Webコラム

ルポ「絶望の街─ガザ攻撃から15ヵ月後─」(6)

(2016年2月27日公開)


写真・ハマス政権が誕生する前の住民の支持・ガザ市内のデモ/2003年3月・土井撮影

ハマス内部からの告白(後編)

Q・ハマスは住民のことよりも、自らの権力維持を優先しているという批判がありますが?

 「人は物質的な要素よりも、精神的な要素に支配されます。ハマスが責務を果たしていれば、誰も屈辱や惨めさを感じなかったでしょう。戦後 ハマスは住民の士気を高める運動を継続して行うべきでした。住民の側に立ち、住民のために精神的な支援だけでもすべきでした。できれば経済的な支援もです。しかし戦後 ハマスは住民の支援を海外の国々や組織に委ねてしまいました。精神的にも、住民の側に寄り添い続けてこなかった。これはハマスの過ちです。この過ちが住民の屈辱と失望を生み出しました。
 ハマスはこの点で欠陥があり、罪があります。精神的に住民に寄り添わなかったのです。指導者が被害家族のテントを訪ね要望を聞いていたら、反発はなかったでしょう。
 この点でハマスが役割を果たせなかったのです」

Q・ハマス政府の過失を認めるんですね?

 「たくさん過失を犯しました」

Q・なぜ変えられないんですか?

 「私のような者はたくさんいます。しかし権力や影響力を持ち、発言力のある指導層の前で無力なのです」

Q・ハマスの過ちに声を上げることができない人たちが、ハマスを変えるために、さらに過激になっていくことはないですか?

 「イスラエルがそれを許さないでしょう」

Q・どういうことですか?

 「毎年のように戦争があるからです。イスラエルによる抑圧や殺戮が住民をハマスの下に集結させるのです」

Q・ハマスに対する不満はあっても?

 「そうです。敵の存在が 住民を団結させるのです」

Q・イスラエルがハマスを団結させ強化しているということですか?

 「そうです。イスラエルが意図せずにです。例えば 私と兄は1つの家族です。でも考えは違います。しかし敵が攻撃してきたら、その敵に立ち向かうために、私と兄は団結します。私たちの違いが表面化すると、外敵が来て私たちを団結させるのです」

Q・では戦争が終わったら?

 「イスラエルは住民にハマスに対し反乱を起こす機会を与えません。住民が目覚め、反乱を起こそうとすると、また戦争が起こります。だから誰も反乱を起こすことはできません。なぜなら 敵イスラエルを利することになるからです。だからインティファーダの下に団結するんです。敵は住民に反乱の機会を与えないのです」

Q・なぜハマス政府とPAは統一できないのですか?

 「利権です。PA、ファタハの利権はイスラエル占領当局の利権とつながっています。イスラエルと闘う抵抗組織と彼らとは統一することはできないのです」

Q・今の分裂状態ではパレスチナ人はイスラエルに対抗できない。弱いパレスチナが分裂によってさらに弱くなるのでは? どうやってイスラエルに対抗できるんですか?

 「前回の戦争では ガザの人々はファタハやハマスなどすべての政治勢力はハマスを好き嫌いに限らず、全て抵抗勢力側に立ちました。戦争になれば、全員が団結します。
 西岸で戦争になれば西岸のファタハはハマス側に立ちます。インティファーダや戦争はあらゆる組織や人々を団結させます。分裂は政治レベルや権力者の間だけのことです」

ガザにISが出現する可能性は?

 ハマスへの失望と怒りが高まるガザ地区に、近い将来、ハマスに代わる勢力が台頭するのではないかと予想する声がある。実際、日本のメディアの中にはIS(イスラム国)が出現しつつあるという報道まであった。実際、その可能性はあるのか。
 先のパイオニア社幹部のワリードは、「ガザにはISは存在しない」と断言した。
 「ハマスが強力だからです。ハマスはISがガザで活動することを許しません。ハマスはガザを自分たちだけで支配したいと考えていて、他の組織が支配に加わることを嫌います」
 財政難で公務員でさえ十分な給与が支払えない状況の中で、不満を抱く者たちがISに加わりハマスに反抗する動きが出る可能性についても、「公務員が定期的に給与をもらえていないことは確かだが、それが反ハマスになっていかないだろう」とワリードは言う。

