2022年12月2日
新宿 K's Cinema アフタートークより
新田義貴さん:映画監督、ジャーナリスト。NHKで中東やアジア、アフリカの紛争地取材、沖縄の基地問題や太平洋戦争などに焦点を当てた番組制作を行う。2009年独立し映像制作 ユーラシアビジョン を設立。作品に 『アトムとピース』 など。
(土井敏邦)新田義貴さんは、元NHKのディレクターだった方で、今はフリーの映像ジャーナリストとして活動されています。
今年7月にNHK・BS1スペシャル「キーウ・市民たちの抵抗」という番組を作られました。先輩ジャーナリストの遠藤正雄さんとペアで動いていらっしゃるですが、番組では絶対、自分は番組の中では登場されませんね。何かポリシーがあるんですか?
(新田義貴さん)僕は撮る方で、遠藤さんにリポートをやってもらうと役割分担を決めて、ディレクションと取材内容を決めたりするのは僕なんですが。
(土井)NHKスペシャル「戦慄の記録 インパール」(2016年)の番組でも「キーウ」の番組でも、映像がうまいですね。
(新田さん)「インパール」はカメラマンがいましたから。
(土井)新田さんは、アフガニスタンがタリバンに再占領されたとき、また今回のウクライナの戦争など最も危険な場所を取材される映像ジャーナリストです。そういう映像のプロとして、私の映画をどうご覧になるのか、聞くのはとても怖いですが、気になります。映像のプロとしてどう観ましたか?
(新田さん)この映画を試写会で観せてもらいました。2時間50分です。ドキュメンタリーとしては長いなあというのが、観る前の印象でした。
ただ実際、拝見して、パレスチナ・イスラエル問題に個人的に関心があったということもありましたが、それを除いても、一つひとつのインタビューにすごく力がある。僕はまったく長さを感じなかったですね。気づいてみたら、もう時間が過ぎていた。
ドキュメンタリーにはいろいろなスタイル、話法があると思うんですが、今回、土井さんが作られたのはインタビュー・ドキュメント、証言ドキュメントです。 『福島は語る』 でやられたように。それを徹底的に貫いている作り方がとても潔いし、すごいなあと単純に思いました。
僕は元々、NHKでドキュメンタリーを作ってきたものですから、それほど長くはないんですが、52分とか60分とか、そういう尺の中に閉じ込めていく。それはどういうことかというと、できるだけ観ている人にわかりやすく、観やすく、と言われて育ってきたわけです。それに反発したり、疑問を持つこともあるんですけど、制作現場にいると、プロデューサーとやり取りしているうちに、どんどんわかりやすくなっていってしまう。インタビューをブチブチ切っていくということになる。
テレビ局にいると生活の心配もないし、自分の思いだけを断ち切ればできないことはないんですが、今度フリーになって、映画はその長さは自分で決められる。観た人から「もっと短くすればいいじゃないか」と言われたと聞きましたが、そこは土井さんのこだわりで、とても「作り込まれた」、制作者の意図をはめ込んでいくように、切り取ったインタビューではない。だからこそ逆に僕には響いてきたのだと思いますね。
今はインターネットの時代なので、忙しい現代人で、映画館自体にみんな足を運ぶことはしない。スマホで観る、下手するとTikTokとかで15秒の世界があるなかで、2時間50分の映画。みなさんが家から出てきて映画を観て帰るとなると5時間ほどかかる。しかもお金を払わなければいけない。それでもこのくらいの人に観てもらえる。それは凄いことだと思います。
「映画の尺が長いので敬遠される」と土井さんは思っていらっしゃるかもしれませんが、僕はそんなことはなくて、これは歴史に残る記録だと思うんですよね。だから海外の映画祭などに出されてはどうか。パレスチナ問題は日本人に遠いですが、世界的にはものすごく関心が高いテーマです。特にキリスト教世界ですね。
もしかしたら、というより僕は確信するんですが、国際的な映画祭に出していかれれば、高い評価を得られるんじゃないかと思っています。
