Webコラム

『愛国の告白』トーク:
ジャン・ユンカーマン氏

2022年11月20日
新宿 K's Cinema アフタートークより

『愛国と告白』公式サイト

ジャン・ユンカーマン氏:
ジャーナリスト、映画監督。『映画 日本国憲法』(2005年)、『沖縄 うりずんの雨』(2015年)ほか

『愛国の告白』批評

 土井さんの映画はいつも長い。土井さんのやり方は、だれかに説明をしてもらうということではなくて、観客に“体験をさせる”やり方です。観客が直接、自分で見て、感じていくということです。だから、どうしても時間がかかります。ナレーションを入れたり、学者の説明を入れることで時間を短くできるというのがテレビのドキュメンタリーですが、土井さんのドキュメンタリーは“体験させる”ということを重視している。

 この映画では二つのことを“体験”させようとしている。一つは占領の実態です。
 イスラエル軍がユダヤ人入植者を守るためにパレスチナの人たちにやっていることを、否定できない証拠を見せて描いています。
 二つ目には、観客に占領の実態を理解させたうえで、元兵士の内面的な葛藤、家族の中との葛藤、兵役を終えた後に、どうやって心の整理ができたのかのプロセスを、ただの説明ではなくて、6人の個人的な内面を描いて、彼ら一人ひとりにちゃんとした人生があることを観客に理解してもらう。
 その二つを合わせて、軍隊での活動、「敵」に対する行動、それが20歳前後の兵士たちの道徳・倫理をどれほど変えていくのかを、深く描いていく。だから3時間観る価値は十分あります。
 僕が以前、土井さんに「2時間前後にした方がいい」と言ったのは、観客が見やすくて劇場に集めやすいという商業的な観点から言ったけれど、結果としては3時間の価値は十分あると思います。

道徳・倫理の“傷”(Moral Injury)

 私はアメリカ人だから、イスラエルのことを見ると、どうしてもアメリカのやってきた戦争のことと、アメリカの元兵士の話が浮かんでくるんです。
 たまたま11月11日は「復員軍人の日(Veterans Day)」で、これに関するコラムが出たので話をします。

 復員軍人の日は、元々は「休戦の日(Armistice Day)」でした。11月11日は第一次大戦が休戦になった日で、それを記念してアメリカで、「平和がやってきたことを祝う」ということで、「休戦の日」と名前をつけて祝っていました。それを「復員軍人の日(Veterans Day)」に変えたのは1954年です。あれは朝鮮戦争が終わって、「休戦の日」を祝うのではなくて、戦争を戦ってきた元兵士に、社会からの尊敬を示す休日に変えたんです。
 この頃には戦争がずっと続きましたから、どんどん「元軍人」が生まれてきます。1954年はまさに、ちょうどアメリカが「仕方なく戦争をやる」という時期から、完全に「戦争をやっていく」という時期の転換期なんです。

 ケリー・デントン・ボルハウグという人は宗教学者でペンシルバニア州の大学で教えている人です。彼女が「War Culture(戦争文化)」を指摘しました。彼女がそれを研究し始めたのが、9・11以降です。アメリカが「テロとの戦争」を始める時期で、彼女がアメリカの軍事の背景と歴史を調べるようになったんです。
 その中で、ボルハウグはたくさんの元兵士にインタビューをしました。その元兵士の話の中で、よく出てくるのが、土井さんの映画とまったく同じテーマで、「Moral Erosion(モラルの侵蝕)」です。
 5~6年前からアメリカの中で「Moral Injury」という表現が注目されてきました。「道徳・倫理的な傷」を元兵士が抱えているということがわかってきたのです。ベトナム戦争以来、注目されてきたPTSD(心的外傷後ストレス障害)が有名ですが、PTSDは「恐怖」からくる後遺症です。「Moral Injury」は「恐怖」ではなくて、自分らしくなくなっていくことです。兵役中に、自分がやってはいけないと思っていたことをやってしまう。そういう経験を抱えて、アメリカに帰ってくると、戦争に行く前の自分と、その後の自分とは違うものになってしまうのです。ボルハウグはそれについて「And Then Your Soul is Gone(そして魂が消えてしまった)」という本を書き、去年出版しました。

 その本の分析の中では、海外で戦争をやっていくとき、ベトナム戦争も、イラクやアフガニスタンの戦争でも、アメリカ兵たちは現地の人たちを苦しめた、残虐な行為をやってきたことで、自分の“魂”を失ってしまうんです。しかも戦争から帰ってきても、そういうことを周囲の人たちに話せないために、ずっと自分の中に閉じ込めていく。
 そういう中で、戦争の体験者が「sin-eater(罪を食う者)」になって「“罪”が自分のなかに入ってしまった」のです。その“罪”のために、内面的に崩れていくというのです。
 しかし、それを周り人に話せない。なぜなら、アメリカの中では、「軍隊がやっていることは正しい」「アメリカが世界中の平和と民主主義を守っている」という神話があまりにも強いからです。それに対して、「それは違うんだ」と、「自分がその“神話”に反するような行動をやってきた」ということを、公言できなくなってしまうのです。

 イラク戦争を起こしたジョージ・ブッシュ大統領が「キリストが自分の犠牲になって、我々に命を与え、我々を救ってくれた」と比喩的に言い、「それと同様に、アメリカ軍がやっていることは、身をもって犠牲になっていくことだ」と賛美し、「ヒーロー」化しました。その中では、アメリカ軍は、社会が支配するものではなくて、軍隊が“sacred(神聖)”化されるのです。そうなれば、アメリカ軍を批判することができなくなってしまいます。
 アメリカ軍元兵士で精神的な病気になっている人は凄い数で、すごく深刻な問題なんです。自殺だけでいうと、毎日平均17人が自殺している。毎年6000人くらいです。軍隊の中の性暴力も3分の1の女性兵士が性暴力の被害者になっています。PTSDを患っている人の数が正確にはわからないほどです。元兵士の20~30%がPTSDにかかっていると言われています。
 アメリカの街を歩いていると、顔色が灰色がかり、目が遠くを見ているような人をよく見かけます。元兵士がそういうことになっているんです。

 今は、“Moral Injury(道徳・倫理的な傷)”を抱えているということが少しずつアメリカの中で認識されてきていて、「そういう経験を話す機会を作る」こと以外には治療方法はありません。そういう「治療」がシラキュース大学やいくつかの元兵士ための病院などで行われています。そういうプログラムが作られ始めているのです。

 まず安心して話せる場所を与える。そして私たちにはできることは、それを聞くということです。それによって“同情心”が生まれてきて、そういう傷を負った人を助ける道ができてきます。
 私が思ったのは、このように「沈黙を破る」には両方が必要です。「発言する人」と「聴く人」がいないとだめなんだということです。そうではないと、「沈黙」はそのままになってしまう。「破る」ためには、私たち市民もそういう話を聴く必要があるということです。そういう運動がアメリカでも少しずつ広がっていっています。

 「愛国の告白」と同じように、話を聴くと、その人が抱えている問題だけではなくて、国がどれほど歪んでいるかが見えてきます。そこでは彼ら、彼女たちの話がものすごく重要な一つの道を示してくれているということです。ベトナムのお坊さんで反戦の活動家Thich Nhat Hanhが、「元兵士というのは、ろうそくの光みたいなものなんだ。国全体が辿るべき道を照らす」と比喩的に言っています。元兵士たちが勇気をもって、そういう話をしてくれる、その話を私たちも聞かなければいけない、私たちにはその責任があると思ったんです。

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