Webコラム

日々の雑感 415:
百姓”の凄さを観た 柴田昌平監督の新作『百姓の百の声』

2022年9月8日

 「今の日本で、“農業”という『世間受け』しそうもない、『遠い』、地味なテーマを、『ひめゆり』をはじめ、数々のドキュメンタリー映画の名作を生み出してきた柴田昌平監督はどう描くのだろう」
 そういう好奇心に駆られて、試写会の会場に向かった。

 まずびっくりしたのは、映像の美しさと安定感。映像がぶれない。フォーカスの当て方や構図も見事。ドロン映像の使い方も適格で、それがまた美しい。インタビュー音声も明瞭。自分だったら、こうは撮れない。映画のエンディングロールで、その撮影者が監督の柴田氏とプロデューサーの大兼久由美氏と知って驚嘆した。

 この映画では、全国各地の凄い百姓たちの「農業力」をその言葉と“農”の仕事で映し出される。また一人ひとりの百姓の“農”への情熱、志(こころざし)が描かれる。
 柴田監督が一人称で語るナレーションは、俯瞰した情報を伝えるのではなく、観る人の視点で、自分の疑問と感想を素直に簡潔に伝える。その声も、間の取り方もいい。

 テレビの教養番組でよく目にする、「あなたが知らない農業について教えてあげます」という「客観的」「俯瞰的」、上から目線の情報を伝えようとするのではなく、監督自身の驚き、疑問、感動が素直に映像に現れる。だから監督が伝えたい百姓一人ひとりの長年の百姓体験で培ってきた自信と誇り、それによって醸し出される、神々しいまでの人間の魅力が画面からほとばしり出る。

 この映画は“農業”を伝える映画というより、自分が納得のいく最高の“食べ物”を生み出すために全情熱、全人生をかけて生きる百姓たちの“凛とした生き方”“人間力”を私たちに伝える映画だと思う。

 「農業と百姓」という現代人にとって「遠い」テーマを扱ったこの映画が、「大ヒット」するかどうかはわからない。ただ言えることは、カメラを回しながら、凄い百姓たちと出会った監督の柴田昌平氏とプロデューサーの大兼久由美氏は、「ヒット」云々の次元を超えた、“人生の宝物”を手にしたに違いない。二人が作った作品を通して、観客の私でさえ、間接的にも“宝物”をもらった気分になるのだから。

『百姓の百の声』公式サイト

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