Webコラム

『愛国の告白』トーク 4:
伊勢真一氏

2022年11月24日
新宿 K's Cinema アフタートークより

『愛国と告白』公式サイト

いせしんいち氏:ドキュメンタリー映画監督。ドキュメンタリー映画の自主製作・自主上映 いせフィルム 代表。

「圧倒的」な映画

(Q・伊勢さん、正直言って、この映画どうですかね?)

 映画を観るのも、こうやって話をするのも、その時その時によってかなり変わりますよね。インドネシアから帰ってすぐにこの映画を観ると、その前に観たときとちょっと違う受け止め方ができたりする。
 今日また最初から見せてもらって、昨日、インドネシアから帰ったばかりでぼっとした頭で観ていたんだけど、でも圧倒的ですよね。
 土井君と僕の作品は、周りの人に言わせると、全然違うように感じるらしい。「どうして土井さんの作品をよく観るんですか?」と言われるけど、この映画の中で「沈黙を破る」のリーダーの人に、土井君が自分の肉声で「15年もなぜこの活動を続けているんだ? 普通の暮らしをしたいと思わないのか?」と聞いている。一方、土井君は30年以上もパレスチナのことをずっと追いかけてきた。その問いをトークのときに聞かなければと思いました。いろいろ聞かれただろうけど、今日はどう土井君が答えるのかなと思って、聞きたいと思った。

(土井敏邦)私は医者になる夢に挫折して、これから何を目指して生きていけばいいのかわからなくなり、これからの生き方を捜して世界を1年半、放浪しました。そこでたまたま“パレスチナ”と出会ったんです。
 占領や戦争という極限の中で、きらりと光る人間の美しさ、神々しさ、優しさを目の当たりにします。自分のことしか考えずに生きている自分の生き方、在り方を問われるんです。
 その一方で、占領地の現場で、自分の目の前で起こる拘束、暴力や殺戮などを目撃することで、抑圧とは何か、自由とは何か、人間の尊厳とは何かを身体で教えられたんです。つまり私はパレスチナに人間にとって大切なことを教えられ、“人間”として育てられました。つまり“パレスチナ”は私にとって単に「取材の対象」ではなく、“人生の学校”でした。
 ある人にとって、それは“沖縄”なのかもしれない。またある人には“水俣”なのかもしれない。それが私にとって、“パレスチナ”だったんです。

(伊勢真一氏)いいね。そういう感じがあるから、惹かれるのかなあ。
 若者たちにはドキュメンタリーは人気がないとよく言われます。劇映画やアニメーションだったら劇場に観にいくけど、ドキュメンタリーはテレビでやっているからというふうに。僕は「それとは違うんだ」という話をするんです。
 例えば、ニュースでパレスチナのことをやるけど、ニュースとドキュメンタリーは違うんだよねということを、今の土井君の話がその重要なところをつかんでいると思うんですよ。もちろんニュースも必要。土井君はよく「自分はジャーナリストだから」と言うけれど、それは他人ごとではなく、自分のことなんだ、自分が生きるというときに、そういうふうにしないわけにはいかないんだと。
 パレスチナへ行って何かが撮れたらニュースになるとか、そういうことではないんだ、そういう映像には意味があるけど、むしろその中の空気みたいなものを、自分が現場へ行くことで、空気がちゃんとつかめて、その空気をみんなに伝えるんだという思いがやっぱりしっかりあるからなんだね。
 それがあるから、ある意味、圧倒されて観る。圧倒されてみながら、それが他人ごとではないんだということに、観ている人の中にも跳ね返っていく。土井君がそういうふうに向き合っていることがあるから、それを引き出すということがあると思うんですよ。
 テレビの場合の多くは、情報、知識を伝えるという役割はあるけど、そうではない、それ以上と言うと語弊があるかもしれないけど、知識や情報だけではなく、心に触れたものをなんとか届けたい。それが具体的に「だれに」ということはなくても、です。とにかく自分が届けなければ誰もやらないと思う。

インタビュー・ドキュメントと“定点”

