Webコラム

『愛国の告白』トーク 5:
永田浩三氏

2022年11月25日
新宿 K's Cinema アフタートークより

『愛国と告白』公式サイト

永田浩三氏:ジャーナリスト、武蔵大学教授。元NHK『クローズアップ現代』『NHKスペシャル』プロデューサー。芸術祭賞、ギャラクシー賞など受賞歴多数。

 永田浩三さんと最初にお会いしたのは、私がまだ広島YMCAで教師をしながら、「アメリカのユダヤ人」(岩波新書)、「アメリカのパレスチナ人」(すずさわ書店)の本を執筆していた1990年ごろでした。NHKスペシャルの企画のために、東京からディレクターの七沢潔さんといっしょに私に会いに来てくださった時です。書き上げたばかりの原稿を読んでくださって、結局、「アメリカのパレスチナ人」をNHKスペシャルでやることになり、私も七沢ディレクター、横川カメラマンとアメリカに1カ月近いロケに参加することになりました。
 私は映画制作を整音以外、独りでやっています。粗編集ができると、「果たして映画として成立しているのか」ととても不安で、私がその“眼力”を信頼する何人かの映像のプロたちに観てもらうことしています。真っ先にお願いするのが、元NHKプロデューサーである永田さんです。私の自宅まで来ていただいて、朝から晩まで、つないだばかりの映画を観てもらうんです。
 永田さんはやさしい人だから、「これはダメだ!」とは言わない。「これは、こうした方がよくなるのでは?」というふうに、柔らかく、優しくアドバイスしてくれます。
 今回の映画でいえば、最後に私のこれまで撮影してきた1994年から2018年まで映像記録がフラッシュバックのようなかたちで出てきます。実はこれは、私が「パレスチナ関連のドキュメンタリー映画の最後になる」と告げたとき、「それなら、これまでの取材映像の歴史を並べて見せたら」と永田さんが提案してくれました。その結果が、あの最後の映像です。
(土井敏邦)

トーク

(土井)これで私の映画を4回観てくれましたが、ずいぶん印象が変わりましたか?

 前編はヨルダン川西岸の占領と兵士たちの物語ですよね。後編はガザ攻撃の物語から、「沈黙を破る」の人たちが、いったいなぜ、15年間ずっと続けているのかというその思いを、ずっと聞き出していくというかたちになっているわけですが、今こうやってみると、ウクライナの発電所が攻撃されて、寒いなかでどうやって生きていくのと心配しながら、ニュースを観ているんですが、そういうものとも重なります。

 なによりも今日改めて思ったのは、土井敏邦さんがずっと見続けてきた記録なんだなあということですよね。土井さんは勉強家なので、いろんなものを参考にして作品を作られるわけですが、最近、ずっと読んでおられるのが、スベトラーナ・アルクセービッチさん。ノーベル文学書を受賞した人ですが、彼女の作品には「戦争は女の顔をしていない」とか、「チェルノブイリの祈り」とかいろいろあるわけですが、どうやってインタビューの中でその人の人生の機微、本質について語ってもらうかということを土井さんは意識し学んで作っておられるなあと思ったんですよ。

 前編は結構ヘビーな作りになっているんですが、今日、改めて、心が動いたのが、世界中旅をして、特にインドとかで、同じイスラエル兵としていっしょに居合わせて、そこで店で食べ物を頼んでも、なかなかそれが出てこないことに我慢ができない元兵士たちの話が出てきます。日本社会でパレスチナ問題を理解するのに、とても時間がかかることに心を砕いてこの映画を作っておられんですが、一方で土井さんが目指していることは、人間としてこの理不尽な占領に対して、その最前線で兵士の振る舞いが、どれほど兵士自身の内面を破壊するのかということを、どうやって語ってもらうか、ということにすごく一生懸命、努力をされたということがよくわかりますね。

 そのレールで理解をするために、どれほどの歳月があったのだろうかなあって。パレスチナ問題の理不尽さということに目がいくわけですが、その理不尽なことをしている兵士たちの方にも大きな傷を与えているんだよということを理解するために、土井さんの中にすごい積み重ねがあったんじゃないかなあと思ったんですね。

(土井)最初の映画『沈黙を破る』 を作ったときも、私は30数年間、現場へ通い続けましたが、みんなから言われるんですよ。「なぜ、あんな遠いところへ通うんですか? 日本でやることがあるだろうに」と。
 たまたま世界を放浪している途上で“パレスチナ”と出会い、私の人生が転換した。「なぜパレスチナなんですか?」と、先日、ゲストトークでここに来てくださった女優の根岸季衣さんも、私に同じことを聞かれたのですが、「かわいそうだから」「取材対象だから」通っているのではないんです。占領や戦争というあの極限の状況の中で生きている人たちは、人間の醜さももちろんむき出しになります。しかしその一方で、キラっと光る人間の美しさ、優しさに触れてしまうんですね。またそこで人間にとって一番大切なものは何か、幸福とは何か、自由とは何か、抑圧とは何か、を現場で身体で教えられる。そういう意味でパレスチナは私にとって“人生の学校”だったと思うんですよね。

 「なぜパレスチナか?」と問われた時もそうですが、僕は『沈黙を破る』を作るときも、ずっと悩んだんですよ。なぜこのような映画を日本で見せるんだと。
 映画『沈黙を破る』公開の前年に「沈黙を破る」(2008年・岩波書店) という本を出しました。その前に精神科医でノンフィクション作家の野田正彰さんが書いた「戦争と罪責」(岩波現代文庫) という本に出会いました。中国大陸で残虐行為をやった旧日本軍将兵に、「なぜ、どのようにその行為をやったのか」を徹底的に聞き出した本です。私はそれに衝撃を受けました。それで元イスラエル軍兵士の証言を野田さんに送り、旧日本軍兵士とどこに共通点があるのか、どこが違うのかを野田さんに分析してもらいました。その分析は著書「沈黙を破る」の本の中に収録しています。

