時に、すごく社会とは切り離せない。いくら“表現者”といっても、表現の世界だけにいるわけではなくて、やはり私たちは“社会人”として生きている。だから演劇人としてというよりも、誰でも同じ、みな生きてる世界があって、そこで腹を立てなきゃいけないところは腹を立てなきゃいけないし、そういう面ではちょっと能天気なのかも知れません。土井さんが懸念してくださっているよりも能天気に、言いたいことを結構言ってきている気はしますね。ちょっとすみません。屈折が足らないというか……
土井:先ほど僕が舞台裏で聞いていた、この舞台ですね…
根岸:『パーマ屋スミレ』。
土井:ええ。三池のCO(一酸化炭素)患者の方と、今の原発の被災者の方の接点についてお話になっていましたけれど、ちょっともう少し話をしていただけますか?
根岸:私もそういう闘争があったのは漠然と知っているだけで、これを機会にちょうど歴史をひも解くような、台本読みの前にそういうことをし、裁判の過程とかを見ていると、まず、除染したから戻れと言ったって、そんな若い子は戻れないでしょうというのと同じで、一酸化炭素中毒はもう治っているから早く仕事に復帰しろといって、全く同じようなことをしているんですよね。本当は灰塵とかをちゃんと掃除しなきゃ行けないのをしてなかったから起きた爆発なんだけども、そうじゃないというまったく違う学説をもってきて、学者の方の意見をとったりとか、ちゃんと理由まで調べた方は抹殺されるような過程が全部書いてある本があって、闘争史などを見ているとまったく今と同じだ、くり返されるんだな、と思いました。だからやはり、いつもそういう意味では弱い方の立場がわかる人間でいたいよな、と本当にしみじみ思いますね。
土井:『パーマ屋スミレ』はいつからですか?
根岸:3月5日から新国立劇場(小劇場)です。
土井:チラシもありますのでぜひ持って帰ってください。ちょっと時間オーバーしましたかね。まぁ今日はいいでしょう。
(兵庫県教育委員会 防災マニュアルに基づいて)
文:篠原久美子
朗読:根岸季衣
キーボード:浜浦巌
協力:佐々木健二
企画:土井敏邦パレスチナ記録の会、すぺーす・どい
根岸季衣さんが出演する舞台
『パーマ屋スミレ』
2008年に、日韓合同公演『焼肉ドラゴン』の作・演出を担当し、その年の話題をさらい、数多くの演劇賞を受賞した鄭義信。
朝鮮戦争が始まった1950年代を描いた『たとえば野に咲く花のように』、万博が開催され、高度経済成長に踊る1970年前後のある在日コリアン家族を描いた『焼肉ドラゴン』。
『パーマ屋スミレ』は、前二作のちょうど真ん中、1960年中頃、九州のある炭鉱町で、在日コリアンの美容師と再婚した炭坑夫を中心に、30年に渡る炭鉱事故の訴訟について、生活を守るための必死の戦いを描く、鄭義信渾身の新作書き下ろし演出作品。
作・演出:鄭義信
出演:南果歩/根岸季衣/久保酎吉/森下能幸/青山達三/松重豊
酒向芳/星野園美/森田甘路/長本批呂士/朴勝哲/石橋徹郎
2012年3月5日から25日 新国立劇場(小劇場)
詳しくはこちら→新国立劇場:パーマ屋スミレ
【関連サイト】
根岸季衣さん オフィシャルサイト
非戦を選ぶ演劇人の会
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