もし日本の視聴者にもっと観てもらうためできることがあるとすれば、それぞれの証言者の活動や日常など、インタビューではない“シーン”をもうちょっと積み重ねることかなと思います。シーンによって土井さんが伝えたい意図を語り込むことができれば、そのぶんインタビューそのものはもう少し短くできるかもしれません。
いずれにせよ日本人の土井さんが34年間パレスチナに通い、こういう仕事をされたというのは、僕にとって羨望の的でしかないですね。
(土井)新田さんは真っ先にウクライナに飛び込んで、「キーウ・市民たちの抵抗」というドキュメンタリー番組を作られました。その番組は、ウクライナ人の映画監督の日常生活、隣人たちとの関係をずっと追いかけていく番組です。
私がなぜこの映画に衝撃を受けたかというと、その映画監督を通して「憎しみと赦し」というテーマを追いかけていることです。そういう人間の普遍的なテーマを一人の映画監督を通して見せていく。そこに僕は衝撃を受けました。
遠い海外の問題を観せていくときに、例えばパレスチナの問題や事件を一般の人たちに伝えても、観る人の心に響かない。私の映画で言うなら、「自国民のモラルを守ろう」と彼らが命がけで活動する、そんな彼らの「愛国」と日本で安倍さんが強調したような「愛国」とどう違うのか、また彼らが正面から「自国の加害」と向き合う姿勢を観て、私たち日本人はどう向き合っているかを問う。そのように、遠いパレスチナ・イスラエルを描きながら、日本人にも通じる普遍的なテーマを伝えたいと思いました。
新田さんは、この「キーウ・市民たちの抵抗」でそういう普遍性を意識して制作されたんですか?
(新田さん)あの映画監督は、僕らの通訳兼コーディネーター兼運転手だったんです。向こうへ行って知り合って、話をしていたら、彼が映画監督だとわかったんです。しかも人間性も高い、素晴らしい人でした。
ウクライナに入ったとたんに、前線で欧米のジャーナリストが二人、ロシア軍の攻撃で立て続けに殺されたんです。それで軍がジャーナリストを前線に入れなくなりました。それが幸いしました。通訳の映画監督タラスの家に泊まり込みながら、同じアパートに住む彼の家族とか、近所の住民を撮り始めたんですね。
だから必ずしも日本人に向けてということではないのですが、ドキュメンタリーとしてこのウクライナの戦争を描いていくときに、我われ日本人と何ら変わらない人たち、市民が突然、戦争に巻き込まれていく。その人たちの日常がどうなっているのか、そういう低い目線で、彼らの日常を描く、つまり人間を描く、それによって戦争の実態をあぶりだしていく。それに根源的なテーマである「憎しみと赦し」というのが描けないかということだったんです。
「憎しみと赦し」というのは、たまたまタラスがそれをテーマにした新作映画を作ろうとしていたタイミングだったんです。
一方、僕は子どもの頃から、クリスチャンの家庭に生まれたので、僕もクリスチャンなんです。赤ちゃんの時から毎週日曜日に教会の礼拝に通っていて、字も読めない時から、毎週1時間、礼拝を聞かされていました。聖書の一番後ろにパレスチナや中東の地図が載っています。子どもながらにそれに丸をつけたりして、時間をやり過ごしていたんです。
もう少し大きくなると、そのパレスチナの土地が紛争地であると知るようになって、いつかジャーナリストとして、その地に行ってみたいと思ったんです。それが僕がジャーナリストになろうと思ったきっかけです。
イスラエル入植地と軍が2005年夏、ガザ地区から撤退するときに、当時NHKにいた最後くらいの時期でしたが、番組を作ったんです。
その時はガザ地区の「テコア」という宗教右派のユダヤ人入植地、最前線の開拓地に入っている入植者の家族を取材しました。彼らがパレスチナの土地を占領する根拠は、全部聖書なんです。「ここに『約束の地』と書いてあるだろう。エレツ・イスラエル、つまりイスラエルの土地だ。そこを占領するのは当たり前だ」という考え方で、自分が信じているキリスト教の旧約聖書と矛盾を感じていました。その一方で、イエス・キリストは「あなたの隣人を愛しなさい」と言う。
だからこの映画の中の「沈黙を破る」の人たちの活動は、旧約聖書の約束の地でなくて、パレスチナの人たちの隣人になるという勇気ある行動なのかなあと思い、感銘を受けました。
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