Webコラム

『愛国の告白』トーク 6:
ダニー・ネフセタイ氏

2022年12月1日
新宿 K's Cinema アフタートークより

『愛国と告白』公式サイト

ダニー・ネフセタイ氏:木製家具作家。徴兵によって3年間イスラエル空軍に所属。退役後来日。家具会社に勤め、その後、木工房ナガリ家 を開設。著書に「国のために死ぬのはすばらしい? イスラエルからきたユダヤ人家具作家の平和論」

世代の違い

(ダニー・ネフセタイさん)私は1957年にイスラエルに生まれ、イスラエルで育ちました。私の家は「とにかく平和しかない」という左派系でした。

 1957年生まれということで、ピンとくる人もいるかもしれませんが、この映画で登場する人たちと一番大きな違いが二つあります。
 一つ目は、1957年生まれの私が小学校の時は、ヨルダン川西岸はまだイスラエルではなかった。しかし「沈黙を破る」のメンバーたちが生まれた時は、西岸はすでにイスラエルのものになっていた。彼らの中で「イスラエルのもの」です。でも私は違います。
 今回の映画の第一部も第二部も、イスラエルの地図があってヨルダン川西岸の地図が出てきます。私が学校に通っていた頃には、まだその西岸とイスラエルの境界線はありました。しかしイスラエルがじわじわと既成事実を作って、その線が消えました。だから「沈黙を破る」のスタッフたちが学校に通っていたころには、すでにその線がなかったんです。だからその人たちがヨルダン川西岸に行くと、「ここはイスラエルなのに、なぜパレスチナ人がいるの?」と思うんです。

 もう一つ大きな違いは、彼らは陸軍で、私は空軍だった。空軍だったから、彼らのようにとんでもないことに関わることはなかった。

兵士は「正しい」と信じている

 共通点は、彼らも私もイスラエル軍の兵士だったことです。軍人は、自分たちがやっていることは正しいと思っている。彼らもそうだったし、私もそうだった。それが間違っていると理解するのはたいへんなことです。

 第一部に出てきて、真夜中にイスラエル兵たちがパレスチナ人の家に入って、家族を一つの部屋に集める。彼らは「これは正しい」と思ってやっている。一つの疑問もない。

 第二部ではガザが滅茶苦茶になったけど、空軍のパイロットからすれば、「自分がやったことは正しい」と思っている。
 2008年だったかなあ、とんでもない発言がありました。イスラエル軍のガザ攻撃の後、空軍のトップの人が、インタビューで「一般市民が住んでいる高層ビルに、500キロの爆弾を落とすとき、あなたは何を感じますか?」と聞かれた。彼の答えは、「感じることは一つだけです。500キロの爆弾を戦闘機から離すとき、翼がちょっと揺れる。あとは何も感じない」と言いました。
 その気持ちはよくわかります。自分がやっていることは正しい。
 「沈黙を破る」の人たちは、自分がやっていることに疑問を感じる数少ない人たちです。彼らをバッシングしている側からみれば、「なぜ彼らはイスラエル軍をバッシングしているのか?」と思う人はいっぱいいると思います。結局、「自分が正しい」とまだ信じている人から見て、やっぱり「裏切り者」と感じます。「私たちが正しいことを言っているのに、なぜあんたちは何の権利で私たちを批判するのか?」と感じるんです。イスラエルの中にいると、ほんとうに、そういう気持ちになる。「あんたたちは、イスラエルの悪口しか言っていない」という気持ちになります。

ネタニヤフ再登場の結果

 今回、5年ぶりにイスラエルへ行って、そういう人たちはこれからどんどん増えると思いました。日本もそうだけど、イスラエルはどんどん右傾化しています。日本はいつもイスラエルの一歩後ろ。だから今のイスラエルを見たら、10年後には日本もそうなるとわかります。ほんとうに同じ方向へ向かっています。イスラエルがちょっと早いだけです。

 これからイスラエルで「沈黙を破る」のような活動をするのは、どんどんたいへんになると思います。
 11月1日にイスラエルの総選挙がありました。その選挙でまたネタニヤフが選ばれました。まだ連立政権はできていないけど、できた時に、あのとんでもない右翼のネタニヤフが、自分の連立政権の中で一番「左派」になる。考えられないだろうけど、ほんとうにそう。他の閣僚は、超右派(極右)のイスラエルになります。そういう中で、「沈黙を破る」の活動はたいへんになります。たいへんになればなるほど、必要になります。これは凄い矛盾だけど、求められる。「沈黙を破る」のような活動ができなくなり、声を上げられなくなると、ほんとうにどん底に陥ります。

 「沈黙を破る」のスタッフたちがやっていることは、少しでもイスラエルをよくするため、少しでも国際社会からよく見えるため、少しでも国際社会から支援してもらってイスラエルを変えようとしています。でも、このままいけば、2,3週間後にネタニヤフの連立政権ができれば、「沈黙を破る」の活動はほんとうに難しくなる。
 「沈黙を破る」の活動を止めようとしている人たちは、イスラエルを弁護し守っていると思っています。でも実際何をしているかといえば、イスラエルの支配、イスラエルの“悪”を守っているだけです。それを理解できることは、ほんとうにたいへんなことです。