 今回の場合はインタビュー・ドキュメントです。土井君はインタビュー・ドキュメントで、その人の語りや顔、表情を徹底して受け止めていく。
 僕なんか、話をずっと撮っていると、なんとなくよそ見したくなってしまう。すぐそばにきれいな花があったりすると、「きれいだな」と思って撮ったりね。ヒューマン・ドキュメンタリーで撮っていても、よそ見する。それも空気つかむことではある。違う風景か何かが見えてきたり、あるいはその人にまつわる何かが見えてきたりします。
 土井君は、徹底して言葉と顔を撮る。しかもこの『愛国の告白』は日本語ではない。『福島は語る』 は日本語だから、すっと耳に入ってくるけど、この映画は一生懸命観ないといけない。
 僕は今日で3回目だけど、まだ3回目。何回も観ているうちに、だんだんと「あっ、そうか!」って思っていくことができる作品を土井君は作っていると思うんですね。何回も観ているときに。もちろん1回でも届くことはあるけれど、2回、3回と観ているうちに言葉がやっと届いてきたりする。僕は思うんだけど、友達と話したりしているときだって、傍からみればいつも同じ話をしているなあと思われるかもしれないけど、ほんとうに話したいこと、聞きたいことって何回でもするよね、日常の場面でも。もちろん「ああ、また同じ話をしているなあ」という顔をされるときがあるけど、その時に話したいと思ったら、たとえ同じ人でも同じ話を何回もするじゃないですか。

 よく言うんですけど、ドキュメンタリーですごく大事だと思っているのは、“定点”。そこへ行って撮影する、同じ場所で同じ人と同じものをずっと見ていくということで、初めていろんなものが見えていくんだよね。
 僕らはお金がないから、いろんなところへ行って取材するということがなかなかできない。でも一カ所でいいからじっと見続ける。

 僕の映画『えんとこ』 では6畳一間の部屋を20年近く撮っている記録だけど、その時に初めて、その人が変わっていったり、その場所が変わっていったりということが初めて見えるわけじゃないですか。一つの場所を観ていくことで。それが土井君のどの作品にも共通している、観たいと思って観て、聞きたいと思って話を聴いているんだなあという感じがするんだよね。たぶん、まだまだ聞き足りない。まだまだ観たりないと思って、どこかで一応終わりにするんだけど、ほんとうはまだ終わりじゃないぞと感じなんだよね、どの作品も。ずっと続いている感じがあって。それが観ている人にも、これを自分のこととして、どう受け止めたらいいんだろうと感じさせるんだと思う。

自作『いまはむかし 父・ジャワ・幻のフィルム』と“負の遺産”

『いまはむかし 父・ジャワ・幻のフィルム』公式サイト

 今回、インドネシアへ行ってきた。自分の父親がインドネシアで国策映画を作ってきたんです。そのフィルムがオランダにあることが35年前にわかって、それからいろいろ取材をしてやっとできた。去年の秋にやっとできたんだけど、「これはインドネシアで観てもらわなければなあ」とすごく思って、持っていったのね。

 一つは父親が何を考えて、戦時中こういうものを作っていたんだろうか。これはその当時の日本がインドネシアにいた状況とパレスチナの占領地にイスラエル軍がいる状況とが、ある意味では似ているところがありますね、いわゆる「解放」だと言っていたわけですが、オランダを植民地から解放するために行くんだと。そのためのプロパガンダ映画を作るんだというので、130本も作っているんですよ。少しもそれを疑わずに作り続けたんだ。

 10日間ほど観て回ったんだけど、インドネシアの人たちに観てもらいながら思うことは、間違いなくその国策映画で、何百万人と言う人が亡くなられているわけですよね。自分の父親が戦意高揚の映画を作り、「ロウムシャ」という映画を作って、インドネシア人を労務者として「泰緬鉄道(たいめんてつどう)」建設に送っている。「これを作って見せなきゃ」という軽い気持ちで。

 そのフィルムは今だにオランダにあるのね。「どうしてオランダなんだろう?」と考えると、やはり日本政府が欲しくないんでしょうね。“負の遺産”だから。こんなふうにインドネシアの人たちを日本に一体化していく。日本の精神を学ばせたり、日本の歌を歌わせたりして。その映画がいまだに日本にないということは政府が見せたくないからだと思う。それが一番よくないと思うんだね。見せないようにする、知らせないようにする、そういうことがまさしくイスラエルに限らず、日本でも同じです。今の日本に、そういうプロパガンダがないと思っている人がいるかもしれないけど、そんなことはないと思う。
 どういうプロパガンダかということをちゃんと受け止めていかないと危ないと思うよね。そういう“負の遺産”のようなものを見せないというのはプロパガンダそのものじゃないですか。
 そういう意味で自分のこととして観ていくということが、この映画『愛国の告白』はすごく大事だと思うし、やはり若い奴に見せたいね。

『愛国と告白』公式サイト

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