 2014年夏ガザ攻撃で最も被害が大きかった地域の1つフザー村の住民、大学教授で弁護士のラマダン・クダイ(59歳)も、「ガザ地区にはISは存在しない」ときっぱり否定した。ガザ住民は、残忍な行動をとるISに対して「イスラムの教えに反し、イスラムの名を汚している」と激しい嫌悪感があるという。
 ラマダンは戦争中のハマスの言動を公に批判したためにハマス・メンバーに連行され、脚の骨を折られる迫害を受けた。そんな彼も「ハマスはパレスチナ人の一部、その社会構造の一部です」と言う。しかしこのままハマスのガザ支配が続く可能性については否定的だ。
 「不可能です。ガザは"火山"です。いつ爆発してもおかしくない。住民は抑圧の下で生きていますから。イスラエルの占領は37年間続きました。パレスチナ自治政府は1994年から207年まで支配しました。しかしいずれもガザから撤退しました。その後 ハマスが支配したが、いずれ撤退します」
 「しかし私は警告します。ここで虐殺が起こります。ハマスのガザ支配の終結は決して平和裡ではなく 流血を伴います。なぜならハマスは政権を手放さない。民主的な形では撤退しないからです」
 ではハマス後に、だれがガザを支配するだろうかという私の問いに、ラマダンは「イスラム勢力です。ハマスよりさらに過激な勢力です。イスラム勢力間の争いは他よりさらに暴力的です。今日までイスラムの歴史上のすべての闘争はイスラム勢力間の争いです」と答えた。

 ハマス・メンバー自身は、ISのガザへの進出の可能性をどう見ているのだろうか。先のアリ・ハッサンは私のインタビューの中でこう答えた。

Q・IS〔イスラム国〕や支持勢力がガザで台頭し 勢力を拡大する可能性はあるだろうか?

 「ISはいつガザに出現したんですか? ISが出現する前にガザにはイスラム過激派が存在しました。ラファ市で6年前(2009年)にアブドルラティーフ・ムーサ師が『イスラム首長国』を宣言したとき、ハマスはすぐその動きを力で阻止しました。世界中同じように、過激派はISが出現する前からガザにも存在したのです」
 「ハマスを去った者は 過激で不道徳な行為をする者たちで、後に過激な思想に染まったのです。彼らは道徳的に歪み、ハマスを去ったのです。だから『ハマスの行動や腐敗のために、ガザにISが生まれる』というのは事実ではありません。そもそもISはガザにはいません。ハマスを去った者たちが、シリアに渡りISに加わったらしいです」

Q・確かにハマスは強力で 外からISが入ってきて、ハマスに対抗することはできないかも知れない。しかし問題はハマス内部の不満です。ハマスのメンバーさえ 十分な給与が支給されていないと聞きました。40日ごとに通常の40%の給与しか支払われていないという。そのためハマスのメンバーさえ不満を抱いていると思われます。ハマス内部の不満と怒りがハマス内部から別の過激派を生み出すのではないですか?

 「どうしてですか? なぜ人はISに参加するのでしょうか。誰と闘うため? 誰から何を解放するため? 特定の敵と闘うためです。私たちの敵は、国境からほんの数キロ離れた場所にいます。失望はその敵と闘うことに向かい、過激派や血に飢えたテロリスト組織には向かいません。たしかにガザの4万人のハマスの公務員の給与は不定期です。しかし ガザを出てISに加わった者に(ハマス政府の)公務員だった者は1人もいません。つまりハマスへの不満のためにISに加わった者は誰もいません。だから私は、あなたの分析は間違っていると思います」
 「ガザでは1〜2年ごとに戦争が起こります。その戦争があらゆる不満や怒りを解き放ち、住民を イスラエルと闘うハマスの下に団結させるのです。1年も経つと また住民の不満が募る。するとまた次の戦争が起こります」

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