「ドイツ」の方向に向かうイスラエル

 1930年代のドイツは同じことだったと思います。当時、ヒトラーが少しずつ力を持ってきたとき、その当時、反対の声を出した人は絶対いたと思います。いたとしてもだんだんできなくなります。できなくなると、指導者はやりたい放題になります。ドイツはそうだった。ほんとうにヒトラーはやりたい放題。やりたい放題で、どん底まで行くと、国民は初めて、国民全体が、自分たちが鬼だったと気づく。イスラエルはまだそこまで行っていないけど、その方向へ向かっています。今回の帰国で改めて感じた。ほんとうにその方向へ行っています。

 ドイツ人が自分たちの罪を感じるようになったのは、やっぱりどん底に行ったときです。イスラエルはまだそこまで行っていないから、「沈黙を破る」のような活動ががんばれば、まだ止められる。まだ逆戻りできる。ドイツは1930年代から戻れなかったけど、その経験はわかっている。このままだとどうなるか、わかっているはずです。理解できている人が十分いれば、です。しかし理解できている人が少ないと、結局、ドイツと同じ道を辿って、最後は全国民が気づく。でも、その時はもう遅すぎる。「沈黙を破る」の人たちは、どん底に行く前に止めようとしている。私は彼らをすごく尊敬して、私も同じような声を上げていますが。

 今回、イスラエルに行って、私が声を上げると、理解する人が少しずつ増えました。5年前は、私の友達の全員が私に反対したけれど、今回は何人かは私を理解できるようになりました。帰国する数日前、私のために、ミニ同窓会がありました。その会にはできるだけ人を少なく呼んでもらって、私が話せるような場を作ってもらいました。
 私が話をすると、みんな黙る。しかし2人だけ私を全面的に応援してくれた。その2人とも戦闘機のパイロットでした。一番戦闘に関わり、人を殺した人が、「いや戦争は無意味です。とにかく平和しかない」と言ったんです。
 その時、私は「ワァー、イスラエルはちょっと変わった」と希望を持つようになった。だけど一方では、「やっぱりイスラエルを守らなければ」「イスラエルは正しい」という人はどんどん増えて、今度の右派政権によってまたそれが増える。
 どっちかというと、右派の増え方は早い。これを止めるためには、こういう活動をちゃんと支えないといけない。

 自分が家族、兄弟としゃべるとき、どこまで喧嘩していいのか、どこまで家族と縁を切っていいのか、その葛藤がありました。その中で、私は言いたいことを言っているけど、ここまで言ったら、もう家族と縁を切るという時もある。今回の5年ぶりの帰国のなかで、その葛藤の中でこれからどういうふうに声を上げればいいのか。それでも声を上げなければいけないと、そういう気持ちでイスラエルから戻りました。

日本の“暗い歴史”を見出せる映画

(土井敏邦)この映画は、遠い問題だということで、なかなか日本人に観てもらえない。この映画を日本で観せることの意味って何でしょうか?

(ダニーさん)人間は誰だって、ひどいことをする人間になれます。特に日本ではそれは理解できているはずです。だって80年前の日本はそうだった。同じことをアジアでやっていた。「これは関係ない」と日本人はちょっと言えない。スイスやコスタリカだったら、「これは関係ない」と言えるかもしれないけど、日本は言っちゃいけない。いつまた、私がこうなるかわかりません。
 軍人は命令に従う人間です。私もそうだった。私はパイロットになろうとしてなれませんでしたが、もし私がパイロットになっていたら、私は絶対、ガザ攻撃に関わって、間違いなく、一つの疑問もなく、爆弾を落としていたでしょう。なぜかと言えば、軍人は命令に従う人間だから。
 これはやっぱり日本人に、「二度とこういうことにならないように」と思ってほしい。日本は慰安婦問題とか南京事件とか、全部消そうとしています。それで国民を守っている? これで“暗い歴史”を守っているだけ。そのことを日本人に思い出させるために必要です。この映画は日本人に思い出させる、ものすごく大事な映画だと思います。私はイスラエル人として日本人にアドバイスしたい。とにかくこれはどこにでもあります。「私たちは関係ない」じゃない。観て、思い出して、二度とこうならないようにする映画だとみています。

(土井)日本でこういう発言をしていて、イスラエルに帰ったとき、出入国の時や、イスラエル国内にいるとき、政府や右派勢力から弾圧されたり、狙われたりすることはないですか?

(ダニーさん)今回、別に感じたことはありません。
よく聞かれるのは、「日本でなぜ選挙権がないの?」ということ。それは日本に帰化していないからです。40年も日本に住んでいて、なぜ日本に帰化しないのかと言われると、日本では二重国籍を認めていないからです。日本に帰化したければ、イスラエルの国籍を捨てなければいけない。イスラエル国籍を捨てれば、おそらくイスラエルに入れなくなる。イスラエル国籍である限り、イスラエルは私に「入るな」とは言えない。よっぽど「テロリスト」などでなければ。ちょっとした疑いで、私を止められない。でも私が日本国籍になったら、イスラエルに「入るな」と言われるかもしれない。そういうことを考えて、私は帰化をしていません。今回は何か言われるかなと思っていたが、それはなかった。イスラエルはそこまではまだ落ちていません。

木工房ナガリ家 著書:国のために死ぬのはすばらしい?

『愛国と告白』公式サイト

ご意見、ご感想は以下のアドレスまでお願いします。

連絡先:doitoshikuni@mail.goo.ne.jp

土井敏邦オンライン・ショップ
オンラインショップ