 この映画を作りながら、パレスチナ問題が忘れられている今、なぜ敢えてこの映画を劇場で観てもらうのかと考えたときに、「これは日本人と無関係なんだろうか?」と考えました。旧日本軍が中国をはじめ、アジアであれだけの虐殺をやり、レイプをやり、でも日本に帰ると、いいお父さん、いいお兄さんだったりする、なぜ占領軍兵士として戦場に行くと狂ってしまうのか。
 それと今のロシア兵のブチャ虐殺のような狂った行為とつながります。これは兵士が武器と絶対的な権力をもって庶民の前に立つとき、人間がどうなってしまうのか普遍的なテーマを彼らが語っているように思ったんです。

(永田さん)そうですよね。土井さんが見せたいのは、ずっとビンビン響いてくるのは、日本にいる人たちに、「理不尽を理不尽として気づき、放置しない人が15年間、闘っているんだよ」と繰り返し伝えようとされていることは、すごいことだと思いました。
 『福島は語る』 の中で、息子さんを亡くした被災者の方が出てくるんですけど、「土井さんよ。こんな辛い目にあったけど、いいこともあったんだ。人生は思っているようにはいかないもんだ」としみじみと語る。それは土井さんだから語るということが出てくるんだと思います。
 この映画の最後に、ヒゲをたくわえた「沈黙を破る」を立ち上げたユダ・シャウールに、「なぜ、あなたはそんなに強いんですか?」と土井さんが聞かれて、ユダがウッと言葉がつまるじゃないですか……(泣く)

 2001年のNHK・ETV特集で慰安婦問題の特集番組の改変事件(NHK上層部や政治家から改変を強要された事件)で言えば、私はもっと頑張れたのにというのがずっとありますよね。私は番組の責任者だったんですが、そのユダと重なるものがあります。
 彼が言ったのは、わずかの距離のところで、自分たちよりも人権が奪われている人がいるんだと、そのことを抜きに自分の人生はないんだという、他の人もみんな、同じようなことを言っている、そのことを土井さんは一番言ってほしかったんだなということを、今日、改めて思いましたね。

(土井)日本で平和が語られるとき、「ノーモア・ヒロシマ」「ノーモア・ナガサキ」と被害者体験から平和を叫ぶ。しかし誰も「ノーモア・南京」とは言わない。やられた側への想像力を持たないからではないかと私は思うんです。
 よく「ホロコーストの体験をしたユダヤ人が、なぜパレスチナ人にああいうことができるのか」と疑問を投げかける人もいます。「被害者意識」が「加害」を見えなくするのではないかと思うんです。

(永田さん)ユダについていえば、いろいろなことを15年間を通して、少しずつ気づいていったのではないか。最初は理にかなわないことへの怒りとか、いろんなことがあったかもしれないけど、ずっとその理不尽に耐えて、他の生き方があったかもしれないのに、それを全部捨てて、「沈黙を破る」の運動に人生を懸けていくことには、やはり自分の痛みがベースにあって、自分の痛みに気付いたことだと思うんです。その自分の気づきを信じるということが、すごく大事なことだと思うんですよ。
 人間は失敗を犯すんだと思います。いつまで経っても成長できる存在だとも言える気がして、今日はそれに気がついた感じです。自分がちょっと崩れてしまって、お見苦しわけですが。
 私はNHKを辞めるわけですが、その後、自分は何を支えに生きていくのかと考えるわけですが、その時に、自分が身につけたものを世の中に少しでもお返しするみたいなことを考えてやっていくわけです。メディアの役割はとても大きくて、その中でがんばっている人たちを励ますことをやりたいと私は思ってしまう。土井さんの映画が少しでも、世の中に伝わるようにお役に立てるようだったら、非力ですが、そんなこともやりたい、その一連のことですね。
 土井さんはもっとちゃんと注目されていいし、評価されていいと思います。この作品は何度観ても、新しいことを教えてくれる。
 昨日、たまたま「君が代」伴奏を拒否した先生の物語、永井愛さんの「歌わせたい男たち」(演劇) の再演を観てきたんですが、そこで闘った人も、福島で闘っている人も、土井さんの中では一連のことだというふうに思いましたよね。
 人生をかけて、ほんとうのこと、大事なことは何だろうと気づいた人の物語に、土井さんはずっとこだわっているんじゃないかなあと思いました。

(土井)永田さんからそう言ってもらうのはとてもうれしいです。でも実は、映画の中の青年たちもそうだけど、福島であれだけの体験をして、一生懸命に生きている人を見ると、自分が問われるんですよ。医者になりたくて挫折して、世界を放浪して、大学も7年かかって、就職もできなかった。自分がエリートコースとは真逆の、人生の低空飛行をしている自分が、69歳になった今も、深く生きるとはどういうことかわからないでいる。このまま人生を終わっていいのかとずっと思うんですよ。
 そういう時に、この青年たちのような生き方を見せらることで、自分が励まさるんですね。だから人のためというより、もちろんみなさんに観てもらうのはうれしいだけど、創る過程で、自分を励ましているんじゃないか。

(永田さん)それはほんとうにそう思いました。土井さんがこの人から何か得たいと思って聞いているんだなというのは、非常によくわかります。

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